第182話 絶望の淵で①

「そんな治癒術じゃ、いつまでたってもそいつの傷は治らない。俺のダガーには魔力で構成した毒を付与している。俺に刺されたそいつの中には、体内のマナを汚染する毒が今も広がっている。それを何とかしない限り傷は塞がらないし、毒でそいつは死ぬ。時間的には……そうだなぁ、あと5分以内には確実に回りきるかなぁ」


 ニヤつきながら紫髪のアサシンは死の宣告をした。〝毒〟というキーワードが出た瞬間にアンジェは、状態異常の回復術である〝キュア〟を発動しセスに施す。

 

「! これは! なんて醜悪な術なの!?」


 キュアの使用によりセスの体内に広がりつつあった毒性の魔術を感知したアンジェはその毒性の強さに不快感を露わにする。


(通常の毒と違って、この魔術による毒は直接マナを汚染して凄い勢いで広がっていく。あの男の言うようにこのままでは体内のマナが全て毒に侵される。そうなれば、セスは確実に……!)


「アンジェ、セスの中の毒は何とかなりそうか!?」


 苦悶の表情を見せるアンジェにアラタが声を掛ける。


「アラタ様……結論から言えば時間をかければ何とかなると思います。ですがそのためには、この場でヒールとキュアによる回復を行わないといけません。つまり……」


 そこから先の事をアンジェは口にする事が出来なかった。だが、その内容はアラタもすぐに理解できた。

 つまり〝セスを助けるためには回復を行う間、アラタが1人でアサシンと戦わなければならない〟という事に他ならないのだ。

 だが、このアサシンの身のこなしと魔力は明らかに他の者とは段違いだ。先の戦いで心身共に憔悴しているアラタでは、とても戦いにはならない。

 それはこの場にいる誰もが分かりきっている事であった。恐らく、このアサシンもそれが分かっている。いや、分かっているからこそ、この状況を作り出し悦に浸っているのだ。


「魔王……様、お逃げください。ここは私が……何とかします」


 その時、セスが弱々しい声を絞り出す。その内容はアラタに逃げろというものであった。


「何言ってんだよ、セス! そんな事したら死ぬんだぞ!」


 アラタの言葉にセスは表情を緩ませる。それには〝肯定〟の意味が込められていると察した。


「セス! お前は俺を庇って傷ついた……だから今度は俺がお前を助けたいんだよ。……アンジェ、セスを頼む…………例えこの先、目の前で何が起きても治療に専念してくれ、いいな!!」


「――はい、そのめい承りました」


「そ……んな、アンジェ……頼む……魔王……様を」


 そう言いかけて、セスは気を失った。アンジェは傷と状態異常の治癒を継続する。だが、彼女の手は震えていた。それはこれから目の前で自分が一番見たくない光景が繰り広げられると分かっているからであった。


「あがぁっ! ぐはっ! かはぁっ!」


 俯くアンジェの耳に男性の苦悶の声が響いてくる。恐る恐る顔を上げると、そこにはアサシンに一方的に傷つけられる主の姿があった。

 敢えて殺傷力のあるダガーを使わず、素手でアラタの顔を腹を足を、身体のいたる所を痛めつけている。

 アラタには既に戦う力は残ってはおらず、成す術はなかった。1人で戦わなければならないと分かった時から、こういう事になると分かっていた。

 だが現実はより残酷だ。このアサシンは、もう魔力を使えないアラタを少しずつ痛めつけている。それは、この私刑リンチを少しでも長く楽しむために他ならなかった。

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