目覚め

 俺を抱きしめたままじっとしている晴生は何も喋らない。俺はなにもかも手放してしまい、抜け殻になっていた。晴生が俺を気遣う言葉を発していた気もするが、ほとんど聞こえていなかった。まるで海の底にいる感覚で声が届かない。起き出して、俺の下半身を丁寧に拭いている感覚だけがする。目も開けられず、そんなことしなくていい、と言うことさえ出来ない状態だった。

 羞恥心より疲労が勝り、晴生になされるがままにするしかなかった。ただそのまま眠ってしまいたかった。バターのように溶けてしまいたい。

 もう何も考えられない。

「晴生……」

 そんなことお前はしなくていいから、と言葉に出来ない。いたわるように俺に触れる手が優しく、心地よくてそのまま俺は眠りに落ちた。



 **********************************

 喉が渇いて目が覚めた。今どこにいるのか一瞬分からなかった。

 ああ、そうか。土曜日。窓の外はだいぶ暗くなっている。もしかして日曜になっているのか、部屋の電気が消えていて、何時なのかも分からない。

 冷房も弱まっている。相変わらず換気扇はゴーーーと鳴っていた。無性に煙草が吸いたくなった。

 ブランケットが被せられていて、そのまま寝てしまったようだ。

 快楽の波に飲み込まれ、体がそれについて行くことが出来ず溺れて、意識がぶっ飛んだといった方が正しいかもしれない。

 足腰の痛みも今は感じない。少し寝て回復したのかもしれないが、起き上がるまでは油断できない。今日が土曜日で良かったと思った。

 ブランケットの下で裸体が密着している。壁と晴生に挟まれていて、動くと晴生を起こしてしまいそうで、身動きが取れない。


 休日に家で昼飯を食べて、セックスして、寝て、もう夜か翌日の朝方という怠惰な土曜日だったな、と一日を振り返った。

 晴生が来る日はだいたいその流れだが、俺がそのまま寝るということは一度もなかった。晴生に抱きしめられて蕩けそうになることはあったが、その度に理性をフル稼働させ、なんとか寝ないように努めていた。


 事後に恋人が隣で寝息を立て出すということは今までもあったが、俺が寝るということは滅多になかった。事が終わってしまうと目が冴え、シャワーを浴びたり、煙草を吸ったり、何か違うことがしたい気持ちに切り替わっていた。女の子がそれを嫌がることは知っていたからベッドで寛ぐこともあったが、内心早く煙草が吸いたい、と思っていた。

 自分がこんな風に寝落ちてしまって、体も女のようになっているようで怖くなる。晴生と出会ってから今までの自分が徐々に崩壊して、違う自分を発見する度に、その一時の感情で行動してしまった過去の自分への憤りでいっぱいになる。


 俺の歳でこんなふしだらな休日を過ごしている奴はいないだろうな、と思うと優越感と罪悪感が同時に俺を満たした。

 晴生は大事な休日を俺なんかと過ごしていていいのだろうか、もっとしたいことがあるんじゃないだろうか、と考えを巡らせたが、喉が渇きすぎていたのか咳が出て、思考を中断した。

 尻の状態を確認しないと、と思ったが動けない。晴生が拭いてくれていた感覚が甦り、一気に吐きそうな不快感がこみ上げてきた。そのまま意識を飛ばし、後処理をさせるなんて、申し訳なさで胸がキリキリと痛んだ。また咳が出てしまった。

 ゆっくりと上体を起こすと、恋人も目が覚めたようだ。

「起きました?」

 寝起きで声が低くなっている。俺は晴生を跨いでベッドから出るしかないが、裸体のため少し躊躇われた。自分の足腰が通常通りに動くかどうかも分からない。

「……」

 何も言えずにいると、晴生が一気に起き上がり抱きついた。胸部の熱が直に伝わり心地良い。胸のキリキリが少し和らいだ。

「大丈夫ですか?」

 頭を撫でながら聞いてくる。

「ごめん。寝てたな。」

 頬に軽くキスされた。胸がキュッと掴まれる感覚。俺はこの感覚を歳による動悸か、もしかしたら不整脈か何かの病気かもしれない、と勘違いしてビクビクしていた時期があった。しかし晴生といる時だけ起こる現象のため、これが女子のいうキュンというものだと最近気がついた。

 晴生といると俺は女子高生になってしまう病だ。胸がキリキリしたり、キュッとしたり、どう対処したらいいか分からない。

「お茶飲むから。」

 投げやりな言い方になってしまった。晴生はもう一度ギュッと俺を抱きしめ、ベッドの下にあったTシャツとステテコを俺に手渡し、自分は何も身につけず、ベッドを離れた。

「トイレー」

 と無邪気にトイレに向かった。

 多分俺に気を遣っているのだろう。素早く確認すると尻は乾いていて、下に敷いたはずのバスタオルはベッドにはなかった。晴生が全て処理したのだろう。過去の自分を殴りつけたい衝動に駆られ、どうしようもなく自分の太股を一発殴ったが、あまり力が入らなかった。

 俺はそそくさとTシャツを着て、紐を乱暴に引っ張り電気をつけた。ボクサーを探したが見つからず、急いでクローゼットから新しい物を引っ張り出し、ついでにジーンズも履いてベルトまでしてしまった。シャワーを浴びたい気持ちもあったが、時計を見やると二十時半で、それが分かると余計に腹が減ってきた。

 意外と俊敏に動くことができて、歳の割にはまだ丈夫な体だな、と我ながら少し感心した。

 冷蔵庫から緑茶を出して飲むと、冷えた液体が体中に染み渡り、生き返った気がした。

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