9 キスの悪戯から [全4話]

第01話】キスの悪戯

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

トゥエル・男性〉ギルメン、半分心は乙女

──────────


「……で、なんで俺にところにくる⁉」


 開けた扉にひじをつき体重をかけながらあきれた顔のトゥエルの姿があった。私はえへへと両の人差し指の指先を合わせ上目遣うわめづかいでトゥエルの顔を伺う。


「だってここに来れば本もたくさんあるし……それに当分討伐にも行けなくて」

「なら貸してやる。俺は忙しいんだ。そんな来るなよ。それに……」

「?」


「そんなに来られたら困る。俺にだって我慢の……」

「そうだよね……ゆっくりできないよね……ごめん」

「おい。人の話を最後まで聞けよ」


「え⁉ なんて言ったの?」

「もういい。好きにしろ」


 トゥエルはひたいに手を置きあきれ、「どうぞ」と扉の先へ通してくれた。私は手をぶんぶんと振り上機嫌で通された部屋の中に足を運ぶ。


 もうすっかりトゥエルの部屋を熟知している私は勝手に決めた自分の特等席である窓際に当たり前かのように陣取る。ここにくれば本もあるし、話し相手もいるし、それに最近紅茶の味も分かるようになってきていた。


「お前、あのチート技、もう大丈夫なのか?」


 扉を閉めながら背中越しにおもむろにトゥエルが私のあの力について尋ねてきた。私は一呼吸置いて。


「うん……一応毎日自我を保つ練習はしているけれど、もうあんな暴走はしないようにするから」

「……そうか。あれは俺でも分かるが身体をむしばんでいくぞ」


 実際に私のあの姿を見たからわかるトゥエルからの一言が重くのしかかる。窓辺の近くの椅子に座った私は下を向きながらも……でも覚悟はできている。


「うん。それはフルーヴの先生にも言われたよ」

「これでお前も高難易度の討伐に行けるわけだ。一応、めてやるよ」

「あはは。ありがとう。でも私のあれは五分しか持たないの。それにきっと……」


 多用すれば私は、人でいられなくなるんじゃないか、と言えなかった。私が言葉を詰まらせていると。


「……それ以上言わなくてもいい」


 閉まった扉にもたれ、腕組みをしているトゥエルは、最後は余計な事は言わずただうなずいてくれた。いつもの素っ気ない返事だけどトゥエルなりに心配してくれていることが伝わる。


 そして私はまだ言えてなかった言葉をつないだ。


「花束、ありがとうね」

「もう忘れた」


 少年のトゥエルらしい返事に私は何故か顔をほころばせていた。


─────


 ここに通っている理由は他にもあった。私もトゥエルに習って、このお休み中に他の分野の教養を深めようと考えていた。

 

 本棚に向かうとどれにしようか今日も品定めをする。これだとお目当ての本を決め手を伸ばすけれど背伸びしてもあと少しでわずかに手が届かない。ちょうど近くにあった椅子に目が止まり早速椅子を持ち上げ移動させる。


