第24話 新任にかせられた役目?

 暑さが厳しさを増す中、学たち通信中隊は打ち合わせに集中していた。毎年この駐屯地で行われる夏祭りは、隊員たちの気合の入れようは他に比べて群を抜いていた。

 どの駐屯地でも行われている夏祭りや納涼祭は、地域への恩返しとして様々な催し物をする。盆踊りであったり、花火を上げたり、部隊ごとに出し物をしたりする。来場する一般客も、浴衣を着てきたりと華を添えてくれる。


「と言うわけで、我々は絶対にミスが許されんのだ。ブツブツ音が切れたりしてみろ、吊るされるぞ」

「つ、吊るされる!?」

「ああ……吊るされる」


 大橋通信隊長の物騒な言葉に学たちは生唾を飲み込んだ。忘れてはならない。ここ習志野駐屯地と言えば第1空挺団。第1空挺団と言えば輸送機やヘリコプターから降下して、敵陣に斬り込むレンジャーのこと。彼らが降下訓練で使うなんとも物騒な建物がある。あれから吊るされると言うのだ。


「それは何としても避けねばなりません。本番までに入念に打ち合わせを」

「しかしなが、通常任務があるわけだ。祭りまで、世間で言う残業とやらをすることになるが……」


 大橋隊長の視線が、通信中隊全員を舐めるようにゆっくりと流れた。隊員たちはそれに答えるように頷く。


「むしろ、こちらから願い出たい所存」

「わかった。くれぐれも、頼むぞ」

「はい!」


 通信部隊の技量を試されるのもこの夏祭り。隊の総力を上げて、満足の行く祭りにしなければならない。学たちは配線図を何度も確認し演出の内容を頭に叩き込んだ。この祭りに予行など存在しない。イメージトレーニングで乗り切るしかないのだ。



「幸田小隊長、よろしいでしょうか」

「はい。どうしましたか」


 打合せ終了後、部下数名が物々しい空気をまとって幸田のもとにやって来た。何か問題でも起きたのだろうか。


「今年の新任の役目が、ありまして……」

「新任って、俺のこと?」

「はい。その……なんと言えば。ここの伝統と申せば分かりますでしょうか」


 なんだか言いにくそうに彼らは口どもる。駐屯地ごとに暗黙のルールや、新任の登竜門的なイベントがあったりするので、そのことだろうと学は察した。


(新任がすること……飲み会で腹を晒せとかそんなところか? まあ、言い難いよな。階級が下の者から上の者に言うなんて)


「大丈夫だ。郷に入っては郷に従えだろ。俺はここでは新入りだ。やるべき事はやるよ」

「ありがとうございます! では、申し上げます!」


(やけに、気合を入れたな)


「幸田二等陸尉には、空挺団からの歓迎セレモニーが待っております!」

「……なんだって?」

「申し訳ありません! 以上です!」

「おいっ、なに。もう少し詳しく説明してくれ」


 おまえが説明しろと押し出されたのは、同じ官舎に暮らす佐々木ニ曹だった。佐々木自身も体験したらしい、新任の役目とやらを話し始める。聞けば聞くほど叫びたくなる内容だ。


「確認する。まず、俺はあの高くそびえ立つアレからぶら下がるんだな」

「はい。ぶら下がるというよりも、突き落とされるが正しいてしょう」


 この駐屯地で働くことが決まった者は、将官クラスでない限りは階級関係なくあの効果訓練から降下させられるらしい。 


(なんてこった……)


「それだけでいいんだな」

「それが終わったら、たぶん夏祭りの……」

「夏祭りの?」

「っーー。そのうち掻っ攫われますから、言われるがままに頑張ってください」

「なんだよ、それ」


 佐々木を責めても仕方がないのだ。空挺レンジャーに掻っ攫われたあと、何があるのかはその年によって違うらしい。体験者の佐々木でも、今年のことは分からない。それにしても佐々木の顔色が悪い。いったい彼はどんな体験をしたのか、そして学には何が待ち構えているのか。


「それはいつ行われる」

「分かりません。その、イキナリなので……は、はははっ」


(笑ってるし! よっぽどだなこれ)


「わ、分かった。覚悟しておく」

「御武運を!」


 この時代に、その言葉を言われるとは。学は引きつりそうな顔をなんとか作り直し、持ち場にもどった。それはいつ来るのか、いつ行われるのか誰も知らない。その日は一日中、気が抜けなかった。







「ただいま、うへぁ……」

「お帰り! え、学さん。大丈夫?」


 その日帰宅した学は、部屋に入るなりソファーに突っ伏した。帽子も迷彩制服も着用のままとは学にしては珍しい。


「学さん? なんだかとってもお疲れだね」

「門を出るまで気が抜けなくてさ。見えない敵がいつ襲ってくるか分からない、そんな状況」

「敵!?」


 驚く彩花を気にもせず学は「うん、敵」と言って動かなくなってしまった。心配になった彩花が学の顔を覗き込むと、もう夢の中。すーすーと寝息をたてている。


「よく分からないけど、お疲れ様。ご無事でなにより」


 彩花は返事のない夫に労いの言葉をかけ、帽子をそっと脱がせた。そして、ブランケットをかけてやる。見えない敵と戦っているらしい夫の寝顔をもう一度見て、キッチンに戻った。



 そんな学は夢を見ていたーー



 この第1空挺団は、陸上自衛隊から選びぬかれた超エリート集団なのだ。何がすごいって空挺団を率いる団長は、陸将補という神様のような地位の方なのに、自ら降下してしまう鋼の自衛官。目を合わせるのも恐れ多い存在だ。そんな団長が率いる彼らは言わなくとも分かるだろう。そりゃもう、チームワークは自衛隊一だと言い切るほど。彼らは単に落下傘で降下するだけじゃない。降下したあと、何をするのか。

 有事が起きればヘリコプターや航空機から落下傘降下をし、即座に作戦行動をとる部隊だ。銃の扱いも、格闘術も半端なく優れている。とにかく強い! 強すぎるんだ!


