第6話

 次の日。


 俺は無心でメンコを叩きつけていた。




「ダイチどうしたんだ。なんか元気ないぞ」




 心配してくれたタクミが俺に聞いてきた。その言葉を聞いた他の二人も心配そうな目をしている。




「そうかな?」


「ああ、なんだか詰まらなさそうな・・・」


「嫌そうな感じがしますね」


「そんなつもりはないんだけど・・・」




 そうは誤魔化しつつも俺にはそれについて思い当たる節があった。昨日の達也との電話だ。達也と電話で話してからだと思う。あいつと話してから何処か心に残る物が出来たと確信していた。




「ちょっと体調悪いみたいだから今日は俺帰る」


「送って行こうか?」




 タクミは優しいやつでそんなことまで名乗り出てくれる。




「大丈夫。家も近いしね」


「そっか・・・じゃあ気をつけてな」


「うん。またな」


「気を付けて下さい」


「またね」




 他の二人とも別れを済ませ1人家路に着く。心の中に何か気になる物があった。でもそれは取れることはなかった。




「ただいま・・・」


「おかえりー早かったわねー」




 家に帰ると母が居間でアイスを咥えていた。




「うん。なんかちょっと体調が悪くて・・・」


「大丈夫なの?最近外にばっかり行ってたから熱中症になってるんじゃない?肌も結構焼けてるし」




 母が俺の頬を触る。




「いてっ」




 俺は反射的に母を避けてしまう。


 母は難しそうな顔で俺を見ていた。




「やっぱりアンタ焼けてるね。日焼け止めしっかり塗ってなかったでしょ」




 母のそういう目はじっとしていて俺を責めているようだ。




「だって・・・早く行きたかったんだもん・・・」


「ま、それもいいけどね。ただ、今夜は地獄よ~?」




 母はニヤリと笑っている。




「地獄?」




 俺はその意味が怖くて聞き返す。




「今夜になってみれば分かるわよ」




 母の言葉は直ぐに分かった。




「いってえ・・・染みるう」




 それは風呂に入ってシャワーを浴び始めた時、肌を刺すような痛みが襲った。




「何でだ・・・?」




 シャワーが体に当たらないように避け、痛みがあった場所を確認する。するとそこは何だか他の箇所よりも赤くなってる気がした。シャワーを出ないように止め、壁に掛ける。そして風呂の湯を一掬いして痛みがあった場所にかけた。




「っっっ!!!」




 再度鋭い痛みが走り悶絶する。さっきは唐突だった分驚きの方が勝っていたが今回は患部に集中していた分痛みはハッキリと分かってしまった。




「いて~最悪だよもう・・・」




 それからは色々試してみた。ぬるま湯を掛けたり水を掛けたり、ゆっくりと湯に浸かってみたりしたが結局どれも染みるだけだった。


 俺は諦めて痛みを我慢しながら全身を洗う。




「いっつ、いつつ、はあ、でも少し慣れてきた・・・かな?」




 何度も掛けて痛みにならした。そうしなければ負けた気がしたからだ。それでもこんなことになるならやっぱり家でゲームをしていたかったなと思った。




 その日の夜。


 トイレに行きたくて目が覚めた。


 眠い目を擦りながら起き上がる。窓から入ってくる風が頬を優しく撫でる。その撫で方に母を感じて彼女の場所を見るが今日も友達と飲みに行っているようだ。蹴る心配もないからいいかと思って下へ降りる。




「ふあ~あ」




 さっさと用を足してもう一眠りと階段を登っていると何かが聞こえてくる。




『きゃはは』


「?」




 その声は以前ここに来た時と同じ声だったように思う。声の正体が気になり階段を登る。




『きゃはは』


「!?」




 声がした方は物置の方だった。


 俺は物置へと向かう。以前祖父母の隙をついて覗いた時は埃っぽいだけで何もなかった。だが今は何かある気がする。俺の中で根拠のない確信があった。


 物置のドアノブに手をかける。これを下げて押せば後は中が見えるだけ。簡単な事だ。だけど、それを本当に開けていいのかと叫ぶ俺も居た。そんな危ない所に行かずに祖父母の所に行こうよと。


