第14話 速水葵は隠している②
それから一週間。
俺はほとんど寝ずに小説を書いていた。
前みたいに書くことができず、少し書いては消して、少し書いては消しての繰り返し。
完全に袋小路に入ってしまった。
「せ、先輩……顔、やばいですよ」
学校が終わり、俺がふらふらしながら家に帰ろうとしているとき。
速水に声を掛けられた。
「おう、速水じゃないか……元気してたか……」
「こっちの台詞です。もしかして寝てないんですか?」
「ああ、まあ……」
「その様子だと、順調な執筆ではなさそうですね」
「…………」
暗い顔をしている俺を見て、速水が複雑そうな顔をして言う。
「だから、無理して書かなくてもって言ったのに。炎上してから小説、書いていなかったんでしょう? それなのに、急に完全新作なんて」
「うう……なんというか、自信をなくしたというか。夢野さんの『はぴぱら』、全部読んだんだけど俺は……」
「あ、全部読んだんですね!」
喰い気味に被せられた。
速水のテンションが上がる。
いや、そこは俺を慰めるタイミングだったよ。
なんで被せちゃうかなこの後輩。
人の話は最後まで聞くものだぞ?
「で、どうでした? ふんふん、最高に面白かったですかそうですか」
「答える前に結論を出すな。俺はまだ何も言ってないぞ」
どんだけ好きなんだよお前は。
「でも、面白かったでしょう?」
「そりゃ、確かに面白かったけれども」
「そうでしょうそうでしょう。こんなすばらしい作品に出会えたことを感謝して、日々を慎ましく過ごすといいですよ」
「お前は信者か!!」
言っている言葉がなんかもう怖い。
「とりあえず、全巻十冊ずつ買うことを勧めます。読書用と、保存用で」
「何冊保存しておく気だよ……」
本棚いっぱいになっちゃうよ。愛が重いよ。
「確かに『はぴぱら』は面白かったし、俺は大好きな分野だけれど。速水がそこまで言うってのは意外だったな」
「え? そうですか?」
だってあれ萌えアニメじゃん、速水のイメージとは違うじゃんと言おうとして、口を閉じた。
こいつは夢野のことが大好きだけど、それだけじゃない。
『はぴぱら』のことも、ちゃんと好きなはずだ
こんなことを言うのは無粋だよなと考え、話を逸らすことにする。
「……そういえば、『はぴぱら』ってこの町が舞台になってるんだよな」
「? なんですか急に。そのとおりですけど」
だよな、やっぱり。
登場する学校はこの辺りの中学校や高校がモデルになっているみたいだったし、公園や店も地元民ならなんとなくわかるところがいくつも登場している。
アニメでも、見覚えのある風景が出てきてテンションが上がったものだ。
「夢野さんも、執筆するときはこの辺を取材したりしたのかね」
「取材らしい取材はしてないと思いますよ?」
「そうなのか?」
「だって全部、わたしとユメが一緒に行ったことのある場所ですからね。ふたりの『でーと』の記録ですね!」
「あ、そうですか……」
ほんと、仲いいですねキミたち。
今度俺も混ぜて欲しい。
……ん? ってことは、もしかして。
「もしかして、『はぴぱら』って夢野さんと速水の合作だったり?」
ふたりで書いているからあんなに面白く書けるのではないだろうか。
それなら……と思ったのだが、そうではないらしい。
速水は、ハッキリとこう言った。
「あ、それはないです。あれは、ユメがひとりで書き上げた傑作ですよ」
「……そっか」
やっぱりそうだよな。
あれは、夢野さんがひとりで書いてるんだ。
あんな面白い作品を、後輩が。
片やアニメ化作家、片や炎上作家……うう、涙が。
「大丈夫ですよ、先輩……ユメに勝てる作家なんて、いないんですから」
そこで優しく慰めるな。
慰めるタイミングそこじゃないから。
あと、微妙に慰めになっていない。
「……お前がそう思うならそうなんだろうな。お前の中ではな!」
「はいはい、負け惜しみ乙です」
そう言ってくすくす笑う速水は可愛いが、言っていることは棘がある。
そこが速水の良いところでもあるんだけどな。
なんだかんだ気を遣ってくれるし、絵はうまいし。
「そういえば……夢野さんが凄いのはよくわかったけど、速水の方は自分のイラストをネットに公開したりしてないのか?」
顔から笑みが消えて、急に真顔になる速水。
あ……あれ? 俺、なんか変なこと言っちゃったか?
「……してないですね。もっと上手くなったら載せるかも、ですが」
「もっと? 凄い向上心だな……既に完成度は神の領域に達していると思うが」
「やっぱり先輩もそう思います?」
「凄い自信だなおい」
否定しないんかい。
確かに俺が惚れこんだイラストではあるけれども!
でも、そんなに自信があるのに公開はしないのか……そんなものなのかな。
あれだけ上手かったら、人に見せたくなるものだと思うんだけど。
俺の場合は、炎上したからどれだけ自信があってもびびって公開できないけどね。
「いやいや、冗談ですよ冗談。そこまで自惚れてないですわたし」
笑いながら言う速水。
冗談には聞こえなかったのだが。
「でも、『迅雷伝説』を書いていたときの先輩はこれぐらい自信たっぷりだったと思いますけどね」
「え」
それって、どういう……
「そんな暗い顔して書いたものじゃ、きっとユメを納得させるものは書けないと思いますよ。しっかりしてくださいね、先輩」
「……はい」
なんだかよくわからないが、喝を入れられてしまった。
俺は去っていく速水の背中を見て、思った。
このままじゃ、あいつら……速水や夢野みたいな作品は作れないだろうな、と。
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