「御武運を」


 佐々木二曹の言葉が耳から離れない。そんな強い男たちから掻っ攫われるだなんて、恐ろしすぎるだろう。俺だって通信部隊として前線に立つため、かなり鍛えてたし格闘術もやっている。しかし、レベルが違いすぎる。


「佐々木二曹は、どんなふうに攫われたんだ。参考までに聞かせてくれないか」

「そ、それはっ。思い出しただけで震えます」

「そんなに恐ろしいのか」

「自分、用を足しているときでした。一番油断している時じゃないですか。しかも、昼休みですよ? ふうっと一息ついてナニをズボンにしまった瞬間でした」


 学は何度めかの唾を飲みこみ、佐々木ニ曹の言葉を待った。もう終わった事だというのに、佐々木ニ曹は唇を震わせていた。


「いきなり頭が逆さになって、気づいたときは演習場でした」

「なんだって? まさか、袋詰か!?」

「い、いえ。担がれたと記憶しています」

「相手は何人だった」

「……っ、お、覚えていません。だって、音もしなかったんです! 気配もない。本当にイキナリで!」


 佐々木ニ曹は思い出したのか「うわぁぁ」と言って耳をふさいでしまった。


(トラウマ!? それ、まずくないか!!)


「自分、高いところ無理なんですよ。通信班ここのアンテナ張るのがギリなんです。なのに、なのに、あんな所から落とされるなんて」

「高所恐怖症なのか……うわぁ、容赦ないな」

「ここに来て自分、1回死んでます」

「こ、怖っ……」


 聞かなければよかった。そう思ったのは、それから何をするにも背後が気になり始めたからだ。まともに廊下も歩けない。トイレも落ち着いてできない。喫茶でコーヒーを飲むときも、昼飯を食べるときも普段以上に時間を短縮した。


(いつ来るんだよ……。来るなら早く、来てくれ!)


 唯一気を緩められるのは、通信部隊の部屋で事務処理をしているときだ。さすがに職務中は襲ってこないだろうと思っていたからだ。


「小隊長、書類の確認お願いします」

「分かった」


 ホチキスで止められた書類を、順にめくって確認し最後に署名と捺印をした。


「小隊長、確認ありがとうございます」

「ああ……あっ!」


 書類を受け取りにこりと笑ったのは、俺の部下ではない。妙に肩幅があり体が全体的に分厚い。嫌な汗が背中を下りていった。


(うそ、だろ)


「通信中隊、幸田学ニ等陸尉ですね?」

「は、い」


 男は口元を大きく歪めて不適に笑う。


「ようこそ、習志野駐屯地へ」

「ひっ(キターーッ!!)」


 掴まれた腕はどう足掻いても外れない。周りを見渡すも、俺のピンチに誰も気づいていない! 職務中だ! という、声も出ない。


「うっ、ま、ってくれ……」

「悪あがきすると、死ぬぞ」

「やめてくれ! 俺はっ、俺はーー!!」


 ゴッ!! 

 大きな音が耳元でして、俺は意識を失った......

 



 彩花は夕飯の準備が整ったことを知らせるために、リビングのソファーで眠る学を起こしに来た。相変わらず突っ伏した状態で、見ると少し苦しそうだった。悪い夢でも見ているのかもしれない。そう思い学の肩を触ろうとしたとき、学は体を激しくひねり、ソファーから転げ落ちた。


 ゴッ!!


「学さん? 学さんっ、学さん!!」

「んんんんんん、ぷはー。ハァハァハァハァ」


 学が目を開けると、彩花が眉間にシワを寄せて見下ろしていた。今にも泣き出しそうな、そんな複雑な表情だ。


「さい、か?」

「もう! 心配したじゃないですかっ。ねえ、頭打ってない? すごい音がしたの」

「そうか、俺……気絶したんじゃなくて、生き返ったんだな!」


 生き返ったではなく、夢だったのか。そんなことどうでもいい。攫われていなかったことに安堵して、学は思わず彩花に抱きついた。


「え、ちょっと……学さんっ」

「あーよかった。俺んちだった」

「取り敢えず、着替えてご飯ね。本当に心配したんだから……」

「ごめん、ごめん。もう、大丈夫だから」


「何が大丈夫なの?」と彩花は首を傾げる。まさか彩花に、身内に連れ去られて、吊るされるなんて言えるわけがない。そんなこと、万が一知られでもしたら……。


私も見に行きます!写真撮りたいっ!


 そう言うに決まっている。そんな情けない姿は絶対に見せないぞ! 学は心の中で叫んだ。

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