隣の房の囚人

「やれやれ、これでついに俺も塀の中か。」

俺は大きな犯罪組織の下っ端として、

長いこと違法行為に加担し続けてきた。


実行犯として様々な成果を上げていたのもあり、

このところは順調な日々を送っていたのだが、

気が緩んだのかうっかり現場に足を残したせいで捕まってしまった。

その後はあれよあれよという間にこの厳重な牢屋の中に入れられ、

こうして退屈な煉瓦造りの部屋の壁を眺めているってわけだ。


「参ったな、思っていたより狭い上に部屋の中には何もない。

せめて暇つぶしの雑誌くらいあればいいんだがな。」

すると、その声に気づいたのかレンガの壁の向こうから声が聞こえてくる。

「おい、その声。誰か隣の房に入ってきたのか。」

「ああ。ついさっき入ったばかりだ。」

「良かった。このところ退屈で死にそうだったんだ、俺は一週間前にここに。」

「そうか、せっかくだから自己紹介といこうじゃないか。」

そうして俺たちはレンガの壁越しで自己紹介しあったが、

そこで驚くべき事実が発覚した。


「嘘だろ。まさか同じ組織の奴とこんなところで会うなんて。」

なんと二人とも、同じ犯罪組織の下っ端同士だったのだ。

壁の向こうからも驚きの声が聞こえる。

「こんな偶然が起こるなんてな、信じられないな。」

「全くだ。組織が大きすぎるあまり組織内では知らない奴の方が多かったが、

いまこうして知り合えたのも何かの縁かもしれないな。」

俺は嬉しさも相まって日が暮れるまで隣の囚人と語り合って過ごした。

その日の夜、俺は慣れない牢獄のベッドの中で眠れずにいると、

廊下の方で話す看守達の声を微かに聞き取った。


「いいか、明日になったら二人に自白のための取引を持ちかけるんだ。」

「でも、二人とも同じ組織の人間です。結託してだんまりを決め込むでしょう。」

「そこでだよ、どちらも組織の情報を吐かなければ二人の刑期はそのままだが、

片方が吐けばもう片方に全ての罪を背負わせて無罪放免にしてやると伝えるのだ。」

「なるほど。そうなると二人のうち、

思い切りのいい方がさっさと吐いてくれる訳ですね。」

「そうだ。明日の朝になったらその内容をそれぞれ二人に持ちかけろ。」


俺はとんでもない話を聞いてしまったようだ。

隣の奴はとっくに寝ている時間だろうし、この話を知っているのは俺だけのはずだ。

ということは、隣の奴に取引の話が行く前に早々に自白して、

向こうに俺の分の罪まで背負ってもらおう。

そう考えた俺は次の日の朝一番、看守が牢屋の前に来るなり話を切り出した。


「どうだろう、俺が先に組織について洗いざらい話すから、

隣の房には行かないでくれないか。」

看守は少し驚いた顔をしたが、やがて承諾した。

「良いだろう。話せ。」

俺は組織について全て自白した。


組織のことは裏切らないと誓っていたが、思わぬ儲け話に気が動転した上に、

隣の房の奴に先を越されたくないという焦りから、

自分でも驚くほどにあっさりと話してしまった。


「これで俺は自由なんだろう。なぁ。

刑期は隣の房の奴が背負ってくれるって。」

「なんで俺が背負わないといけないんだ?」

隣の房から声が聞こえてきた。


看守が隣の房の鍵を開けると、そいつは牢獄から解放され俺の房の前に姿を表した。

「いやぁようやく組織の尻尾を掴めたよ。こうでもしないと吐かなかっただろう。」

隣の部屋で壁越しに俺の同胞を演じ続けていたのは、

俺たちを追っていた警察の人間の様だった。


「全く、人間ってのは焦ると理性も忠誠心も簡単に吹っ飛んでいくようだな。」

「やられた、くそぅ…」

看守達の取引に関する会話も全部俺に聞かせるための仕込みだった様だ。

まんまと連中の手のひらの上で踊らされていたことに気づいた俺は、

颯爽と刑務所を去る警察官の男を牢の中から

悔しい顔で見送ることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る