 恐怖で手が震える。開けなければと思う俺とさっさと逃げようと思う俺がせめぎ合う。




『きゃはは』


「うわああああ!!!」




 ガチャ




 俺は唐突に聞こえた声に驚いて物置を開けてしまう。


 そして中には以前と同じ光景が広がっているだけだった。




「は、はは。何だ何もねえじゃんか」




 そこは隣の部屋と同じくらいの広さ。物置とは名前の通りで段ボールが沢山積み上げられていた。テレビのパッケージが書いてある段ボールだったりベビーカーの段ボールだったり様々な大小の段ボールが置かれている。そしてそれらは埃に塗れており中に入ることを躊躇させた。


 俺も流石にここまで見て何もなかったのだからいいかと扉を閉める。




『きゃはは』




 今度はさっきよりも少しだけ大きく聞こえた。砂浜の波打ち際に立っていれば、その音でかき消されるだろう程度の音。それでも今は静かで、扇風機が回る音位しか聞こえない。




『きゃはは』




 ダッ!




 俺は我慢できなくなり祖父母の部屋へと駆ける。階段をドタドタと荒々しく音を立てて降りていく。


 そして部屋に勝手に入ると静かに寝ている二人の間に強引に割り込んだ。




「ん?なんだ?」


「どうかしましたか?」




 祖父母は俺が入ってきたことで起きてしまったようだ。だけどそれがとてもありがたかった。




「今日は一緒に寝させて」


「どうした。今までは1人でだって寝られただろうに」


「いいじゃないですか。私は大地が来てくれて嬉しいですよぉ」


「そいつは・・・俺もそうだけどよぅ」


「じゃあいいじゃないですか」


「そうだな」




 僕は二人に囲まれて安心しきっていた。ここに来た時感じていた壁などはもはやない。こうやって側に居てくれるだけで幸せだった。




******




「う、ううん・・・」




 朝目が覚めると1人だった。タオルケットを剥ぎ取り起き上がる。




(あれ?母さんは・・・?)




 と思って周りを見回してもいつもの景色と違う。何だか色んな物が置いてある。


 そこまで見てやっと気付く。俺がじいちゃんとばあちゃんの部屋に来たのだと。




「おはよー」




 俺は急いで出て二人を探す。すると二人は居間でお茶を飲んでいた。




「おう、おはよう。昨日はよく眠れたか?」


「おはようございます。昨日は大丈夫でしたか?」




 じいちゃんとばあちゃんはいつもの様に話しかけてくる。




「うん。大丈夫。昨日はありがとう」


「いいに決まってるさぁ。ワシ等も嬉しかったしなぁ」


「ええ、寝起きに孫の寝顔があったのはとても嬉しかったですねぇ」




 そう言って二人は笑ってくれる。


 俺はその様子に安心して昨日のことを忘れる様にした。




「それじゃあ行ってきまーす!」


「おーぅ行ってらっしゃい」


「行ってらっしゃい」




 二人の言葉を背に受け、俺はメンコを持ち外へと向かった。何で外に出たのかと言うと何だか2階が怖かったのだ。今まで声を聞いたのは全て2階。例えそれが夜だけであっても何だかあの家が恐ろしく感じていた。


 俺は急いで砂浜に行くとそこには誰もいなかった。




「まだ誰もいないかー」




 一人呟いても誰か来るわけではない。


 そう思って暇つぶしにメンコを1人でやり始める。だが数分もしない内に飽きていた。




「はあーつまんねえー。何でこんなのが楽しいとか思ってたんだろう」




 達也との電話をしてから夢から覚めたかのようにゲームをしたい欲求が復活していた。しかしここには持ってきていないので出来ない。だからメンコをするしかない。どうすればいいのか分からなくなっていた。


 メンコの練習をするでもなく座り込んでいると声が聞こえた。




『きゃはは』


「!?」




 俺は慌てて立ち上がり周囲を見回すが誰もいない。ここは砂浜で視界を遮る物なんて何もない。それなのに耳元で小さいけれど確実に声が聞こえた。


 それから俺はいつもの3人が来るまで常に背後に気を付けながら待っていた。

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