一.グエンとノルマン(二)

 ユーロ行政区で公安から迫害を受けたのち、多くの技術者がスーリア党を離れた。

「このままでは研究活動ができない」

 と離党届を出し、政治活動から離れて野に下った。離党した技術者たちは、クラウディの改良研究に従事したり、研究職を離れて企業に就職したりした。そして、政治から距離を置き、自分たちの生活を確立していった。

 ニューヨークのメンデルも研究所を閉鎖して紫外線研究から離れ、内陸部のセントルイスで小麦農場を経営する暮らしに入った。党員が半数以下となったスーリア党は、一気に政治勢力を喪い、技術政党から思想政党への路線変更を余儀なくされた。


 ように、見えた。


 だが、その裏ではひそかにスーリア支持者による活動が始まっていた。「太陽と月——cupチュプ——」と呼ばれるプロジェクトである。

 表向き、弾圧によって力を喪ったかのように見えたスーリア党は、背後でそのプロジェクトをひそかに進行させていった。それは、科学技術の挑戦であるとともに、クラウディへ依存する産業社会に対する挑戦でもあった。

 プロジェクトの中身はふたつあった。ひとつは「太陽」。グエンとノルマンの計画を実現すること。もうひとつは「月」。穏やかに民意を醸成することである。ふたつをあわせて「チュプ」。チュプは、古い少数民族の言葉で「太陽や月など、空に浮かぶおおきな天体」を意味する。


 最初に始動したのは「月」のプロジェクト。その中心となったメンデルは、様々な手段を使って政府にわかりにくい連絡網を構築した。それらはすこしずつ、党員や党の支持者に伝えられていった。連絡方法は多岐にわたる。ゲームの中でアバターとして秘密の通路を抜けて語り合う。SNSの中で、特定のキーワードを使って情報交換をする、タブレットを使わない方法でボイスメッセージを交換する、などなど。

 さらに彼らは、それらの様々なツールを使って、市井に生きる人間として、それぞれが思い思いに、太陽への憧れを発信していった。

 あるメンバーは、SNSの中で穏やかな言葉と態度で、太陽への憧れをつぶやいた。あるチームはアドベンチャーゲームを作り、その中で太陽のある世界を描き、世界の多様性をプレイヤーに伝えた。なかには自分の住民カードやタブレットをすてて、放浪しながら各地の賛同者とつながり、ネットワークを構築する者もいた。

 やり取りはすべて匿名。スーリア党支持者たちは、互いの素性は知らないまま連絡を重ね、情報交換をする。


 プロジェクトは、大海に落ちる一滴の雨粒のようにかすかな波紋をつくり、「太陽を求める=スーリアの危険な計画によって人類が危機にさらされる」という政府のシナリオの呪縛を、ゆっくり、ゆっくりほどいていった。少しずつ共感者があらわれ、それは一見政治とは無関係な姿で市井に広がっていった。

 人々は、ゲームの中で太陽のもとでの生活をバーチャル体験し、光の下の世界へ憧れを強めていった。特別な思想や信条を廃した、人間としての自然な感情への働きかけは功を奏し、今やRPGゲームに太陽が登場しないことはないほどになっている。大人も子供も、ゲームの中で太陽の存在に触れ、いつか雲の晴れた世界で暮らせるようになりたいと、自然に願うようになっていった。


 「太陽」のプロジェクトは、さらに大胆だった。


 「月」のプロジェクトを展開するうちに集まった仲間に、「グリアン」と名乗るゲーマーがいた。黒髪の女性のアバターを操るグリアンは、非常な仲間づくりの能力を持ち、スーリア党支持者の団結を強固なものにしていった。やがてグリアンはメンデルとともにプロジェクトの中心人物となっていく。

 そのグリアンたちは、連絡網や宣伝ツールを使って、密かにクラウディメンテナンサーの資質を持つ仲間を探し、航宙センターと、そして宇宙ステーションで、グエンとノルマンが設計したシステムの構築を実行に移していった。

 クラウディメンテナンサーは、宇宙ステーションで活動するクラウディを整備・保守する技術者である。任期は一年。チュプに賛同し、プロジェクトに加わった仲間は、交互に宇宙ステーションにわたり、そこでひそかにクラウディのプログラムとシステムへ、変更を加えていった。

 ステーションに滞在する人数は6人。もちろん全員が味方ではない。メンバー同士も、互いの顔も本名も知らないまま作戦に加わるので、一緒に滞在するメンバーが敵か味方かもわからないまま宇宙に滞在し、役目を果たし、帰還する。

 メンバーは、作業の達成速度よりも作戦が敵の目に暴かれないことを優先し、ある者はプログラムの運用者として、ある者は指令アンテナの整備士として、あるいは管理者として、辛抱強く、それぞれの役目をこなした。

 NC470年3月からひそかに始動した「太陽」プロジェクトは、二年半後のNC472年9月、ついに完成した。

 468年の革命党テロリスト認定から4年。党員と支持者の活動は簡単なことではない。4年という年数は、秘密を守り続けるには長すぎる年月だ。それでも、メンバーは安全な太陽のもとで暮らす日を信じて、自分たちの信条を守り続けて来た。政府に知られることなく完遂できたのは、党首グオの人望と、役目への責任感と技術をあわせもつ仲間を選びぬいたメンデルの目利きの良さ。そして、人々の太陽への思いの深さ所以であったろう。


 グエンとノルマンは表向きすっかり消息を絶っていた。政府に捉えられて死亡した、という説まで出たほどだったが、チュプが始動したのちも二人は別々の場所に潜行し、それと知られないよう活動を続けていた。

 二人の居場所を知るものはごく少数に限られた。周囲のメンバーは用心に用心を重ねながら、二人の安全と活動を支えた。

 宇宙ステーションでの活動と並行して、数多の支援者のひそかなサポートを受け、洋上のちいさな島と砂漠の二か所に地上基地が作られた。クラウディに搭載されたプログラムを、地上から動かすための拠点である。オゾン層を再生させるためのプログラムを動かす洋上基地はグエンが、クラウディの発雲動作を停止させる砂漠基地はノルマンが管理し、時が満ちるのを待っていた。

 9月に搭載プログラムの変更が完了した後、最初に始動したのはグエンの洋上基地。宇宙ステーションに滞在する仲間と基地との間で、グエンの発案した暗号方式の通信によるひそかなテストが繰り返され、運用の安全性が確かめられた。そして、NC473年1月、グエンは、クラウディに搭載されたオゾン層再生プログラムを、密かに洋上から始動させた。


 プロジェクトはいよいよ、最終段階に入ろうとしていた。

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