第06話】-(小さな償い。そして

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

トゥエル・男性〉ギルメン、主人公と相思相愛

──────────


「この技も凄いですね……それにしても相手に魔力を分け与えることもできて、殺傷能力さっしょうのうりょくも高い。トゥエルが言うように本当にチート技ですね」

「うん……まだまだ練習が必要だね。ごめんね、私のコントロールが下手で」


 するとカナタが私の近くにくると私の頭を軽く撫でてくれる。


「いえ、僕は紬がこの力をコントロール出来ると信じていますよ。少しずつ頑張りましょう」


 まるで兄の様に優しく声を掛けてくれる。私はまた肩を降ろしコクリとうなずく。兄妹のようなこの仕草もすっかり慣れてしまっていたので、私が赤面することもなかった。私はその後も儚雪スノー・ノエルを具現化し形状変化したり、次々と魔法を具現化していく。


 それに私にとっての最大の難関は、このリミット解除発動中、いつも自分の中の『わたし』と戦っているということだった。


 練習の当初はこの自我のコントロールで精一杯でこんな風にカナタと会話をしたり、魔法を具現化することさえ出来なかった。それも練習を重ねていくうちにここまで出来るようになっていた。


 なんとかルノンさんとの特訓で自我の主導権を握ったものの、もう一人の『わたし』はいつでも私を食いちぎろうと淡々たんたんと狙ってきていた。


 彼女から送られてくる破滅衝動はめつしょうどうを抑え込む。それは強い魔法を使えば使うほど、魔法を具現化すればするほど強い力で押し寄せてきていた。


「うう……」


 私は片目をつぶり両手で頭を抱えた。

 頭の中に暗雲あんうんが現れ、頭痛に見舞われる。


「紬、しっかりして下さい‼」


 フラッシュバックのように流れる負の残像、声、大波が押し寄せる。


 私がひたいに汗を流しそれにあらがっていると近くでカナタ声が聞こえる。うつむひたいに片手を当て踏みとどまる。カナタがもう片方の手を握ってくれた。私をつなぎとめてくれる。私はその握ってくれた手を強く握り返した。


 ここで負ける訳にはいけない。

 自分をしっかり保つんだ、と言い聞かせる。

 私はこの手のぬくもりに何度助けられたか。


 こんな時、ルノンさんの言葉を思い出す。「大切なものを壊してのいいの?」、と私に語り掛けてくる。みんなの、仲間の顔を思い描く。


 そしてぐっとこらえ続ける。そうするうちに砂時計の砂が全て落ち切り、五分間が過ぎた。私は一気にくる疲労を全身に浴びその場に座り込んだ。


 荒い呼吸を立てながら整える。胸に手を当て瞳を閉じる。今日も私は『わたし』に打ち勝った。こうして反復して自信へとつなげていっていた。


 そこへカナタがタオルを差し出してくれる。私は「ありがとう」とお礼を告げ左手でそれを受け取った。


「……あ」

 カナタが思わず言葉を零した。


 彼の顔をのぞくとカナタは一瞬私から目をらした。

 カナタはまだ私が左ききのことを気にしていた。

 瞳の中に悲しみのかげりを見せていた。


 こんな時、私に出来ることは今まで通り普通にすること。それが彼にとっていい事じゃないかと思い知らないふりをしていた。だからおくすることなく私は口にする。


「左利きもだいぶ慣れてきたでしょ? トゥエルの部屋では右利き禁止だからね」


「…………」

 カナタの顔がかすかだけどむくれた。


「……あ」

 今度は私が思わず声を漏らす。


 私はカナタの地雷を踏んでしまったことに気が付く。疲労の汗と冷や汗が混在こんざいする。むくれた顔から一変してカナタが冷静をよそおってきた。


「いいですよ。紬に気を遣わすのも悪いですし。トゥエルの話題を出しても。それに彼のおかげで左利きの練習の成果が出ているのも確かですから」


 カナタはそう言うと笑いかけてくれた。でも、少し口がひきつっている。


 彼なりに精一杯の笑顔をつくろっていることがひしひしと伝わってきた。さすがに私もカナタとはそれなりの時間をゆうしている。彼が強がっていることくらい分かる。こうしていつものように朝練が終わる。


