irodori

白木兎

0rin

 夏は嫌いだ。

 到底、蒸し暑い部屋の気温が扇風機一台でどうにかなることはない。

 元来汗っかきであるため、一日に何度もシャワーを浴びたくなる。でなくても、四回はシャツを変えることは行っているので、洗濯物もばかにならない。

 それに夏は虫が多く出る。

 蚊というのは、私がこれまでの人生において憎み続けてきた虫の名前だ。

 奴は私の血液を無断で強奪しておいて、痒みという爆弾まで置いていく。蚊とは、人類史において到底許されるべきではない種である。また、時に奴らは病原菌を感染させる媒介ともなった。そして他人をもっとも殺したとされる虫も蚊なのである。後の理由は直接的には私に関係のない話かもしれないが、憎むべき理由としては正しく世に認識されるべき常識である。

 ただ、蚊がいなくなれば生物界的に問題が起こることも事実なのだ。

 そもそも血を吸う蚊は産卵直前の雌だけで、雄の蚊は主に植物の蜜などを吸うらしい。そして、その代わりとして花粉を運ぶ役割も担っている。蚊の数は世界的にも計り知れないどころではないが、その数の蚊がいなくなれば受粉できなくなる植物もその数えきれない数出てきてしまうのだとか。

 勿論。だとしても、私は蚊を殺すことを断固としてやめないが。

 嫌いなものは嫌いである。そもそも私に蚊を絶滅させることなどできはしないのだ。地道に一日十数匹蚊を殺したところで生態系に何ら影響など起きはしないだろう。


 そして、部屋が暑過ぎることも、エアコンを導入すれば済む話なのだ。

 だができない。

 無論、お金の問題ではない。バイトで貯めた二十五万がある。

 それは単純に、親の許可が下りないという点だ。

 まず私は今、中三である。来年から晴れて高校生、法律上バイトの許可も下りる年齢なのだ。

 本来、私はまだ働ける年齢ではない。

 友人の紹介でパソコンを使った事務系の在宅ワークをこなし、なんとか貯めたお金だった。しかしそれも、私は大問題をすっかり忘れていた。

 うちの堅物二人は、娘のバイトを許してくれるような両親ではないということ。しかも、まだ中学生だ。バイトを告白なんてすれば、どれだけの被害が私と友人とバイト先に及ぶか計り知れない。堅物というか自尊心が高すぎるのだと思う。

 とにかく、両親にバイトを知られるようなことがあってはならない。

 エアコンなんて十数万もするようなものを買ってしまえば即刻アウト、でなくてもレシートでおこづかいは管理されているのだ。どうしようもない。

 然して、私は自分が稼いだお金をどうすることもできないと気付いた。

 すると急に、私は引き出しに入れていた給料袋三か月分がとても恐ろしく思えた。

 バイトは辞めた。これ以上面倒を続ける理由も亡くなったわけだし、さらにお金をため続けたとして、どうせ後でひどい目にあうとわかっているのだから。


「あぁあああぁぁぁ、あぢぃィい…… 溶けるか沸騰する―――」


 おなかまる出しの状態で、畳の床に汗を吸わせていた。

 シャツを脱ぎかけ、パンツ一丁。恥ずかしいという感情に縛られない自室は、良くも悪くも私を解放した。汗から羞恥心に尊厳までも取っ払って、私は限りなく全裸に近い状態で、扇風機を強設定で直当てしていた。

 それほどまでの暑さ。これは灼熱と呼んで相違ないだろう。

 サウナは水風呂が用意されているが、うちはそうはいかない。なんせ、トイレの電球すら付けていないような家だ。昼間から水風呂に浸かったなんて知れたら、今夜の晩御飯がドッグフードになるレベルだ。両親に慈悲はないのだろうかと聞けば、ドッグフードが慈悲だと答えんばかりの親だ。鬼畜というかきちがいだ。

「だからと言って、この暑さに耐えることもできはしない」

 晩御飯がドッグフード、それが何だというのだ。

 今はこの汗から逃れることこそが先決。それにばれなければどうということはない。

 タオルは昨日使ったやつを使えば問題ない。

 さっとシャワーで汗を流す程度、水道代に証拠として見えることはないはずだ。

「なんだ思ったより簡単じゃ……やっぱり水風呂入りたいなぁ」

 欲をかいては仕損じる。もちろんわかってはいるのだが―――

「なんか、いけそうな気がする!」

 盛大なフラグを立てた後、カマをかけられ普通にばれて、普通にドッグフードを牛乳で流し込んだ。

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