幸せの島

土偶の友@転生幼女3巻発売中!

第1話

 エンジンの大きな音と波の振動が僕を揺らす。照りつける日差しは暑いけれど幌があるからかまだ耐えられる。ただそれが海面に反射して再び僕を照りつけるのにはうんざりする。


 僕はどこまでも続く変わらない青を見続けるのに飽きて、隣に座る女性に話しかけた。




「ねぇ、母さんやっぱり俺だけ家に帰っちゃダメ?」


「ダメよ。おじいちゃんとおばあちゃんにほとんど会ったことないんだから、しっかりと顔を見せてあげて」


「えーゲームしたいのに・・・」


「どうせ家に帰ったら宿題もせずに遊ぶんでしょう?それまでにこっちで夏休みの宿題を終わらせちゃいなさい。父さんが出張から帰ってきたら怒られるわよ?」


「それは嫌だけど・・・」




 彼女は雑誌から顔を上げて僕に向き直る。日除けの帽子を被りその下の髪はショートに整えられていた。そして服装はオレンジのTシャツにショートパンツを履いている。足元は白のミュールサンダルを履いており同級生の母の中でも若く見られる。というか実際に若い。


 母は俺を18歳で生んでいて、今は28才。友達のお母さんが25歳で生んで今は35歳とかって言われると確かに若いと思う。だけどそれがどうしたっていう気持ちに毎回させられる。若いから何がいいのか分からない。




「適当に船内を歩いてきてもいいわよ。どうせ暇なんでしょ?」


「母さんがゲーム置いて来いって言うからじゃん・・・」




 俺だってゲームボ〇イを持ってきたかった。それを「折角私の生まれた島に行くんだからそんな物置いてきなさい」って持ってこれなかったのは母の所為だ。




(はぁ。今頃皆メダル集め終わってるのかなぁ。俺も早く集めきりたかったのに)




 夏休みが始まるのと同じくらいのタイミングで発売したメダロ〇ト3。友達と相談してどれを買うか悩んだ結果の選択だったが今のところ当たりだと思っていた。皆で今日はどこまで進んだ、俺はここまでと毎日のように集まって話すのが楽しかったのに。母さんに連れられてこんな何もなさそうな島へ行くことになってしまった。




「はぁ。じゃあちょっと行ってくる」


「気を付けてね」




 母が体をずらし僕の通り道を開けてくれる。


 そうして大して広くもない船の探検を始めた。




「あ、すいません」




 歩き出して直ぐにふらついて傍を歩いていた男性にぶつかってしまう。船が波で揺られてよろけてしまったのだ。




「ん?ああ、大丈夫か坊主。落ちるとあぶねえから気をつけろよ」


「はい。気を付けます」


「じゃあない」




 男性は特に怒ることもなく仲間であろう他の男性達とどこかへ歩いていく。


 それからはすれ違う人とぶつからない様に手すりを掴みながら歩いた。すれ違う人も足取りがおぼつかないのが分かっているのか少し気にしてくれた。


 黒のタンクトップを着たおじさん、髪を金髪に染めたお兄さん、娘を連れた母と同じくらいの女性、凄く真面目そうな眼鏡をかけたお兄さん。彼らは皆一様にテンションが高くこれから島に行くのに浮かれているようだ。