─────


 私は座り込んだまま視線を足元にある草花くさばなに落とした。

 まぶたをぎゅっと閉じ、意を決する。

 伝えなくては。


「あ、あのね……カナタ」


 そこへカナタがまたもや私の言葉をさえぎってくる。


「あ、ちょっと待ってください」

「んん⁉」

「紬、ちょっと目をつぶってもらえませんか?」

「──⁉」


 え……これはもしや……。


 この不穏ふおんな気持ちを察したのかカナタが目を細めた。

 私の視線まで腰を下ろすと彼はあきれたように私をさとす。


「紬が今頭の中で思っている事はしませんから」

「わわっ⁉」


 私は赤面を隠すように手をわたわたした。私が不埒ふらちな事を考えていたことを見透かされたことに羞恥しゅうちに立たされる。そしてごくりと喉を鳴らし、気持ちを落ち着かせた私は言われた通り素直に目を閉じた。


 暗い視界の中でカナタは私の右手を握り、持ち上げ何かしている。それは数秒のことだった。私が疑問に思っているとカナタが合図をする。


「もういいですよ」


 瞳を開けて、カナタの方を見ると彼は満面の笑みを浮かべている。私はカナタが何かしたであろう右手に視線を移した。


「これって⁉」


 私の瞳が大きく開いた。

 私の右手の小指にはリングがはめられていたのだ。

 私が驚いて目を丸くしているとカナタは優しい声色で。


「プレゼントです。気に入ってもらえるといいのですが」


 私は右手を天にかざした。リングは太陽の光を浴びてキラリと綺麗にささやかに光を帯びていた。細くて飾らないシンプルなデザインのリング。


「綺麗……」


 自然と言葉に出していた。

 それにしても。


「どうして指のサイズが分かったの?」


 私は右手を降ろすともう片方の手で握りながらカナタに尋ねた。そのリングは私の指にぴったりとはまっていたから。カナタは少しだけ頬を赤く染め頬をきながら。


「この間、城に迎えに行って公園に寄った時です」

「あの時……⁉」


 確かに指を触ってくれていたけれど。と同時にカナタとのあの行為も思い出す。私もカナタと同様頬を赤く染める。


 それにしてもあの時からこのリングの事を考えていてくれていたのだろうか。私の気持ちを察したのかカナタが補足を加える。首をかしげ微笑む。


後付あとづけですけどね。こんな事で何か変わる訳じゃない事は分かっています。でも紬の指、とても綺麗ですし。その……例え動かなくてもお洒落にさせてあげたくて」


 私から視線を外すと、そのリングに優しい眼差しを向けていた。カナタの思いやり、優しさが小指から伝わってくる。私は小指のリングをあいくるしく撫でた。男性に何かをもらうなんて初めてでどんな顔をすればいいんだろう。


 それに……私はこの気持ちを受け取る資格があるのだろうか。

 私が黙ったままうつむいているとカナタがあたふたし始めた。


「あ‼ もしかして好みじゃなかったですか⁉ それならまた探してきますよ⁉」


 私は瞬時に首を横にふる。私の心の中は締め付けられ息が出来なくなる。切ない気持ちが溢れ出してきた。


─────


 このままではいけない。

 カナタのこの真っ直ぐな気持ちに私も答えなければ。


「あのね……カナタ」


 すると私の上半身はふわりと後退していく。草のベッドの上に私は寝そべっていた。私の眼前がんぜんにはカナタの顔が見える。太ももからは下はカナタの足がさえぎり身動きなど出来ない。


「……え」

「……」


 私はカナタに押し倒された状態になっていた。

 私の両腕をカナタがつかんでいる。

 カナタの前髪の先端が私のひたいに今にも触れそうなその距離で。

 彼の息遣いが聞こえそうなその距離で。


 逆光でカナタの青藍せいらんの瞳だけが潤いを浴びて光をともしている。私達は瞳を重ねながら束の間の無言の時間が過ぎた。彼は冷たい声色で静かに答えた。握られた腕に力が入る。


「トゥエルのことですね」


 私は瞬時に顔を赤らめた。目が揺らぐ。

 この私の顔が全てを物語っていたのかもしれない。

 カナタは視線を横に流す。


 とても悲しい瞳をしたかと思うと次の瞬間には一気に私の顔に距離を縮めてきた。


(続く)

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