「おい。気をつけろよ」


 トゥエルが本から目を離し横目で見ていた。

 彼は出窓の床板ゆかいたに腰掛け本を読んでいる。


「大丈夫、だいじょ……」


 私は余裕とばかりに笑顔を向ける。

 そして椅子にあがると同時にぐらりと椅子は体制を崩し。

 トゥエルが言ったそばから私の身体はあれよあれよと。


「──⁉」


 どすんっという間抜けな音と共に私の身体は床に直撃する。


 でも……あれ? 痛くない⁉


 衝撃しょうげきで思わずつぶっていた目を開けると柔らかい感触に見舞われる。その柔らかさはトゥエルの身体からで。私の下敷きになっている。


「わわっ‼」


 私は尻もちをついているトゥエルの胸元に豪快に顔をうずめていた。


「……いてぇ、予想通りの事をしてくれるなお前は」

「ご、ごめんっトゥエル‼ 大丈夫⁉」


 ぷはっとトゥエルの胸から離れると私は、わたわたしながら両手をついて顔をあげる。


─────


 眼前がんぜんにはトゥエルの顔。

 ともすれば、私がトゥエルに迫っているような体制に。

 トゥエルの長い白いまつ毛。

 薄紫色アメジストの透き通った瞳の中に私が映っている。


 瞳と瞳が重なり合う。

 あと一呼吸すれば……。


「お前、今、変なこと考えてるだろ?」


 トゥエルは目を細め冷たい声色で、言葉で、私をたじろかせた。


「わわっちがっ⁉」


 私は一気に顔を赤く染めおろおろしていると。

 そこへ間髪入れずトゥエルは私に衝撃的な言葉を投下する。



「俺は何もしないけど、したければどうぞ」



「な、なななななななな⁉」


 采配さいはいを私に投げるトゥエルに私はさらに慌てふためく。

 あわよくば怒りすら覚える。

 この「オレ様」は何てことを言い出すのだろう。


 むっとした私だったけれど、「はて?」と悪魔のささやき声が聞こえた。

 そっと耳を貸す。


 そして私は……。


「本当にいいんだね?」

「お……おい⁉」


─────


 ゆっくりと瞳を閉じながらトゥエルの唇に迫って顔を近づける。

 細い視界の中でトゥエルの目が大きく見開くのが見えた。


 どうだ、私にもこれくらいできるのだ、と知らしめたかったのだ。

 そうして満足した私は顔を離そうとするけども。


「⁉」


 ……頭が動かない。


 今度は私の目が見開いた。トゥエルが私の頭の後ろに手を置いてこれ以上、下がらせないようにしている。私は視線をトゥエルから外し目が左右に揺れる。既に上唇がかすかに当たっているというのに。


 そこに冷たい声色のトゥエルが私をたしなめた。



悪戯いたずらは成功したか?」



 トゥエルに全て見抜かれていたことに気付くも時すでに遅し。抑々そもそも、頭が冴えるトゥエルに私などがかなうわけもなく。私は降参と言わんばかりに薄笑いを浮かべ変な汗を流していった。


 するとトゥエルは私の顔をするりと通り過ぎると私の耳元に向かって。



「俺はここではお前に指一本、触れないと約束している」



 そう言い放つと両手で私の腕をつかみ、私に立ち上がる様にとうながす。私が腰を上げるとトゥエルも立ち上がり、臀部でんぶほこりを払い落としていた。そして何事も無かったかのように私が取ろうとしていた本を手に取り渡してくれる。


「……ありがとう」


 釈然しゃくぜんとしない私に対していつもの様子のトゥエル。とりあえず、間違いは起こらなかった、と自業自得ではあるけれど私は胸を撫で下ろした。でも、すれ違い様に彼はつぶやいた。


─────


「馬鹿。女なんだから腰は大事にしろよ。それに、ここで手出したらお前がここに来てくれなくなるだろ」、と。


─────


 唇を触れ合うよりも何倍もの威力のあるときめきを刻み込んできたのだ。


 卑怯だ。


 私が振り返るも既にトゥエルは元の場所に戻り本の続きを読んでいる。彼が私のことをとても大事にしてくれている、と。いくら鈍感な私でも分かった。


「トゥエル……ありがとう」

「……」


 トゥエルは何も答えない。

 でも、視線は本に向けたまま頬がほんのり赤く染まっていく。


 ──と思うと。


「次、あんな悪戯いたずらしたら、するからな」

 薄眼うすめで私をにらんできた。


 その眼光がんこうに「ひぃ」とおののく私。


「あ……はぃ……」


 私が手に持っていた本をあやうく落としそうになったその時。トントンと新たな訪問者が扉をノックする。突然の物音に私の肩が反射的に跳ね上がる。さっき起こった出来事の直後でまだ頬が紅潮こうちょうしていた。


(続く)

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