 一周するのに子供の俺でさえ2分もかからなかった。直ぐに母の所に帰ってきてしまう。




「あら?もう帰ってきたの?」




 母が俺に気付いて体をずらす。




 俺は無言で元の位置へと体を納めた。




「だって見るとこなんかないじゃん。波で揺れるし、歩いてるお兄さん達は怖いし」


「そんなに怖い人達なんていないわよ。何かあったら守ってくれるわ」


「そんな風に思えないよ・・・」




 すれ違った中にはこんな暑い中に長袖でその端からちらりと見える入れ墨をしている人達が立って話し合っていた。怖くて直ぐに逃げ出したがもう2度と出会いたくない。




「まぁ、貴方は会うことはないと思うから大丈夫よ」


「そうだといいんだけど・・・」




 それきり、俺はどんどん強くなる日差しを反射し続ける海を見るしかなかった。




******






「ほら大地!着いたわよ!起きなさい!」


「へ!?」




 母に揺さぶられ起き上がる。




「へ?おはよう。どうしたの?」


「どうしたのじゃないわよ。ほら、島に着いたからさっさと行くわよ」


「着いた・・・?何処に?」


「何処にって・・・寝ぼけているのね。そんなことはいいからさっさと来なさい!」




 母は俺の首根っこを掴み猫の様に持ち上げようとする。しかし、流石に母の細腕では持ち上がらなかった。




「もう!早く行かないと日が暮れるわよ!」


「いて!」




 母が業を煮やしたのか思いっきり背中に平手打ちをしてきた。そしてそれによって俺の意識もハッキリしてくる。ここが何処で今はどういう状況かということが分かった。


 周囲に目を向けると多くの人が立っていて下船の準備をしている。寝る前にはあれだけ強かった日差しも夕闇に消されだいぶ優しくなっていた。




「もう一発いる?」




 母の方を向くと右手を持ち上げながら笑顔で言っている。このままだと本当にもう一発放ってきそうだ。




「大丈夫。起きた、起きたから」


「そう、それは良かった。じゃあ降りるわよ」


「うん」




 そう言って母の後に続き降りる列に並ぶ。ゆっくりとだが進んでいき、遂に俺達の番になる。タラップを降りるとそこには仲睦まじい光景が広がっていた。他の島に出掛けていたのか男性がこの島の住人そうな女性と連れだって歩いていく。


 そんな様子を尻目に荷物置き場から荷物を受け取り母の実家まで歩いた。






「ただいまー!」




 母が小さな門を開けて中に入っていく。家の周りは塀に囲まれている。その中にあんまり大きくない家が一つ。家の外壁は落ち着いた茶色の塗装がされていて、少しだけ見えた屋根は赤色のトタンの様であった。


 庭には犬がいたのか小屋が一つあったが、今は何も入っていない。草は綺麗に揃えられていて整理されているのが分かる。


 ぱっと見は趣きのあるいい家だなと思い、母の後を追いかけた。


 家の中に入ると母は荷物を玄関に置き、さっさとミュールサンダルを脱いで家に上がっている。玄関から少し高い所が廊下になっていて母が走っていくと、とたとたと軽い音が返ってくる。


 俺も後を追うように上がり、木でできた廊下に足をかけた時、母は突然左に曲がり部屋の中に入っていった。




「ただいまー!」


「おお、お帰り久しぶりだな」


「元気だった?」


「うん。都会もいいけどここもやっぱりいい空気ね」




 俺は母の声を追って中に入ると、そこには50にいかない位の大柄の日に焼けたおじさんと同じく50代よりは少し若そうな日に少しだけ焼けたおばさんが座っていた。


 母はその二人の前に座り込む。そして俺の足音に気付いたのか振り返った。




「あ、紹介するわね。私の息子の大地。大地こっちに来なさい!」


「う、うん」




 俺は母に言われるまま母の隣に座る。




「で、こっちが貴方のおじいさんとおばあさんよ。昔に会ってるけどほとんど覚えてないかしら?」


「うん。覚えてない。あ、始めまして」




 俺は少し頭を下げるとその頭をおじいさんがぐしゃぐしゃにする。




「がははは、お前いい息子を持ったじゃねえか!こんなに丁寧に挨拶出来るなんてな!」


「そうですねぇ。ここは何もないかもしれませんがいい場所です。ゆっくりしていってください」


「はい」




 祖父祖母といわれても緊張してしまう。それに結構若く感じるのでおじいちゃんおばあちゃんって気にならない。


 そんな緊張を振り払うように母が手を叩く。


「さ、堅苦しいのはここまで。血が繋がってる人間しかいないんだから楽にしなさい。ちゃんと甘えれば何か買ってもらえるかもしれないわよ?」


「え・・・ほんと?」




 新作のゲームとか買ってもらえたりしないかな?俺がちょっと嬉しそうにしているのをおじいちゃんが目ざとく見る。




「がははは現金なとこはそっくりだな。だがここにはげえむとか漫画は置いてねぇからな。駄菓子位で勘弁してくれ」


「そうですねぇ。今まで会えなかった分たっぷり甘えて下さいね?」


「う、うん」




 やっぱりないのか。まぁ人口も200人位だっていうし仕方ないのかもしれないけど・・・。




「そんな分かりやすく落ち込むんじゃないわよ。この島にはこの島でいい物があるんだから。ねぇ?」




 母がそう言って俺の背を叩く。




「ちょ、痛いって」


「あっはは、その程度で痛がってんじゃないわよ」


「こら、二人でじゃれ合ってないでワシ等とも遊ばんか」


「そうですよ。独り占めはいけません」


「分かってるわよ。お風呂って炊いてる?この時期はやっぱり暑くてさ」




 母はそう言ってTシャツで仰ぐようにして風を発生させる。




「そういうと思って炊いてありますよ。着替えも置いてあります」


「さっすが母さん。じゃちょっと入ってくる!」




 母はさっさと部屋から出て行ってしまう。




「え、ちょっと・・・」




 祖父祖母といっても一度も会ったことがないのに直ぐに仲良くなんて出来ないと思う。




「まぁ、いきなり慣れろって言っても無理なのも分かるからな。ゆっくり仲良くなっていこうや・・・」


「う、うん」


「うちン中は大したもんはねえがこの島はいい所だ。今度案内してやる」


「お、お願いします」


「ああ、まずは家ん中だな。ここは居間だ。悪いがテレビはここにしかねぇ」




 そう言って祖父が示した方を見るとそこには家にある物よりも数段小さな茶色く重そうな物があった。そして部屋にはどんなものがあるのかと思って初めて部屋を見回す。これまで緊張していて入って来なかった景色が視界に映る。


