バニーの噺


「ヤダヤダヤダヤダヤダ!! こんなの着るなんてヤダ!!!!」


 子供のようにわめき立てながら、私はバニーガールのコスチュームをぎゅっと抱きしめる。

 そうしていると、師匠のわざとらしいため息がすぐ側でこぼれた。


「絶対、ぜぇぇぇぇぇぇぇったい、嫌です!!」

「わかったから落ち着け小雀」

「嫌だったら、嫌なんです!」

「だからわかったってば」

「嫌だーーーーーーーーーーーーーー!」

「あああーもうっうるせぇな! お前がやるんじゃねぇのに、なんでそんな嫌がるんだよ!」


 そう言って師匠が怒る声を聞きながら、私はバニーの衣装をばしっと畳に叩き付ける。


「私じゃないから嫌なんでしょう! よりにもよって、これをカーくんに着せるとか!」

「なんだよ、彼氏が笑いものにされるのが嫌なのか」

「笑いものにされるんだったら良いんですよ! でも絶対真逆ですから! とんでもない色気が飛び出してやばい空気になりますからね!!」

「さすがに、あいつの色気もこの衣装の前じゃかすむだろう」


 などと言って、バニーの衣装を師匠が取り上げる気配がする。


「つーか、あいつだけ免除とかありえないからな。今日は男はバニーって決まってんだから」


 なぜなら今日は8月2日。語呂合わせでバニーの日。


 それ故女性陣にバニーガールのコスチュームを着せようという話が出たのは先月のことだった。

 だが今の時代、女性だけにそんな格好をさせるなんておかしいと言い出したのは獅子猿兄さんやカーくんこと藤さんを筆頭とした、若い噺家たちである。

 セクハラですよと藤さんに笑顔で詰められた先輩方は震え上がったらしく、「なら、男がやるか」となったらしい。


 そして本日の寄席では、男子全員がバニーコスでちょっとした余興(大喜利)をやると決まった。

 今日のために、男用の特別な衣装を用意したという熱の入れっぷりだ。

 一応パワハラに当たらないよう「やりたい人が」という事になっていたようだが、笑いを取りたい男たちは意外と多かったようだ。

 嫌だと駄々をこねて司会進行役を勝ち取った師匠を除き、全員バニーらしい。


 だがこれが、私は面白くない。


「私は見れないのにずるい!!!!」

「……結局、不機嫌なのはそこかよ」


 師匠は呆れるが、これが不機嫌にならずにいられるか。

 だってバニーである。もう一度言う、バニーである!


