第13話】-(…キス

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ・男性〉主人公に想いを寄せるギルメン

──────────


(紬/イトア視点 続き)


 カナタはその公園に入っていく。雨が降りしきる公園にはたまに人が通るくらいでしんと静まり返っていた。カナタは芝生が生えている広場に行くと、屋根があるベンチに私をうながした。


 傘を閉じ二人でそのベンチに腰を掛ける。私と彼とには人一人分の距離があった。カナタは、私の方を振り返りうつむいたまま一言だけ。


「……ごめん」


 束の間、無言の時間が流れる。


 私もなんて言葉にすればいいのか分からず。うつむいたり、何か言葉を掛けようとカナタの顔を見たりを繰り返していた。すると覚悟を決めたように青藍せいらんの瞳が私の瞳の中に入ってきた。


「手を見せてもらえませんか?」

「……うん」


 私は素直に右手を差し出した。

 カナタはその手を見ると顔をぐしゃりとゆがめ、悲しい瞳を見せる。


「僕のせいで……」


 私の右手を両手で握り、手の平に向かってうずめるように背中を丸め顔を近づける。悲痛な声で絞り出す。


「この代償だいしょうで僕は生かされた」


 私の気持ちは変わらない。


「私はあの時カナタに死んで欲しくなかった、だから迷いなんてなかった、後悔だってしていないよ」

「僕は正直あの時、あのまま死ぬんだと思っていました。真っ暗な視界の中でぬぐいきれない恐怖がまとわりつきました」


 カナタが心のたけを打ち明け始める。


「紬はあの恐怖の中で命を落としていったんですね。どうしようもない孤独にさいなまれ、狂うほどの気持ちで僕は耐えられなかった、押し潰されそうでした」


 そして続ける。


「目を覚ました時、生きていると確信した時、本当にほっとしました」


 カナタの顔は見えないけれど、涙声になっていく。


「あんなひどいことを言ってしまってごめんなさい。嬉しくない、だなんて嘘です。矛盾かもしれませんけど、僕の為に代償だいしょうをかけてくれた紬に胸が締め付けられました」

「僕は……きっと現実世界でもこの指は……くっ」

「どうつぐなえばいいのか……」


 言葉を詰まらせながらカナタは言葉をつらねる。


 沈黙が流れる。


 湿気しっけを帯びた冷たい風が肌に張り付く。私も素直に言葉をつむぐ。


「私も……死んだ人の気持ちが分からないとかひどい言葉をごめんなさい。つぐなうとか、カナタだって私を黒竜から守ってくれた時そんな事考えなかったでしょ? 私も同じ気持ちだよ」


 カナタは私の手を握ったまま私とは逆方向に顔をそむける。かすかに見える横顔からは、瞳を閉じ唇がかすかに震えている姿が見えた。涙を隠すようなその仕草で。


 雨風あまかぜで彼の前髪が瞳を隠していく。私は黙ったままカナタの気持ちが落ち着くまで静かに待った。


「ユラが言った通りですね。もう紬は守ってあげるだけの対象じゃない、僕たちは対等なんですね」


 カナタは隣にいる私の方に振り向き。彼は気丈きじょうよそおい儚く笑う。


「一番近くで紬を見ていたのに、無駄なプライドが邪魔をして紬の成長に目をらしていたのは僕だったんですね」


 そして。


「紬がいない間、ずっと考えていました。都合のいい話かもしれませんが、これからは、紬と命を預けるパートナーに僕はなりたいと思っています」


「パートナー……」

「……紬さえ良ければ……なってもらえませんか?」


 確かに今まで私はカナタやみんなに守ってもらうだけの存在だった。そんな自分はとても無力で、歯がゆさを感じていた。でも今は違う。使い方を一歩間違えると悪魔になってしまうけれど力を得ることができた。


 それに……。

 悔しいけれど、もし私のパートナーになる人がいるとするならば。



 ──この人しかいないのだ。



 それを彼だって本当はよく分かっているはず。それなのにわざと問いてくる。いざなわれるように気が付くと私はコクンとうなずいていた。


 私の手を握っているカナタの手が一瞬揺らぐ。この雰囲気がそうさせたのか、私は自分の心にあった気持ちを告げてしまった。


「あのね……私、ごめんなさいより、『ありがとう』が欲しい」


 やはり拒絶されたことが私の心にとげを射していた。胸の鼓動をおさえながら。恐る恐る聞いたので結果的に上目遣いで甘えるような仕草になってしまった。彼は私の初めてのこの行為に頬をほのかに染め、どこか戸惑とまどっている。


 そして握っていた右手をぎゅっと握ると。

 眉を下げ優しい瞳で目を潤ませながら。


「紬、ありがとう。僕を引き戻してくれて」


 私が欲しいといった言葉を差し出してくれた。心の中のとげがポロポロと零れ落ちていく。私は少し照れながら瞳を閉じ笑った。


─────


 するとカナタの瞳がさらに潤いを浴びていく。

 顔を少しかたむけ私の顔にみるみる近づいてくる。


「──んっ⁉」

 一瞬の事だった。


 私の眼前がんぜんにはカナタが瞳を閉じて。

 私の唇に彼の唇が優しく触れて。

 触れるとぐっと押し当ててくる。


 そして唇を離すと少し口を開けて。

 私の唇を吸うようにまた押し当ててくる。

 私の瞳孔は大きく開いた。


 これって……キスされている。


 気がつくと右手は絡みあい、私は束の間のことで抵抗できなかった。抵抗しようとするタイミングでカナタは唇を離す。


「か…カナタ……私」


 私はうつむき何か言おうとするも言葉に詰まる。顔を上げようとするとカナタは瞬時に私の肩に顔をうずめた。


「今の僕の顔、見ないでください……真っ赤ですから」

「……」


 いつも自信家の彼が恥じらっている。

 状況をきちんと把握した私の頬も赤らめていく。


「僕の……ファーストキス、紬とってずっと思ってました。これはパートナーになった誓いです……」

「そ、そんな誓いってっ……⁉」


「僕達だけの」


─────


 何だか都合よく風を吹かされた気がするけれど、私にはそこまで言葉にすることも否定することも出来なかった。だってカナタとこんな事をする日が来るなんて考えた事も無かったから。


 カナタはうつむいたまま私の正面に顔を向けると、私の動かなくなった指を両の親指で撫でながら。うれう瞳を隠すかのように。


 そしてまるで自分に声を掛けるようにつぶやいた。


「僕の大切な紬」


 私は視線を横に流して恥じらう。トゥエルの時は意識が朦朧もうろうとしていて分からなかった。


 初めて唇の触れ合う感触を私は知る。


(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る