庶民の魔王道~魔力が使えないので地道に訓練していたら覚醒後チートになった件 ~
河原 机宏
1000年前の僕から
広大な平原に小高い丘が1つ。そんな、特に特徴のない土地が今や死屍累々の有様となっていた。
そのような凄惨な風景が広がる中、剣と剣がぶつかり合う激しい衝撃音が戦場に木霊していた。
「よくぞここまで我を追い詰めた。実に大したものだ〝魔王〟よ」
「こっちはあんたに褒められた所でちっとも嬉しくはないんだよ〝くそ神〟」
互いに〝魔王〟と〝神〟と呼ばれる男が2人、激しい
何度も何度もぶつかり合う刀身からは火花が飛び散り、
〝魔王〟は、黒い短髪に深紅の瞳を宿した20代程の青年で、漆黒の鎧と漆黒の剣に身を固めていた。
〝神〟は、短く整った銀色の髪と瞳を持つ美しい青年の姿をしていた。白銀の軽鎧に身を包み、見るからに神秘的な雰囲気を周囲に放っている。
互角と思われた競り合いも、次第に均衡が崩れていく。〝神〟と称する男が次第に優勢になっていった。
一方〝魔王〟は既にボロボロの状態であり、疲弊している様がよく分かる。おそらく、現在の戦いに至るまでに、激しい戦闘があったのだろう。
今や、神の攻撃に耐えるのが精一杯となっていた。
「どうした? もうおしまいか? まぁ、我の信徒達と連続で戦ったのだから無理もないか……そう考えれば、あの者達の死も無駄ではなかったという事だな」
「!! それが! それが、お前の為に戦って死んでいった者達に対する言葉か!? 彼らはお前にとって一体何だったんだ!?」
「? 不思議な事を言うな……単なる駒に決まっているだろう。あの者達もそれを理解した上で我に尽くしたのだ」
「ふざ……けるな!! お前のような奴にこれ以上好きにやらせるか!!」
一度はくすぶり、消えかけていた魔王の戦意と〝魔力〟が再び息を吹き返す。その身体を白い光が覆い、漆黒の剣の刀身に伝わっていく。
その様子を見た神は目を細め、微かに笑みを見せていた。
「まだ、そんな力が残っていたのか。……だが、所詮は燃え尽きる直前の最後の悪あがきに過ぎない。せいぜい最後に我を楽しませてみろ!」
神の背に天使を思わせる白い翼が現れ、大きく羽ばたくと、大量の羽が舞い散る。
そして、羽は空中で1度ピタリと動きを止め、神が手を魔王に向かって振り下ろすと一斉にミサイルように彼を襲い始める。
しつこく纏わりつく羽をかたっぱしから、剣で切り払う魔王であったが、このままでは
「これでもくらえ! 〝
魔王の掌から打ち出された白い光弾は、射線上の羽を次々に食い破り神に命中する。
だが、それは剣の刀身で防がれ、ダメージを与えるには至らなかった。
「この馬鹿者が! 残り少ない魔力を無駄遣いするな!」
魔王の漆黒の剣が、魔王を怒鳴りつける。その声に辟易する様子を見せる魔王ではあったが、剣のこのような反応には慣れている様子だ。
「しょうがないだろ〝ソラス〟。ちまちまやってたら、一生終わらないぞ」
「だが、それでは奴の思うつぼだ。奴を倒すには強力な一撃が必要になる。分かっているだろう〝グラン〟」
グランと言われた青年――魔王は、「そんな事は分かっている」と反論するが、ソラスはなおも諭すように言った。
「今は耐えろ。あの神とて無敵ではない。それを奴は理解していない。普段とは違い〝受肉したあの身体〟では無限に魔力を行使出来ない事を。既に奴も残りの魔力はわずかなはずだ。皆が命を賭して作ってくれたチャンスを
ソラスの言葉に、グランはここまでに来るのに死んでいった仲間達の事を思った。
今まで神を信奉する者達との戦いを共に乗り越えてきた者達。
共に笑い、共に泣き、共に苦しみを分かち合ってきた家族ともいうべき仲間達――皆が、この神との戦いに自分を導いてくれたのだ。
「絶対に……絶対に無駄にするものか! 皆の命を! 絶対に!!」
その時であった。急に羽による攻撃が弱まったのである。最後の1枚を切り落としたグランは何事かと神を見やると、頭を押さえ苦しそうにしている姿が目に入ってきた。
「!! グラン! 来たぞ! 奴は魔力切れを起こした! 今なら!」
ソラスの呼びかけにグランは、自らの最大の一撃を放つべく残り少ない魔力を総動員し漆黒の剣に集中させ始めていた。
白い魔力のオーラが、黒い刀身を純白の美しい姿へと変えていく。
それを見た神は、それまでの嘲笑の絶えなかった表情を一変させ、明らかに焦りと怒りの入り混じった顔を見せるのであった。
「くっ! この出来そこないの身体がっ! おのれぇぇぇぇぇぇ!!」
自らの身体を罵る神に、冷たい怒りを帯びた視線を向けるグランは倒すべき敵に狙いを定め、自らの全てを込めた一撃を放つのであった。
「この世界に生きる全ての生命を見下してきたお前には、お似合いの最期だよ〝ベルゼルファー〟! ……皆、俺に力を貸してくれ! 行けぇぇぇぇぇぇ!
