第190話

 カランコロン〜♪


 レストランの玄関チャイムが鳴った。

 床も、天井も、テーブルも、すべてが木製で統一されており、レトロな雰囲気を漂わせているお店が、アキラの指定した待ち合わせ場所だった。


 お客さんは5組いる。

 おじいさんが1人、ステーキ肉を頬張ほおばっていたが、残りは軽くカフェを楽しんでいる様子だった。


 人好きのするウェイターから、


「2名様でよろしいでしょうか?」


 と訊かれたので、


「彼女は友だちと待ち合わせしています。俺は1人です」


 と答えておいた。


 アキラが黙ったまま歩き出す。

 ウェイターの脇を抜けて、窓辺にある4人席までいき、すぅ〜っと息を吸い込んだ。


「十束さん」


 先客の女の子がビクッとする。

 読んでいた本を落として……タイトルは『赤毛のアン』だった……目をゴシゴシこすり、ハンカチで口元を押さえた。


「四之宮レン先生は、十束レンさんだったんだね」

「私のこと、思い出してくれたんだ」

「ごめんね……傷つけてしまって」

「ううん」


 再会して十数秒なのに、レンの目からはツーっと光る線が落ちてきた。

 第三者のリョウですら、涙腺るいせんのあたりが熱くなってしまう。


「すみません、あそこの、彼女たちの斜め横の席に案内してもらってもいいですか?」


 石像のようにフリーズしていたウェイターが反応して、


「もちろん」


 気持ちのいいスマイルをくれた。

 リョウはブレンドコーヒーを注文しておく。


「あ、売れ筋のデザートとかありますか?」

「こちらのチーズケーキが当店のラインナップの中で一番人気となります」


 ニューヨークスタイルのチーズケーキで、シンプルかつ濃厚な味わいがウリらしい。


「じゃあ、それを一つください」

「かしこまりました」


 リョウは持参してきたマンガを広げる。


 さてさて、アキラたちの話が何時間続くのか。

 コーヒーとケーキなんて、30分もあれば完食しそうだが。


「十束さん、いま東京の学校に通っているの?」

「うん、女子校でね……」


 まあまあ快適なスクールライフを送っているらしい。

 マンガの締め切りがヤバい時は休むのと、相変わらず友だちは0人らしいが……。


「でも、十束さん、有名人なんだからチヤホヤされるでしょう」

「表面上はね。羨望せんぼうの裏には、いつだって、からかい、嫌悪、ひがみが潜んでいる。好きなことをやってお金がもらえるからいいよね、とか陰口を叩かれているよ」

「あはは……出るくいは何とかやら、だね」

「不破さんは? どこに入学したの?」

「え〜とね……」


 ごにょごにょごにょ。

 リョウの知らない学校名が出てくる。


「へぇ〜、頭がいいって、有名なところだ」

「そこは退学になった。1年生の夏に。表向きは転校だけれども」

「えっ? どういうこと? 詳しく知りたい」


 俺も知りたい!

 リョウも内心で突っ込む。


「居づらくなった、てこと?」

「そうそう、そんな感じ」

「不破さん、かわいそう」


 白百合しらゆりみたいなレンの指が、アキラの手を包むように握りしめる。


「あ、でも、いまは幸せなんだ。苦労することもあるけれども、新しい場所でうまくやっている」

「ねえ、もっと教えて。不破さんがどんな環境でがんばっているのか。演劇とかって、まだ続けている? なんで一人称を僕に変えたの?」

「え〜と、そのことで告白しないといけないことがあって……」


 アキラはウィッグに指をかけた。

 さらさらの髪が流れて、下からショートヘアが出てきたとき、レンは、嘘っ⁉︎ と叫んで両眉を持ちあげた。


「ごめん、斬姫みたいな長髪じゃないんだ」

「どうして切っちゃったの? 自慢のロングヘアだったのに?」

「この秘密、十束さんだから打ち明けるけれども……」


 いまの学校には男子生徒として在籍している。

 女子の服装だと街中をウロウロできない。

 どうも男性の視線が苦手で……。


「そんなっ⁉︎」


 ショックを受けたレンが小さく叫んだ。


「詳しい理由は、センシティブな内容を含む……というか、僕がマヌケすぎるから、ここでは話せない」

「不破さん、ルックスが良くて性格もステキだから、それがあだになったんだね。つまり、女である自分に嫌気が差したんだね」

「うぅ……十束さん、なかなか鋭いね。きっと天罰なんだよ。僕は十束さんのことを忘れちゃうくらい情けない人間だから」

「そんなことないよ」


 落ち込んだアキラを、レンが励ましている。


「でも、男性がダメなんだよね。カナタ先生と一緒にいるのは、どういう理由なの?」

「それを話し出すと長くなっちゃうのだけれども……リョウくんだけは平気なんだ」

「それは恋人だから?」

「え〜と……僕の秘密に最初に気づいてくれた人で……事あるごとに守ってくれて……体質改善に協力してくれている……ここまで電車で移動するのだって、家族かリョウくんがいないと無理で……」


 ぽわぽわぽわ〜。

 アキラの全身から幸せそうなオーラが出たので、レンはむっとした顔つきになった。


「不破さんが好きになっちゃった相手ってこと?」

「うん……心が拒否反応を起こさないから」


 ぷっく〜ん!

 頬っぺたを膨らませたレンが恨みがましい目を向けてきた。

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