第3話 さあ、練習!

 勢いとフィーリングで手にした初めての一眼レフカメラは彩花の気持ちを持ち上げてくれた。早速カメラを設定してなんとか形が出来上がる。


「かっこいい。カメラのボディラインてかっこいいよね。記念に撮っておこう」


 彩花はズームレンズが装着されたカメラをスマートフォンで撮る。この黒いボディがあの空を華麗に舞うブルーインパルスを捉えるのかと、そう思うだけで心が踊った。もう何回も心の中でシャッターをおろした。何もわからない彩花にあのあと店員は標準装備なるものを教えてくれた。レンズにキズが入らないように保護フィルターを付けること。光の取り込み具合を一定にするためにも、レンズフードを付けること。そして、最低限のカメラのメンテナンスグッズを買っておくこと。そしてそれらはインターネットで買うと安くすむことまで。


「あの店員さんインターネットでの購入をすすめるんだもん。面白いね。えっと? あーなるほど! 湿度を嫌うのかぁ」


 インターネットで必要なものを見ていると、親切にも次から次へと買うべきものやおすすめ商品が現れた。カメラを保管する容器や乾燥剤にカビ防止剤、カメラバッグにSDカードと気づけばお買い物カートはいっぱいになった。確かに、これだけのものを店頭で探すのは大変かもしれない。特に、レンズフィルターのサイズなんて自分の目で探し当てるのは困難だよねと彩花は感じた。


「よーし! これで取り敢えずはオッケーかな。次の週末は練習だ!」


 彩花は自分専用のカメラが嬉しくて、何度も角度を変えてはスマートフォンに収めた。楽しみで仕方がない。こんな気分はいつ以来だろう。彩花はそんなことを思いながらベッドに入った。


「いい夢見れそう。おやすみカメラちゃん。んー、可愛い名前考えよー」


 名前まで、つけるつもりだ。







「カンちゃん行くよー」


 翌週末、彩花は買ったばかりの一眼レフを首から下げて家を出た。カンちゃんとはカメラの愛称で、なぜカンちゃんになったかは某メーカーのカメラだからと言えば分かるかもしれない。彩花は近くの河川敷に来た。空港に近いそこは旅客機がよく見える場所で、練習にはちょうどいいと思ったから。


「天気が良くて最高の練習日和ね。さてと、飛行機はどこかなぁ……キタ!」


 着陸をするために海側からアプローチしてきた飛行機が、着陸灯を点滅させながら近づいてくる。彩花はカメラを構えファインダーからその機影を探した。


「あれ、いない。どこだったけ、あ、あったあった……あれ?」


 目で見たときとファインダーから覗いたときとは視界が違った。さっき確認した飛行機がファインダーから覗くと見つからない。そう、彩花は初心者だ。スマートフォンに慣れた昨今ではファインダーから被写体を探すなんてあまりない。


「いた! わー! ズームにしたらよく見えるぅ。タイヤが出てるー!」


 彩花は何とかフレームに収めた飛行機を引いたり寄せたりしていた。肉眼では見えない部分が見えると感動している。


「あ、撮り忘れた」


 でも、僅かな間隔で飛行機はやってくる。今度は離陸したばかりの旅客機が機首を空に向け、ゴゴゴと大きな音をたてながら上がっていった。それも彩花は追いかける。


カシャカシャカシャ……


 覚えたばかりの連写機能を使ってみる。撮ったら表示パネルでプレビューをして確認。


「全部同じ画像だね」


 旅客機の白いお腹が画面いっぱいに数枚撮れていた。でも、どれも違いはなくよく撮れたという満足感は得られなかった。


「うーん。寄り過ぎなのかなぁ。どうやったらあんな勢いのある写真が撮れるのよ。レンズなの? それとも何か仕掛けがあるのかな。やっぱり、腕?」


 さすがの彩花もちょっとだけ落ち込んだ。自分にはカメラのセンスがないんじゃないかって。でも彩花はすぐに笑顔になった。


「空港! 空港に行けばいい。もっと近くでぐーんと寄せてさ!」


 立ち直りはとても早い。

 彩花はすぐにバスに飛び乗った。空港の送迎デッキに行けばもっとたくさん、もっと近くで、もっとかっこいい写真が撮れる。そう信じて。






 

