第254話

 掃除が終わったら、さっそく海へ。

 リョウは持ってきた浮き輪をふくらませて、アキラに貸してあげた。


「ぷかぷかぷか〜。クラゲになった気分だな〜」


 足をゆらゆらさせて、ご満悦まんえつといった様子である。


 アキラの水着はピンク色。

 フリルが付いており、下はスカートみたいに広がっている。


 振り返ると、きれいなビーチが見えた。

 水質もそこそこ良好だから、どこかのリゾート地で、2人きりになった気分だ。


「アキラの水着がピンク色なのって、胸が小さいのをカバーするため?」

「おい、リョウくん、君はいま、世界の禁忌きんきに触れたぞ」


 図星だったので、パシャパシャと水をかけられた。


 しょっぱい。

 鼻の中がツーンとする。


「いっとくけどな〜、僕はそんなに貧乳じゃないぞ〜。世の中にグラビアが出回りすぎて、君の目が肥えているだけだからな〜。巨乳ボケしてんだよ〜」

「一理あるな。カウンターカルチャー的存在として、貧乳ヒロインを愛でる文化が出てきた」

「おい、こら」


 また海水をかけられた。

 今度は目にしみる。


 でっかいパラソルがビーチに咲いている。

 リクライニングチェアを並べて休んでいるのは、トオルとキョウカ。


 かなり疲れているらしい。

 トオルはぐっすり眠っている。


 キョウカは優しいから、団扇うちわで風を送ってあげたり、濡れタオルを交換してあげたり、ずっと奉仕している。


「神楽坂さんは、グラマーな体型だよな。黒色の水着がよく似合うな」

「ああ……もう……どうせ僕はお子様みたいなスタイルですよ」


 アキラがぶくぶくぶくと沈んでいった。

 潜水して、リョウの背後に回り込んでくる。


 おんぶだ!

 そういって全体重をかけてきた。


 アキラは軽い。

 けれども、ここは水の中。

 リョウも一緒に沈んでしまった。


「おおっ! 海底に小さなカニがいた!」


 アキラが小学生みたいにはしゃいでいる。


「そりゃいるだろう。ここは海なんだ」

「ねえねえ、リョウくん、捕まえちゃってよ」

「いやいや、無理だ。泳ぎはあまり得意じゃない」

「えぇ〜! 弱気だな〜! 挑戦する前から諦めるなよ!」


 アキラみたいな人間がいるから、毎年、水の事故が起こるんだけどな。

 途中まで出かかったセリフを飲み込んでおく。


「しゃ〜ね〜な」


 リョウは10秒だけ潜った。

 きれいな貝殻を拾ってきて、アキラの頭にのせた。


「ほら、これで我慢しろ」

「わ〜い、お宝だ〜」


 アキラが貝殻の形をチェックしている。


「ねえねえ、人魚姫ってさ、いつも貝殻で胸を隠しているじゃん」

「そうだな。尾びれに並ぶアイデンティティだよな」

「あの発想、初めて思いついた人って天才だよね」

「隠れた発明家だと思う」


 波の音にゲラゲラという笑い声が混ざる。


 アキラと遊んでいると30分なんてあっという間だ。

 かわいい水着姿を愛でるために夏が存在するんだ、という気さえする。


「喉がかわいた〜」


 いったん海水から上がった。

 よく冷えた麦茶で水分をチャージする。


「おお、トオルくん、まだ寝ている」


 キョウカがし〜っと人差し指を立てた。


「来週からまた忙しくなるから。休めるうちに休んでもらわないと」

「キョウカちゃんは僕よりもトオルくんに詳しいね」


 鍛え抜かれた大胸筋が、生き物のように上下している。

 それを見守るキョウカは恋する乙女の顔になっている。


「ねえねえ、今夜ってさ……」


 別荘の外にもシャワーが付いており、蛇口をひねると金属のこすれる音がした。


「寝室が2つだろう。片方は僕とリョウくんだろう。もう片方がトオルくんとキョウカちゃんだろう」

「えっ? 男同士、女同士じゃないの?」

「ん? トオルくんと寝たいの?」

「嘘だよ、冗談だよ」


 男女が一緒に寝ると、どうしても意識しちゃうことがある。


「やるのかな?」

「神楽坂さんのトオルさん?」

「そうそう」


 アキラは念のため、周囲をくまなくチェック。


「僕の女子センサーが正しければ、キョウカちゃん、そういう用の下着を持ってきたと思うんだよね」

「マジか〜」


 リョウはふと思う。


「アキラはどうなの?」

「いやいや、僕らは高校を卒業するまで、一線を超えない約束だろう」

「満月の夜だけ許されるとか、特別なルールはないの?」

「そんなの、嫌だよ」


 一刀両断された。


「リョウくんの勉強とマンガに悪影響だろうが」


 ガードが固い女の子は苦手。

 そんな男子もいるだろうが、真剣に交際するならば、アキラみたいにガードが固い子の方が、安心できると思った。

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