「もう絶対すごい。無駄に色気すごい。みたいいいいいい」

「じゃあ、あとで触らせてもらえよ」

「でもなんかもう、すごすぎて触っても上手く想像出来ない気がするんです」


 けどお客さんたちは違う。

 藤さんのバニーを、余すことなく堪能できるのだ。

 それが悔しくて悔しくて、私は地面に突っ伏していた。


「小雀諦めろ、ここで夜鴉だけやらなかったらあいつの立場が無いだろう」


 そう言って言葉を挟んできたのは、獅子猿兄さんの声だった。

 ちなみにここは寄席の控え室で、既に周りには沢山のバニーがいる気配がする。

 多分あのゴリラも、今はうさ耳である。

 そんなゴリラに文句を言われたくないと思っていると、聞き覚えのある足音がすぐ側まで近づいてきた。


「小雀姉さん、いい加減衣装を返して下さい」

「やだあああああああああああああ」

「あと静かにして下さい、姉さんの嫌がる声、客席まで聞こえてますよ」


 そのせいで夜鴉は果たしてバニーで来るのか来ないのかと、常連たちが賭けまで始めているらしい。


「着せませんよ! 着せませんからね!!」


 あえて大きな声で言うと、そこでむぐっと口を手で覆われる。

 藤さんの香りが鼻腔いっぱいに広がって「むふふ」な気持ちになったが、ニヤけている場合ではない。


「んー!んーんーん、んーーーーーーー!」


 言葉にはならないが必死に抗議をしていると、そこで誰かが「そうだ」と声を上げる。


 この声は多分、師匠と同い年の噺家の声だ。


 その年齢と、白くて長い髭から『長老』と呼ばれる我々の大先輩である。

 師匠とは親友の間柄で、うちにもよく遊びに来る。彼もまた痩せ細っているため「二人並ぶと空気があの世になる」なんて事を誰かに言われていた。


 そんな長老が、どこかウキウキとした足取りで近づいてくる。


「せっかくなら、野球拳方式にしようじゃないですか」

「そりゃ、どういうことだ?」


 師匠が尋ねると、長老が楽しげに笑った。多分だが、彼もバニーである。


「笑いを取れなかった奴から一枚ずつ脱いでいくんですよ。着物だけだと枚数は少ないから、足袋とか手ぬぐいも数に入れて、座布団の代わりに服を没収するって流れです」


 つまり、笑いが取れなければバニーに一直線ということだろう。

 確かにそれは面白いかもしれないと、周りは盛り上がる。


「ついでにチーム戦にすれば、女性の噺家や他の芸人たちも参加できるでしょう?」

「つまり、私がカーくんのバニー処女を守るということですね!」

「そういうことです」


 長老の言葉に、私は名案だと思う。


 ……が、そこで問題が出てくる。


「私、大喜利あんまり得意じゃない……」


 守るどころか一番最初に脱がされかねない。

 思わず青い顔をしていると、そこで長老が誰かの身体をバンッと叩く。


「だったら師匠に処女を守ってもらえば良いじゃないですか」

「おいっ、お前一体何を言いやがるんだよ!」

「人間国宝だからって、こういうときに司会に逃げるのは狡いなぁって思ってたんですよ。だから圓山、あなたは最初からバニーで回答者役をしなさい」

「おいいいいい!」

「代わりに、司会は小雀さんにお願いしましょうか」

「でもこいつは、何も見えてねぇし」


 挙手してもわからねぇだろと言われるが、「それなら手を上げながら名前言うから良いよ」と周りの噺家たちがやり方をすぐさま考えてくれる。

 どうやらみんな、一人バニー免除となっていた師匠のことを内心面白く思っていなかったらしい。

 何としても着せてやるという気迫が、楽屋には溢れている。


「頑張ってくださいねぇ圓山。下手な回答したら人間国宝の名が泣きますよ」


 長老にそう言われれば、さすがの師匠も手抜きは出来なくなるだろう。


「長老様ありがとう」と手を合わせていると、既に用意されていたとしか思えない速さで、師匠にバニーの衣装が手渡されたようだ。

 こうなるともう逃げ場は無い。ついに腹をくくったのか、師匠が「しかたねぇな」とこぼした。


「おい夜鴉! お前のバニー処女は死守してやるが、衣装は着るんだからな!」

「もちろんです。師匠とおそろいで嬉しいです」

「その涼しげな顔が腹立つううううううう!」


 どうやら着替えが始まるらしく、私はそこで楽屋を追い出される。


「他の人にも見せないで下さいね! カーくんのバニーは私だけのものですからね!」


 下手に見せたら死人が出るし、大喜利をやるテンションじゃなくなる。みんなの心が桃色になる。

 そう叫ぶ私を、廊下に追い立てたのは長老と獅子猿兄さんだった。

 その二人にもバニー処女を守るようお願いしようと思ったとき、不意に悪役めいた笑い声が側でこぼれる。


「計画通りですね」「さすが長老、お人が悪い」


 ふふふ、と妖しく笑っているところを見ると、もしかしたら私は彼らの掌の上で踊らされていたのかもしれない。


「……もしや、最初から狙いは師匠……」

「まあ、バズりますからねぇ」


 長老とは思えぬ若者言葉を使い、彼は得意げに笑う。


 そういえば、今回の大喜利は写真撮影可だと誰かが話していた。

 つまり師匠のバニーは、ネットの海に放たれ今後一生フリー素材として使われること確実だ。見てはいないが、汎用性が高い画像になるのはまず間違いない。

 あと得意げに笑っているが、長老と獅子猿兄さんの画像も確実に野に放たれるだろう。

 この二人は、私を超えるレベルで大喜利が下手だ。


 しかし当人たちにその自覚は無いらしく、危機感はまるでない。


「ということで、大喜利の司会は頼みますよ小雀さん」

「わかりました、精一杯盛り上げます!!」

「ええ、目一杯盛り上げてくださいね!」



 長老それはフラグですよ、と言いたいのこらえて、小雀ちゃん自慢の愛らしい笑顔で「はいっ!」と答えた。



 その後、大喜利が盛り上がったのは言うまでもない。

 そしてもちろん、藤さんのバニーは私だけが美味しく頂いた。


                            バニーの噺【おわり】

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