第13話 問い
MM地区支部
先程までの静寂から一転、支部の内部は慌ただしく、人の流れが忙しなくなる。
「早急にテレーズ氏に連絡を!!それとギリシャ支部からの連絡はまだか!!」
「先程メールにて資料が送付されました。各員の端末に送信します!!」
R災害対応班の面々は機械が如く統率された動きでエレウシスの秘儀への対応に当たる。
「聖ちゃんと千翼は机と椅子を並べて資料を広げられるように、甘宮は各種資料の印刷を頼んだよ」
「了解です!!」
「俺も手伝おう」
MM地区支部の面々と黒鉄も対応班がスムーズに動けるよう場所を構築する。
そんな風に人々が動く様を、少年は片隅でただ眺めているだけだった。
その最中、けたたましい程の音ともに端末が鳴り響く。
「何事だ!!」
「日本支部の支部長、"霧谷 雄吾"氏からの通信です!!」
「正面のモニターに映せ!!」
マリアの言葉とともに映し出される霧谷の顔。
その顔は焦りに満ちて、額には汗も浮かんでいた。
「良かった……ご無事ですか、皆さん!!」
「ああ、我々は無事だ」
マリアが受け応えると同時、その表情は一瞬安堵へと変わり、すぐにいつもの真顔となった。
「15分前にMM地区で過去類を見ない大規模なレネゲイド反応が観測されました。それについての説明をお願いします」
「以前列車で救出した少女イリス、彼女こそがエレウシスの秘儀であった」
「そしてそのエレウシスの秘儀が暴走した。早々に回収に向かうべきでしょう」
「救い出さねばならん」
二人のリーダーが同じ結論を導き出し、その答えを霧谷に告げる。
だが彼は、霧谷はその答えに難色を示す。
「……彼女から発生した特殊なワーディングである"海"は、人々を飲み込みながら膨張を続けています」
淡々と告げられる事実。
「文献によれば取り込まれた者は生命力を奪われ強制的にオーヴァードへ覚醒、さらにジャーム化させられる……」
彼はそのまま続ける。どれも彼らが目の当たりにした事。それは分かっている。
「そして文献通りであれば、この海は関東圏をも飲み込む可能性さえあります」
分かってはいるが、認められないものもあった。
「イリスちゃんに限ってそんなことは望んでするはずがない……」
禅斗は霧谷に訴えかける。彼が、彼らはイリスの事をよく知っているから。彼女の優しさを知っているから。
「そう願いたいのは、私も同じです」
だが、それは霧谷もよく理解していた。
「しかし現実は今この時も一般人に被害が出ています」
声は真っ直ぐなまま、決して感情は表に出さず、トップに立つものとして粛々と事実だけを述べていく。
「この緊急事態を受け、UGN日本支部は今回の件を正式にレネゲイド災害と認定しました。現在周辺地域から山下公園へと戦力を集結、編成しています。それが終わり次第、膨張を続ける"海"、そしてそれを引き起こしている遺産、"エレウシスの秘儀"のレネゲイドビーイングを排除、破壊する作戦を開始します」
彼が述べたそれは即ち、イリスを世界のために殺すという事。
「あなた達にも思う所はあるでしょうが……世界を守るためには、こうするしかないのです……」
それは彼にとっても苦渋の決断で、だがそれが彼にとっての、この世界にとっての最善なのだ。
「どうか、"エレウシスの秘儀"破壊作戦への参加をお願いします」
彼は深く頭を下げる。トップであると同時に、彼もまた彼らの事を仲間と重じているからだ。
「霧谷さん、一つ質問いいですか」
問う禅斗。
「ええ、避難の指揮に動かなければならないので手短にお願いします」
「あなたのその心、人間のままですか。そう言い切ってくれなければ私は動きません」
それは彼もまた仲間を、少女を重んじるが故の問い。
「UGNは、人が人らしく、オーヴァードがオーヴァードらしくある為の組織です。そして私はこの国でのその組織のトップを任されています。それでも初志は今も、捨ててはいません」
霧谷はその問いに、誠実に、信念を持ってして応える。
「切り捨てられるものが誰なのか。その差だけでない事を願います。我々と敵との間で」
その答えに禅斗も、静かに同じように信念を持って答えた。
「霧谷支部長」
遮るように言葉を挟むマリア。
「今回の事件はレネゲイド災害である以上私の権限はあなたよりも上です。その上で作戦の修正を、エレウシスの秘儀は回収、および凍結を第一目標とします」
気丈に、決してぶれる事なく口にしたマリア。
「承知しました。ただし、最悪の事態を想定し戦力の配備は進めておきます」
霧谷もその言葉を受け、そのまま続けた。
「どうか、その戦力を使う事なく済ませられる事を願います」
「よろしい。回収、凍結が困難な場合は責任をもってこちらでも処分に最善を尽くします」
「よろしくお願いします」
通信の向こう側でも人々は忙しなく動き、それが事の深刻さを物語る。
「では私は避難と戦力配備の指揮に動きます。健闘を祈ります」
切れる通信。
一瞬の静寂が訪れるが、直ぐにまた支部内が忙しなく慌ただしく動き始めた。
「マリアさん、今回の指揮は任せます」
「分かりました。皆さんご協力お願いします」
「あいあいさー!!」
「はい!!」
こんな中でも元気よく答えるMM地区支部のメンバー。
だが、だからこそと言うべきか。一人魂の抜けた様子の彼が目についた。
「垂眼!!目を覚ませ、何をしょぼくれてるんだ!!」
「…………」
彼は答えず、それどころかその目には光も映らず。
禅斗はそんな彼の頬を叩く。
「……おお、すぐ手が出るな、あんた」
彼は殴られた頬を力なく押さえ、禅斗を睨む。
「舐めるのも大概にしろ……!!例え山火事の前の一滴の水でも、それを全員が諦めては火が消えることは永久に無いのだ。一人一人に出来ることがあり、そして我ら歯車の一つでも欠ければ物は動かなくなるんだ。お前がなすべき事は何だ、答えろ……!!」
禅斗の必死の説得。
だが垂眼はそれに力なく、半ば自棄になったまま答えた。
「俺に、何が出来るって言うんです?」
全力を尽くした戦い。
その中で彼の剣は一度としてあの男には届かず。それどころか守りたかったものさえも守れず、彼の心は、その尊厳はもはや崩壊寸前だった。
「貴方にもこの作戦には参加してもらいます。貴方の使い方は私が考えます。それが私の仕事です」
「もっと他のことに頭を使ったほうがいいですよ」
マリアの言葉にさえももはや投げやりに。
「垂眼君……何で君がこの作戦にいるかって、君が強くなったからだよ……!!」
甘宮、初めての任務からの友人からの言葉。
「君は僕なんかよりもうずっと強いんだぞ……!!」
「……んなわけ、ないだろ」
だがそんな彼からの言葉さえもその心には届かず。
「……支部長」
そんな中、静観していた彼、黒鉄が禅斗の肩を掴んだ。
「俺に話させてくれないか」
「……頼む。ここで一寸先をリードできる気力を発揮できねばどの道先は暗い」
「分かった」
黒鉄は頷くと一歩前へと足を踏み出し、垂眼の正面に立つ。
「なんすか、あんたも俺に何か言いたいことがあるんすか」
「いいや。俺はお前の事情も知らないし、お前に何かを言えるような立場にはない」
「じゃあ何すか」
「一つだけ聞かせて欲しい。お前はこの後どうするつもり……いや————、」
黒鉄は真っ直ぐな眼差しで垂眼を見つめ、ただ一言。
「お前は、どうしたい?」
彼に問うた。
続
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