第08話】-(おまじないの言葉

〈主な登場人物〉

紬/イトア・女性〉この物語の主人公

カナタ、エテル〉主人公に想いを寄せるギルメン

その他ギルメン〉ユラ

──────────


 私の頭の中はもはや混乱しかなかった。

 何を言っているんだろうこの人は。


「そうだよ。いずれは、僕の妻にしたいと思っている」

「……(絶句)」

「だから僕だけに慣れてくれたら嬉しいな。僕が願うのはそれだけだよ。前にも伝えたけど困ったことに僕は君を守るってもう決めてしまったんだ」


 エテルの瞳がいつわりのない真実を伝えていることを告げてくる。


 私の声をさえぎりエテルは言葉をつらねていった。私は色んなことをすっ飛ばして「妻」に至ってしまっているこの状況に心が固まる。そして身体は耳の先まで赤らめ、恥じらい、鼓動の早さに胸に手を当てる。


 確かにこの世界では成人は十五歳。この言葉ワードが出てきてもなん可笑おかしいことではない。だがしかしだ。恋愛経験のとぼしい私には少々荷が重すぎる言葉。


 嬉しくないといえば嘘になる……かもしれない。


 そうこう私が考えている内に話し終わったエテルの瞳が私の瞳にゆっくりと押し寄せてきた。私の中で「このままでは……」と訴えかけてくる。私は反射的にうつむいた。


 その行動に気がついたエテルは「逃げられた」と無邪気に笑いながらぎゅっとさらに私を引き寄せていく。エテルの指先一つ一つの動きまで分かるほどの密着。


 私は初めて男性にきつく抱きしめられた。これはこの間カナタに抱きしめられた時とは比にならないほどの密着感だった。


 男の人ってこんなに力が強いんだ……。離れようとしてもビクともしない。私の身体は支配されあらがえない。そんな私の姿を肩越しから悪戯いたずらに流星達が見つめてくる。


─────


 その間にもエテルの香気こうきが私を襲う。

 私の頭に顔をうずめていたエテルの顔は徐々に私の耳元に、首筋に下がっていく。

 エテルは自身の唇を私の首筋にそっと当ててくる。

 その柔らかさに行為に私は完全に身体が硬直してしまった。

 次に吐息といきを首筋にわせながらエテルはささやく。



「君がいとおしい」


─────


 いとおしい……? そんなとうとい言葉を私に?


 私の視界がおぼろげになった。


 私はエテルの肩越しに急に目が潤む。なんだろう、この気持ち。さっきまで恥じらったり赤面していた私は姿を消していた。


 私は現実世界での自分を思い出していた。部屋に引きこもっていた私は人に疲れてしまっていた。もう関わりたくない……と。


 でもそれは感情の裏返しでもあった。離れれば離れるほど人に愛されたいと願ってしまう。そんな私の心のどこかに空いていたピースをエテルはいとも簡単にはめるかのように。



 私が恋焦がれたこの言葉を何故今に?

 ずるいよ……。



 私はこのエテルの気持ちに答えることが出来るのだろうか。こんな身勝手みがってな理由で期待を持たしてはいけない。


 急に私の雰囲気が変わったことに気がついたエテルは少し動揺した様子で抱いていた手を緩めた。


「どうしたのイトア?」


 わずかな沈黙の後。


いとおしいだなんて言葉……こんな時にずるいです……」


 私は視線を横に流す。

 心配そうに私を見つめるエテルに私は涙が流れそうなのを我慢する。


 家族、友人、恋人、そんなの全部ひっくるめて使われるこのとうとい言葉を私に言ってくれる人がいるなんて。心が溶けそうでこわかった。エテルは優しい声色で私に約束を交わす。


「大丈夫。君が不安になった時……ううん、それ以外でもいつでも僕が伝えるから」

「…………」


 私はどんな顔をすればいいのか分からなかった。


 嬉しんでいいのだろうか。

 拒む方がいいのだろうか。


 エテルのいういとおしいは恋慕れんぼなのはわかっている。こんな優柔不断な私を神様は見捨てますか? それでもこの言葉に私の心は大きく揺さぶられる。

 

 私がエテルの胸の中に埋まって少しするとふわっとエテルは手を離し私の身体は開放された。エテルの甘い香気こうきまといながら。


「さあ、みんなの元に戻ろう」


 エテルはいつもの穏やかな笑顔と雰囲気に戻り私に手を差し出しうながす。私は指先でそっと涙をぬぐうなずいた。


 そうだよね、二人だけいなくなると怪しまれるよね。

 いや……別に怪しまれることは。


 いつもの自分に私も戻っていた。

 私は……。


─────


 頃合ころあいをはかり私はみんなの輪の中に入っていく。


「どこにいたんですか?」


 戻るやいなやカナタがすっと現れ尋ねてきたので、私はまたもや「ひゃっ⁉」と肩を飛びあがらせて汗を流す。


「うん。ちょ……ちょっと湖で夜風にあたってきたの」

「そうですか」


 私は湖での出来事を思い出し赤面しそうになるのを必死に我慢した。悟られそうで。にっこりと笑うカナタと視線を合わすことが出来ず。違うことを頭に浮かべ紛らわせていた。


「イトア、こっち」

「わわっ⁉」


 私が葛藤しているのを余所よそにカナタは急に私の手を引く。お店の中央に連れていかれみんなが見ている前で踊りだそうとしている。カナタが断りを入れずに触ってくるなんて珍しい。


