第260話

 リョウは急ぎもせず止まりもせず、たくさんの人影にもまれながら、待ち合わせポイントへ向かっていた。


 カフェの看板が見える。

 いったん歩行をストップさせて、デートの相手にメッセージを送る。


『レン先生、先に待ち合わせ場所についたぜ』

『とりあえず、カフェに入っておこうか?』


 向こうは大物。

 遅れたら失礼だよな。

 そう考えた結果、約束の45分前に到着してしまった。


 読みかけのマンガ本を取り出す。

 レンからの返信を待つこと30秒くらい……。


 後ろのガラスをコンコンと叩く音がした。

 いかにも不機嫌そうなレンがこっちを見ていたので、飛び跳ねそうなくらい驚いた。


 レンは手元の携帯をポチポチ。


『カナタ先生、どうして約束の45分前に到着しているのですか?』

『バカですか? アホですか?』

『常識をお母さんのお腹に置いてきた人ですか?』


 死ぬほどディスられた⁉︎

 ガラスを殴りたい衝動を我慢しつつ、リョウからも打ち返しておく。


『俺も中に入りましょうか?』


『いえ、いいです』

『私が外に出ますから』

『ですが、10分くらい待っていてください』


 ヤンデレ娘の『次やったら殺すわよ?』スタンプが送られてくる。

 どうやら、予定を狂わせちゃったらしい。


 レンは席でネームノートを描いている。

 絵がきれいだから、そのまま誌面に載せちゃってもいいんじゃないか、というくらいクオリティが高い。


 すげぇ。

 こりゃ、売れるわ。


 レンの作業を見守った。

 早くて丁寧で華がある。

 見学するだけで1,000円分の価値はありそう。


 ぴったり10分後、道具を片づけたレンが出てくる。


「カナタ先生に文句の1つでもいってやろうと思いましたが、3つにしておきます」

「はぁ⁉︎」


 レンは指折り数えていく。


「なんでアキちゃんじゃなくて、カナタ先生なのですか? なんで約束の45分前に来たのですか? なんで私の斬姫サマを読んでいるのですか?」


 そうなのだ。

 リョウが手に持っているのは斬姫の最新巻。

 これから数時間を一緒に過ごすわけだから、会話の糸口になればと思って持ってきた。


「だって仕方ねえだろう。昨日、急にお出かけが決まったわけだし。電車が遅延したら迷惑がかかると思ったし」

「ふむ、だったら許しましょう」


 レンは腰に手を当てて、やれやれと首を振った。

 背が小さいから、小生意気なマセガキみたい。


「それよりも、ほら」


 何かを求めてくる。

 今日はデートなわけだから……。


「ん? 服装?」

「そうそう」

「すごくかわいい。華奢きゃしゃなレン先生によく似合っている。その服装を選んだ人はセンスがある」

「おお、合格です」


 レンが初めて笑った。


「それってアキラが選んだの?」

「そうです」


 ぺったんこの胸を張る。


 ノースリーブを着ており、その上からシースルー素材のロングカーディガンを羽織っている。

 下は清楚っぽい無地スカートだから、大人しいレンのイメージにぴったり。


 リョウの褒め言葉でも嬉しいんだな。

 意外な発見といえる。


流石さすがアキラだな。デメリットでしかない極貧乳のまな板ボディが、奥ゆかしくて無垢むくっぽいイメージに早変わりというわけか。バカとはさみとちっぱいは使いようだな」


 この発言はレンの逆鱗げきりんに触れたらしい。


「うわっ⁉︎ キモっ⁉︎ 申し訳ありませんが、今すぐ死んでほしいです! キモっ⁉︎ キモっ⁉︎ キモキモ星人! ちっぱいとか、いつの時代の死語ですか⁉︎」

「嘘だよ! 冗談だよ! あと、ちっぱいは死語じゃない!」

「これだからラブコメの描き手は⁉︎ おまわりさ〜ん! ここにちっぱい教のテロリストならぬエロリストがいます! わいせつな言葉を大声で叫んでいます! 迷惑防止条例違反で捕まえてください!」

「やめろって! 本当に交番へ連れていかれるから!」

「この人、ロリコン犯罪者で〜す!」

「あのな⁉︎」


 これじゃ、ケンカップル。

 道ゆく人も、この女の子が、天才美少女マンガ家だとは思うまい。


「はぁ……カナタ先生と口論していたら、お休みが何日あっても足りません」

「そりゃ、俺のセリフなのですがね」

「とりあえず、出発します」


 こっちよ。

 レンはそういって歩き出す。

 リョウの話に耳を傾けるつもりはないらしい。


「目的地ってどこなの? アキラからも教えてもらっていないのだが」

「当然です。私がアキちゃんに教えてませんから」

「そうじゃなくてさ……」


 レンはカバンに手を突っ込むと、郵便屋さんみたいに、一通の封筒を取り出した。


「この手紙の差出人に会いにいきます」

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