第9話 再起

横浜MM地区 中華街 正午


突然の災厄に秩序は失われ、道という道には狂える亡者達が溢れかえる。この世の物とは思えない惨状に視界は満たされ、誰もが絶望をしたはずだろう。

だが彼らの眼前にはそのような物は映らず。

「イリスちゃんの明日の為だ。消えな」

いや、実際にはその先の明日へ、少女の未来へと目を向けていた。


辺り一面に繰り出されるは強力な重力場。巧みな制御によってそれは敵のみを次々と圧し潰し、次々と血溜まりを生み出していく。

「いい腕してんじゃねえか伊達男」

「雑魚程度なら余裕さ。だがやはりアレを倒し切るにはまだギアが上がり切ってはいないようだ」

彼が狙いをつけるはクジラの形をしたエレウシスの怪物。傷は負えども、まだそれは動いて。

「という事だ、任せたぞ皆んな」

「任せろ」

しかしそれに動く間など覚悟と共に血刃手にした彼女が与える筈もなく。

血を纏わせ、人の身など遥かに超えた一刀。振り下ろされたそれは、亡者達さえも巻き込みながらクジラのバケモノを両断する。


撒き散らされる血と水。仲間をやられたところでそれらが止まることは決してない。だがそれよりも早く少年は駆け出し、振るうは風を纏いし鋭刃。

「俺たちの邪魔すんじゃねえ……!!」

切り裂き開かれた傷は瞬く間に暴風で抉られ、それが塞がることなどはなく。そのまま巨躯は二つに分かれて、肉片は水となりて飛び散る。


瞬間、現れた3匹目の鯨は垂眼を食い潰さんと大きく口を開けて飛びかかる。されど同時にそれは明らかな隙を晒して。

「っしゃオラァ!!」

その隙を獣たる彼が逃すはずもなく。その爪牙が腹を裂き、臓物を抉り食い千切って、泡沫の命さえもその場に散らしていった。


「第一陣撃破、といったところで第二陣のお出ましだ……!!」

既に連戦続きのジャンカルロの声には疲労の色が見えて。それでも彼らヨハネ班の誰一人とて不平不満を言う事はなく。

「ったく、ウジャウジャ湧いてくるな」

「関係ない。イリスを救うまでやるだけだ」

「ヒーローものの構成員とはおおよそボスを倒せば消滅するもの!えれウシスの怪物を優先して狙うんだ!!」

「同意だ。アレが生命を分け与えているようだしな」

彼らもまた、決してその数に臆す事もなく再度地を蹴りて。


そして彼らが地を蹴り出すと同時、次々と銃弾に頭を撃ち抜かれて倒れ伏す亡者達。

「今のは!!」

『こちらアイシェ、聞こえますか皆さん!!』

「ああ、いつもの美しい声が聞こえますよ」

「感度良好だ」

『これより雨宮さんとともに皆さんの支援を開始します!!』

『雑魚は私とアイシェさんが狙撃で片付けます。皆さんは鯨を』

後方を見れば、建物の上でライフルを構える女性が二人。彼らが前を向き直すよりも早く再び銃口は火を吹いて、放たれた弾丸は亡者達の頭を穿ち抜く。


次々と薙ぎ倒されていく亡者たち。今まで埋め尽くされていた視界に、少し穴が見えた。

「一気にこのまま穴を広げる……!!」

「このまま搔っ裂いてやらァ!!」

「行ってこい垂眼!!」

「うす!!」

群れへと向けて走るマリアとカケル。群れの真ん中に転送された垂眼。少なからずそれらの鯨たちも知性を持っているからか、奇襲とも取れるその攻撃に僅かに反応が遅れる。

「はぁぁぁッ!!」

切り裂く。マリアの一閃が一つの命をまた赤に染め上げる。

「当たんねえよ……!!」

躱す。垂眼は風を纏いて鯨たちの、亡者たちの攻撃を全て躱し続ける。あの"海"の中で怪物たちの猛攻を避け続け、マスターキュレーターの不可避の攻撃を回避した彼にこの程度の波状攻撃は当たるわけもなく。

「腹がガラ空きだぜェ!!」

搔き裂く。垂眼の陽動に隙を晒した鯨の化物のはらわたを引き摺り出し喰らいて。

「終わりだ」

圧する。もはや慈悲もなく、黒き星の力がその全てを押し潰す。


全身全霊、全力を持ってして次々と敵という敵を全て打ち倒す。されどこれもイリスを救うと決めた彼らにとっては些末な障害。

ようやく救う手立てさえも見つけて、諦めないと一歩踏み出したのに。決して険しくないはずの道にも関わらず次の一歩があまりにも遠く感じられて、歯痒さに焦りと苛立ちが募っていく。

『第三陣……第二陣を上回る数で来ます!!皆さん警戒を!!』

「キリがねえ!!」

「ったく……ふざけんなよな」

空いた穴が、すぐに塞がっていく。希望が見えてはまた閉ざされ、まるでこの世界に嘲笑われているような気さえもして。

それでも彼らはまだ立ち向かう。

「そろそろオレも温まってきたところだ」

「このまま一気に押し返すとしよう」

「ったく本気か?さっきの倍はいるぜ?」

「たりめーよ!!」

「イリスが待ってるんだ。ここで立ち止まれない」

ただ一つの希望を、明日を、未来を手にする為に前へ前へと何度も足を踏み出す。例え幾度となくその先を遮られようとも構わない。

それならば何度だって切り拓く、そう言わんばかりに彼らの眼は前を、希望に向き続けて。


だがその希望さえも打ち砕かんとそれらは押し寄せる。

『ジャンカルロ隊長、南方の防衛線の損耗率が増加。このままでは5分も無く前線が崩れ押し込まれます』

「ったく、10分持たせろ!!そしたら俺が行く!!」

『西側も結構ギリギリよ……!!みんなが頑張ってはくれてるけど……!!』

無線から聞こえてくる声からはどこも逼迫していて、一刻の猶予もないことは明らかだ。


『第三陣が守りの薄くなった両翼から……!!』

眼前に迫る、広がりて集う敵の群れ。

「コイツらこんなにいるのかよ!!」

「だが個体ごとは大したことない……!!」

「ここはとうとう腹を括る時かな」

『このままでは、突破は愚か守りも……』

「うるせーー!!しらねーー!!全員ぶっ殺す!!」

彼らが決して諦めようとせず。しかしそれでも皆が絶望の波に飲み込まれるのは時間の問題。


幾度となくその穴は開けられた。その光は見えた。ただ少し、少し足りないだけなのだ。その穴を維持するための力が、時間が。


そしてそれらが迫り、視界の大半を占め始めた時、上空から何か聞こえた。

垂眼が目を向ければ黒い点が一つ。少し揺れながらも一点にとどまって。

「アレは……ヘリ……?」

「何か落ちてくる……?」

次の瞬間、そこから一つの影が地上に向けて落下。

「前から来るぞ!!集中しろ!!」

だがそれに気を取られるわけにはいかず。前を向けば既に鯨たちは彼らに、いや彼らだけに狙いを定めて。

「くそッ……やってやらああああ!!」

少年は剣を構え、振りかぶる。絶対にやり通すと決めたから。絶対に救うと誓ったのだから。

故にその道を切り拓かんと風を宿し、その剣を振おうとした。


そして、その想いに応えるかのように。





—————蒼雷が瞬いた。




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