 部屋にはテレビとちゃぶ台等最低限度の細々としたものしかなかった。印象に残ったのはテレビ台の側にある黒い電話で、ボタンを押すようには見えなかったのが不思議だった。




「さ、早速案内してやるよ。まずはお前の荷物を持ってだな」


「は、はい」


「何て言っても狭え家だからな。直ぐに終わる」




 俺は立ち上がり先に立ち上がっていた祖父についていく。祖母は俺の後からついてくるようだ。




 祖父は居間を出て玄関の方へ向かう。さっきは急いでいて気付かなかった所に階段があった。それは少し急だが登れないことはない。荷物は祖父が「貸せ」と言って持ってくれた。


 その階段は途中で折れ曲がっていて学校の階段の踊り場みたいになっていた。といってもあんなに大きくないのだけれど。




「ここがサキ、お前の母さんの部屋だな」




 祖父が扉に早紀と書かれたネームプレートの部屋に入る。中の荷物はほとんど運び出された後なのか小さな箪笥と古びた棚が置かれているだけだった。棚には本が置かれているが昔の文字なのか古い為か背表紙は読み取れない。それと申し訳程度に扇風機が置いてある。




「ほとんどの荷物は越して行った時にもってっちまったからな。あんまり荷物は残ってねぇのよ。まぁこの島にいる間はここで寝泊りしてくれ」




 祖父はそう言って荷物を隅に降ろした。




「後は隣が物置で掃除もあんまりしてねぇから入んなよ。面白いもんなんかねぇからな」


「分かった」




 絶対どっかで隙を見つけて入ってやろうと決める。




「・・・後は下だな。暑かったら窓は開けていい。でも虫も入ってくるからな気を付けておけよ」


「ええ・・・クーラーってないの?」




 今日は既に暑くて窓を開けて扇風機をつけるだけでは厳しそうに思える。まさか田舎がゲームがない所かクーラーすらないなんて。




「贅沢は言うな。ここは島でいい風が入ってくる。意外となくてもいけるんだよ」


「はーい」




 不満そうな声が出てしまった。しかし祖父はそれに苦笑を浮かべるだけで怒りはしなかった。祖母も仕方なさそうな顔をしている。




「ま、住めば何とかってな、直ぐに慣れる。次行くぞ」




 それから俺はまた1階に降りてトイレ、母が入っている風呂、祖父祖母の部屋、そしてキッチンを案内された。本当にそれ以外になく、興味が惹かれるものも物置位しかなかった。これからここでの生活を考えると憂鬱になる。




「ま、案内は以上だ。何もねえだろ?」


「うん・・・」




 本当にどうしようか悩んでいた為本音が出てしまう。




「がはは、都会っ子からしたらそうだろうよ。ばぁさん、飯は?」


「はいはい、準備はほぼ終わっていますよ。大地さんお風呂に入ってからにしますか?それとも先に食べますか?」


「お風呂入る前に食べたいです。お昼あんまり食べれてなくてお腹がペコペコなんです」


「おぅいいぞ。じゃあすぐに準備してくれ」


「はい、分かりましたよ」




 祖母がそれだけ言うとキッチンへと向かった。


 祖父はその間にちゃぶ台の上を片づけたりしていたのでそれを手伝う。




「お、助かる。いやぁいい子になったもんだな」




 祖父はそう言って笑いかけてくる。俺は少しだけ嬉しくなった。


 祖母が次から次に色々な料理を持って来てくれる。唐揚げに刺身、ハンバーグ、カレー、一体誰がこんなに食べるんだという程の料理がちゃぶ台の上に所狭しと並んだ。




「す、すごいですね」


「若い子の食欲は凄いですからねぇ。一杯食べてください」




 祖母は笑っているがここまでの量を並べられると食べきらないのも悪いかと思ってしまう。




「さ、じゃあ食うか」




 祖母が全てを並べ終わった所で祖父がそう言う。




「母さんは一緒に食べないんですか?」


「ああ、あいつはこの島の友達と飲みに行くそうだから気にしないでいい」


「もし一緒に食べようと思うのならの残しておいて、明日一緒に食べてもいいですからね。といっても暑いのであんまり長くは持ちませんけど」


「一緒に食べたいのでそれなりに残します!」




 母がいなくてこの量は絶対無理と思っていた所に祖母からの助けあったのは素直にありがたかった。




「それじゃあ、頂きます」


「「頂きます」」




 祖父の言葉に合わせて俺と祖母も食べ始めた。




******


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