第208話

 アキラが腹を割っておしゃべりできる同性の友は限られている。


 清水サナエ。

 四之宮レン。

 そして、この神楽坂キョウカ。


 もちろん、雪染アンナと仲よしなのは疑いようがない。

 でもあれは、男装アキラとして振る舞っているから、女子特有の……、みたいな話題はNGなのである。


 リョウは2人の会話を邪魔しないよう、なるべく聞き役に徹した。

 水を向けられた時だけ、「そうだな」「いえてる」「俺としては……」と口を開いた。


「アキラちゃんは、どうして急に演劇を再開させようと思ったの?」

「それには色々と理由があってだね……」


 小学校の同級生と出会った。

 彼女はプロのマンガ家になっていた。

 それに触発されて、アキラも夢を目指そうと思った。


「自分でいうと恥ずかしいのだけれども、その主人公、僕をモデルにしているんだ。だから、僕がプロの役者になって、いつか舞台でその役を演じられたらってね」

「へぇ〜、数奇な運命ってやつかしら。ロマンチックなのね」


 キョウカはリョウの方を向いて、


「もしかして、宗像の強力なライバル、登場かしら?」


 と口辺こうへんに三日月の微笑をつくった。


「どうしてそうなる?」

「宗像は、アキラちゃんをモデルにしたヒロイン、採用しようとしてなかった?」

「ぐっ⁉︎」

「先を越されたってわけね」

「あのなぁ……ライバルと呼ぶなんて、おこがましいぜ。向こうはプロだよ。すごい秀才なんだよ」


 四之宮レンを知っているかたずねてみた。

 知らない、と秒で返された。


「さすがキョウカお嬢様。安定の世間知らずじゃねえかよ」

「なんだと〜。私のことをバカにしているのか〜⁉︎」

「初めてだぜ。四之宮先生を知らない女子高生」

「宗像のくせに……ナマイキな……」


 ぷりぷりに怒ったキョウカを、アキラは優しくなだめる。


「まあまあ、キョウカちゃんは厳しい教育のもとで育ったから。マンガやアニメは低俗なものとして、遠ざけられる家庭なんだよ。昔ながらの婦女子教育ってやつじゃないかな」

「いやいや、昭和かよ。そこまで古風じゃない」


 ケラケラケラ。

 リョウは腹の底から大笑いする。


「でもさ、高校生なのにレッスン生の面接に合格したなんて、やっぱりアキラちゃんは才能があるのね」

「う〜ん、どうだろう。トオルくんの影響が大きいかな。僕一人の力だと、同じ結果になったか、すごく怪しいよね」


 いわば青田買いされたような状態。

 アキラの真価が試されるのは、これからの話。


「この春休みが勝負なんだ。早く先輩たちから認められないと」

「それじゃ、毎日レッスンがあるってこと?」

「そうなる……かな」


 リョウはハッとした。

 アキラは週に7回も劇団へ足を運ぶ。

 ということは……。


「もしかして、毎日俺に送り迎えさせる気か⁉︎」

「いやいや、そこまで甘える気はない」


 基本、不破パパか不破ママに付き添ってもらうらしい。

 週に一回くらいリョウが一緒だと嬉しいそうだ。


「僕がいない日、リョウくんはマンガに専念しなさい」

「はいよ」


 マンガか。

 新人賞をとって以来、目ぼしい結果を残していない。


 掲載させてくれないかな。

 短編の一本でいいからさ。


 次に氷室さんと会ったとき、お願いしてみるか。


「アキラちゃんと宗像、この春休みはあまり遊べないってわけね」


 同情したキョウカが眉を八の字にする。


「それをいうと、会えないのは神楽坂さんも一緒だろう。トオルさん、多忙な時期だし。俺たちの100倍くらい会いにくいだろう」

「そうなのよ〜! トオルさん、お稽古けいこ、お稽古、お稽古で忙しくて〜! 会えない時間が愛を育むっていうけれども、限度ってものがあるじゃない!」


 大変だな。

 アイドルに恋すると。


「キョウカちゃんのために予定を空けるよう、僕からトオルくんに要求しておくよ。1日か半日か分からないけれども、絶対に予定を空けさせるから」


 頼もしい発言を受けて、キョウカの瞳がきゅぴ〜んと光った。


「本当⁉︎ いいの⁉︎」

「友として当然の行為だよ」

「ありがとう。私たち、良き義姉妹シュベスターになれるわ」


 ん?

 キョウカって、本当にトオルと結ばれるのかな?

 でも、嫁レースでもっとも有利な位置にいるよな?


「話は変わるけれども、神楽坂さんの誕生日って何月?」

「私は4月よ」

「へぇ〜」


 リョウは5月で、アキラは6月だ。

 つまり、キョウカが一番のお姉ちゃんってことか。


「どしたん? 私にプレゼントくれるの?」

「むしろ、欲しいものってあるの? 俺たちが買える範囲内で?」

「そうだな〜。お花が欲しいかな〜」

「学校に持っていけねぇ」


 けっきょく、犬神トオルグッズが一番欲しい、という結論になった。


 ……。

 …………。


 リョウが家に帰って、部屋の窓を開けると、ぷ〜ん、と土臭い匂いが入ってきた。


「ん?」


 そうか、春なんだ。

 植物が成長したんだ。


 春休みは2週間ある。

 リョウも成長しないと。


 氷室さんに電話してみるか。

 春休みはどういう過ごし方をすればいいですか? と訊いたら、理想のプランを提示してくれるだろう。


 少しでも追いつかないと。

 四之宮レンや折田ジューゴとの差を埋めないと。


 心地いい風を感じながら、氷室さんの番号をタップした。


「急にお電話してすみません、無量カナタですが……」


 もうすぐ春がくる。

 勝負の春がくる。

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