 エテルのような感じではなく、なんちゃってダンスだけど私の手を引いてくる。誰かが楽器を叩いてくれた。それに合わせてくるくると回ったりして私は恥ずかしくも楽しくなりカナタと笑いながら踊った。


 完全に酔っぱらっているユラを含め。


「よっ! 今日の主役! 踊れ、踊れ!」


 やじが飛んでくる。からかわれながらもみんなで笑いあった。


 気が付くともう一組楽しそうに踊っている二人がいる。エテルとトゥエルだ。この時のエテルは、湖の時にみせてくれた高貴なダンスでなく私達が踊っているような、なんちゃってダンスを踊っていた。


 ちゃんと踊れることは内緒なのかな。と思っていると私とエテルしか視線が合わない瞬間──。軽くウインクされアイコンタクトされた。


「──っ‼」


 湖でのあの記憶がよみがえる。いや、わざとよみがえらせようとしているのだと感じた。


(あ……悪魔だ。意地悪すぎる)


 トゥエルはというと、目を潤ませそんな私達の合図に目もくれていない。湖での出来事は、確かにエテルの下心はチラついたけれど……最後は優しい時間に思わせてくれた。


─────


 ダンスが終わってから、私はユラとカナタのそば談笑だんしょうしていた。


「イトアも大人なんだし、一口くらい飲んでみっ」


 完全に酔っ払っているユラが満面の笑みで私にお酒を勧めて来る。


「うぐぐ……」


 私はうなる。しばしの沈黙。でもこの楽しい空気に酔っていたのかもしれない。私は人生初の飲み物を飲んでみることに。


「イトア、飲み過ぎちゃダメですよ」


 心配そうに私を見るカナタを余所よそに私はゴクゴクと両手でコップを持ち勢いよく口に運ぶ。飲み方を知らなかったので一気飲みしてしまった。


「おっ、いい飲みっぷりじゃないか」

「お酒ってそんな飲み方でしたっけ⁉」


 ユラは満足そうに笑い、カナタは「え⁉」という驚きの表情を浮かべている。


 案の定、数分後には頬からは熱を帯び、わけもわからず陽気な気分になってきた。心無しか眠気まで襲ってくる。完全に酔っ払い状態だ。コップ一杯でふらふらになるなんて……。意識はあるのだけれど、足元がおぼつかない。


「ありゃ、こりゃダメだ。カナタ、イトアを部屋まで運んでくれないか」

「だからいったのに……」


 ぼーっとする頭の中でそんな二人の会話が聞こえた。あきれ顔のカナタに肩をかしてもらったけれど足元がふらふらで歩けない。ユラに手伝ってもらい私の身体はカナタの背中にたくされる。


 この歳になっておんぶされるなんて。お姫様抱っこに次ぐ羞恥しゅうちさらされる。明日、カナタに謝ろう。眠気の中でそう自分の中でささやく。部屋に着くと、カナタは私をそっと降ろしてくれた。


「カナタ……ありがとう、むにゃむにゃ」


 呂律ろれつが回らないけれど、言えた気がする。私は眠気に負けてウトウトしながらうっすらとした記憶の中でカナタの声が聞こえた。


「おやすみなさい。イトア」



★ ★ ★



(カナタ視点)


 僕は今イトアが寝ている枕のそばに腰掛けている。ベッドのかたわらの灯火ともしびだけが部屋の明かりを支配する。彼女の顔の輪郭をはっきりととらえ、ほのかに照らしていた。


 その寝顔を見ながら僕は湖でみたあの光景を回顧かいこせずにはいられなかった。


 店からいなくなった彼女を探し気が付くと近くの湖まで足を運んでいた。そこにあったのは流星が降り注ぐ湖面を背に映る二つの影。


 吐息といきがかかる程の二人の距離。湖面の反射で見えた瞳を潤ませた彼女の横顔。目をそむけたいのにそれを僕の本能が許さない。一歩進もうとすると彼の領域が僕をはばんだ。


 その間にも心はみだされていく。誰よりも僕の方が彼女のことを知っているのに。そばにいるのに。


 店に戻ってきた彼女にわざとらしく何処にいたのか聞いてしまった。当然だけどはぐらかされた。それに何より彼女の身体からエテルの香気こうきが漂っていた。


 だから彼女におまじないをしておくことにした。


 ベッドで眠っている彼女の身体を少し起こすとぎゅっと強く抱きしめエテルの香気こうきを消す。そして彼女の頬にそっと唇を添えた。「渡したりしないですからね」これがおまじないの言葉。


「おやすみなさい。イトア」


(申し訳程度のバッチ 終わり)

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