 空港連絡バスを降りると、彩花は脇目も振らず送迎デッキに一直線。出迎えの家族や旅行客の間をすり抜けて上を目指して進んだ。途中、空の日ふれあいコーナーと言うブースがあって空に関するパネルや模型が置いてあった。時々こうしたイベントをやっている。その一角に自衛官募集の旗が立っていた。広報活動の一環か自衛隊イベント情報のチラシが配られている。そんなこととは知らない彩花は送迎デッキのことで頭がいっぱい。小さな男の子たちが走り回るフロアを急ぎ足で歩いていた。


「おっと、危ない……あ」


 男の子が走り抜けた時にできた風で、ブースに置いてあったチラシが宙を舞った。彩花はそんなつもりはなかったけれど、反射的にひらひら落ちるチラシをキャッチしてしまう。


「イベント情報? あ、ブルーインパルスだ」


 このあたりの地域で行われるであろうイベントが書かれたチラシだった。それは自衛隊だけでなく、警視庁や消防のことも。市民の皆さんの理解と協力により私たちは活動していますと書かれてあった。それを見て彩花はひらめく、これに参加したらいいじゃない! と。


「よろしければこれもどうぞ」

「え、あっ、いいんですか?」


 イベント情報と合わせて景品も配っていたらしい。彩花が渡された袋にはクリアファイル、ポールペン、メモ帳にポケットティッシュが入っていた。クリアファイルには戦闘機の写真がプリントされてあり、思わず取り出してじっと見た。


「すごい、いい写真」

「航空ファンが撮ったものだそうですよ」

「へぇー」


 いい写真が撮れたら、こんなことにも使われるのかと彩花は感心しっぱなしだった。


「ありがとうございます! では」


 夢が広がった。別にそれを仕事にしたいわけではない。でもそれが誰かをこんなふうに感動させられるならば、こんなに素晴らしいことはない。彩花はそんなふうに思い始めていた。だから彩花は気づかない。


「あれ? 君は確か……あ、行っちゃったか」


 彩花に景品をくれたその男性は彩花の事を知っているふうで声をかけた。でも、頭の中が写真のことでいっぱいの彩花には届かない。そんな彩花の後ろ姿を見送る彼は参ったなと頭を掻いて回れ右をした。


「なんだろうな……また、会える気がするよ」


 


 そんな彩花は送迎デッキで口をぽかんと開けていた。送迎の家族だけだと思っていたのは大間違い。なんとそこにはそういった家族だけでなく、びろーんと長いレンズを付けたカメラマンたちがいた。高度を下げて着陸しようとする旅客機に彼らはレンズを向け、同じ動きでその機体を追い、似たようなタイミングでシャッター音を鳴らす。


「うわ……シンクロ見ているみたい」


 そして、撮った画像を確認するタイミングまで同じだった。


「すごぉ……」


 自分もあんなふうになるのだろうか。カメラを構える背中がなんだかかっこいい。自信を持っている証拠だわと暫く彼らの動きを見ていた。中には無線を聞きながらカメラを構える人、スマートフォンのアプリケーションで機種を調べる人。なかなかマニアな世界だなと彩花は思った。


「なんだか熱いわ。何かに一生懸命になるって、素敵ね!」


 彩花は私には無理とは思わなかった。逆に私だって、私も、そんな気持ちになってしまう。


「よし、練習しようっと」


 カメラの扱いも随分と慣れてきた。ファインダーからちゃんと被写体が見える。ズームで好きな部分を撮ってみる。今度は引いてタイヤが滑走路につく瞬間を狙う。とにかく連写。ここ! と、思ったら迷わずに連写した。


「ちょっと待って! 何このカメラ、優秀じゃない。私、すごい!」


 確認するとタイヤが滑走路に付いた瞬間が撮れていた。摩擦で起きる煙が我ながら躍動感を醸し出していた。なんだか少し自信が湧いてきた。私にもできる! と。


「よし、これで行けるわ。自衛隊のイベントに!」


 彩花はさきほど手にしたチラシを広げた。いちんばん近い日程は陸上自衛隊の駐屯地記念式典だった。隊員の行進や戦車のパレード、ヘリコプターも飛ぶと書いてあった。


「いきなり戦闘機じゃなくてよかった。ヘリコプターならきっとうまく行くよね」


 しかしそうは問屋がおろさない! この時の彩花はまったく思っていなかった。


「楽しみ!」


 ただ、胸を躍らせて旅立つ旅客機を見送った。

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