漆黒の剣――今や純白の剣へと変貌したソラスから、巨大な白い閃光の斬撃がベルゼルファーと言われた神に向けて解き放たれた。
だが、グランの魔力の開放に気が付いたベルゼルファーもまた、余力を全てつぎ込んだエメラルド色の斬撃波を同時に放っていた。
地表でぶつかり合う純白と深緑の巨大な斬撃波は、周囲にある全ての存在を吹き飛ばしていく。
その衝撃波は、技を放っているグランの元まで到達し、彼を襲い始める。
既に半壊状態の漆黒の鎧は、さらに亀裂が入り少しずつ吹き飛び消滅していく。 その、精悍な顔にも切り傷が次々と付けられ、自らの血に染まっていく。
一方のベルゼルファーも同様に、斬撃の余波によって少しずつダメージを負っているのが、グランの視界に入ってきた。
(このまま粘れば、奴を倒せる! けど、もう魔力が尽きる。……ちくしょう! やっとここまで来たのに! 皆が作ってくれたチャンスだったのに……皆……すまない!)
グランの目から悔し涙がこぼれ、ソラスの核である赤い魔石に落ちる。その涙に反応するように、弱くなっていた赤い光が少し明るさを取り戻すのであった。
同時に、ソラスから放たれている斬光白牙が勢いを取り戻す。
それにより、斬撃波の鍔迫り合いはグランに優位になるのであった。
「なっ! どうして? もう魔力は残っていないのに……」
「……よく聞け、グラン! そんなに長くは持たない! 両方の斬撃波が消滅したら、すかさず奴に止めを刺しに行け!」
「まさか……核の魔力を使っているのか!? そんな事をしたらお前は!」
「……いいんだよグラン、どのみちこのままでは我々は2人とも死ぬのを待つだけだ。ならば、この命で出来る最善を尽くすのみ。……分かるな?」
ソラスの諭すような言葉に、グランの目から再び涙がこぼれ落ちる。
だが、それは悔しさから来るものではなく、死線を潜り抜けてきたパートナーの思いに心揺さぶられるものであった。
「…………分かった! お前の命、絶対に無駄にはしない!」
「……それでいい。……もう、間もなくだ。……タイミングを見誤るな」
「……ああ!」
2人の最期の短いやり取りが終わると、間もなく魔王と神の斬撃波が終わりを迎えた。
その瞬間、グランはソラスから手を放し、相棒の最期の姿を見ることなく一目散にベルゼルファーに突撃していく。
ソラスは余波に吹き飛ばされ、丘の頂上に突き刺さり、グランの背中を見送りながら、静かに機能を停止するのであった。
(行け……グラン……短い……間で……あ……た……が……たの……し……か…………ぞ…………)
一方、既に魔力を使い果たしたベルゼルファーは、身体を襲う倦怠感に苦しみながら自身に迫って来る魔王を迎え撃つのであった。
既に武器も魔力もない状態で突撃する魔王を、剣で突き刺そうと構える神には、既に余裕はなかった。
「さあ、来い! 魔力の尽きた貴様など、一太刀で殺せる! さあ……我に殺されに来るがいい!!」
勢いを落とすことなく、グランはベルゼルファーに飛びかかった。神が構えた剣を
剣はグランの左の掌を貫通し、鍔の部分まで深々と刺さる。すると、その左手で鍔をしっかりと掴むのであった。
「……これで、剣は満足に使えないな。終わりだ、ベルゼルファー!!」
「くっ! 馬鹿が! 武器を封じた所で何になる! 貴様にはもう魔力は残ってはいまい!」
「ああ……そうだな。もう俺には、お前をどうこう出来る魔力はない。……だから、代わりにこれを使うだけだ!!」
そう言うや否や、グランの右手に白い光が輝き始める。それを見て、ベルゼルファーの表情が青ざめる。
「なっ! 馬鹿な! そんなはずは!」
「……だから、代わりに『俺の命』を使うだけだ! 大したもんじゃないが……遠慮なく受け取れ!!」
魔王の行動に恐怖した神は、剣から手を放さず、むしろ強く柄を握りしめ、この場から離れる最後のチャンスを逸した。
そして、グランの生命力を宿した拳は、神の身体に深々と突き刺さり、内部からその身を攻撃する。
「……これで最期だ……白零ーーーーーーー!!」
身体の内側から襲い掛かる苦痛に耐えきれず、元々は美しい顔が今や醜く歪み、その口からは絶叫が周囲に響き渡る。
「ぎいやぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁーーーーーーー!! 」
その声を特等席から聞いていたグランは、意識が途絶えそうになりながらも、何とか耐えていた。
(もう少しだ……もう少し……もう少しでこいつは死ぬ! だから、持ってくれ! 俺の命よ! ……頼む!!)
互いに、ぎりぎりの状態の中、絶叫を上げていた神はグランに向けて、醜い嘲笑を再び見せた。
「くっくくく……どうやら、此度の戦は我の負けのようだな……だがな、所詮はこの
その言葉に一瞬目を見開くもグランは、消えかかる意識の中、精一杯の力を込めて反論するのであった。
「……そうかい、1000年後か。……なら、その時俺は生まれ変わって、再びお前をぶっ倒すだけだ……その時は、お前の存在も確実に消滅させてやる……覚悟……するんだ……な!」
その言葉を聞くと、ベルゼルファーは一言「プレゼントをくれてやろう」と言い残し、グランに最期の余力を流し込むと、間もなく消滅した。
後に神魔戦争と言われるようになった、神とそれに抗う者達の戦いは、その真実が歪められ後世に語り継がれる事になる。
その結果、この戦争の最大の功労者であった〝魔王〟は世界を危険に
――そして、時は流れ1000年後、再び神と魔王の戦いの歯車がゆっくりと、だが確実に回り出す。
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