第25話 速水葵と円城紡は協力する
アニメ部の部室に着くと、速水は早速俺の持ってきた『迅雷伝説』の完結編を読み始めた。
速水が座ったところから少し離れて、俺は椅子に座る。
俺がずっと書いてきた小説の完結編だ……目の前で読まれるのは正直緊張する。
ときどき速水の方をちらちら見てみるが、集中して俺の小説を読んでくれているようだった。
紙をめくる音だけがする教室の中で、俺がおとなしくじっとしていると、速水が小さな声で呟いた。
「……あの、先輩」
「ん?」
「この、必殺技についてちょっと聞きたいんですけど」
「おう、かっこいいだろ?」
「夢幻迅雷砲【ヨタ・ボルト】ですか」
「おしゃれだよな」
「何から思いつきました?」
「速水のペンネームから」
「!!!!!!」
顔を真っ赤にしてグーで殴ってきた。
反応が想定の範囲内な上、離れて座っていたおかげで、華麗に片手で受け止める。
「あ、あれを見て……いや、何であの絵がわたしのだって……」
「そりゃ分かるよ。やっぱり速水からの愛を感じるからな」
「わたしの愛はユメだけです!」
大胆な告白は女の子の特権ですか。
こいつ、もうユメへのラブを隠す気無いな。
「じゃ、なくて! ふざけてないで真面目に答えてください」
「いや、割と真面目だ」
俺は速水の手を離すと、椅子に座り直した。
「俺、前に速水の絵を見たときに『俺の小説を読み込んでいるとしか思えない出来栄えだった』って言ったけど、あれはあながち間違いでもなかったんだな」
「う、うぐぅ……」
速水の顔が歪む。
顔が少し赤い。
「まさかあの絵で気付かれるなんて……」
のた打ち回る速水を見るのは面白いが、やっぱりこれだけは言っておかなければならない。
俺は頭を下げて、言った。
「俺の炎上騒ぎに、速水の絵を巻き込んでごめん」
転げ回っていた速水がこっちを見る。
「せっかく応援してくれたのに、俺のせいであんなことに」
それを聞いて、速水の表情が変わった。
「はい? わたし、先輩のせいだなんて思ってないですよ」
いつもの速水らしい、強気な表情がそこにはあった。
「わたしがあのとき絵を描いたのは、先輩のためだけじゃありませんから」
「……え?」
つまり、どういうこと?
「先輩のサイトにわたしの絵を投稿したのは、応援したい気持ちが半分と……アンチを黙らせたかった気持ちが半分あったからなんです」
アンチを黙らせたかった……?
前に夢野が言っていたことを思い出す。
『葵ちゃんのイラストなら、むしろそういう有象無象を黙らせることができると思うけど……』
『いや、うん。まあ、そうかもしれないんだけど』
あのとき、速水の様子が変だったのはそういうことか。
過去に実際にやったことがあったけど、上手くいかなかったから。
だからあんな反応だったんだ。
「先輩も見たと思いますけど、あの結果ですよ。散々な言われようでした」
速水が少し寂しそうな顔を見せる。
「確かに、あの設定資料集については擁護できませんが、内容は面白いでしょってわたしの絵で魅せたかったんです」
「いや待て、そんなに設定資料集は酷かったか?」
「あれはだって……つまらない上に蛇足、しかも量が多くて読む気にもならない、なんでこんなの載せたのって思いましたもん」
…………
泣きそうになったが、我慢して黙ることにした。
「それでも、きっとあのとき、わたしの絵が神がかっていたら、あんな反応は無かったはずなんです。あれは、わたしの実力不足でした」
「速水……」
「だから、悔しくて一生懸命練習したんですよ。絵の練習。コスプレまでして研究して。好きなことでバカにされたくないですからね」
……強いな、速水は。
あんな風に叩かれても、それを悔しいって思えるのか。
俺には出来なかったことだ。
俺はすぐに逃げ出してしまった。
見返そうなんて、これっぽっちも思わなかった。
「先輩だって、小説書くの好きなんですよね? なら、アンチに負けて敗走なんて、かっこ悪いことしちゃだめですよ」
イケメンすぎるだろ、こいつ。
「全く……速水はすごいな。それで、あんなに上手くなるんだから。悔しさをバネにするって、こういうことを言うんだな」
「こういうことを言うんです。でも、あのときよりもかなり上達してるって思ってたんだけどな……。先輩にあっさり気付かれるようじゃ、わたしの絵はたいして進歩してないってことですかね」
苦笑いする速水。
「いや、それは違うよ」
「え?」
「速水の画力は格段に上がっていた。魅せる力も。俺が気付いたのは、速水の描いた絵だからだ。まさに愛」
「なんですかそれ。気持ち悪いですね」
速水がくすくすと可笑しそうに笑う。
随分おしとやかな笑い方だ。
「でも、うれしいです」
うっ。か……かわいい。
いや、顔がかわいいのは分かっていたんだが、最近はそれを忘れてしまっていた……
全く不意打ちである。
照れくさくて、思わず目を逸らす。
「こんな偉そうに言っておいて、やっぱり怖いって言うんじゃ格好がつかないですね」
俺が目を逸らしていると、速水が言った。
「やっぱり、完結記念イラスト描きます」
え。
今、なんて?
思わず速水の顔を見る。
「だから、サイト更新するのはちょっと待ってくださいね」
「え、今……なんて?」
「だから、わたしが完結記念イラスト描きますって言ったんですよ」
「い、いいのか? 俺の小説のイラスト、描いてくれるのか」
「はい。今度こそ、あんなこと言われないような絵にしますから。それに……」
速水は俺が持ってきた原稿を持ち上げて言った。
「これ、とっても面白かったですから」
「ほ……ほんとか?」
「はい。先輩の小説は、一番面白いですよ」
「え」
速水はそのまま、原稿を持って部室から出て行ってしまった。
ぽつんと部室に残された俺は、顔が熱くなっていくのを感じていた。
少し遅れて部室を出てみたが、そこにはもう速水の姿はなかった。
俺はたどたどしい足取りのまま、部室から離れていった。
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