第十一章 三学期(前)

第166話

 新学期がはじまって早々。


「アンナ、とうとう彼氏持ちだね〜! しかも、相手はキングか〜! まさかの美女と野獣コンビ⁉︎ うん、私は応援しているよ〜!」


 キョウカが大きな声でアンナの秘密をバラした。


 とある男子がお茶のペットボトルを落とす。

 お口をあんぐりさせているのは、アンナと親しい女子たち。


「マジで……」

「あの雪染さんが……」

「よりによってキングと……」

「相手が不破なら分かるけれども」


 ザワザワザワ。

 みんな信じかねているっぽい。


「ちょっと、キョウカ!」

「はい、これ。シネマの無料券あげる。有効期限が今月末だから。キングと2人で観ておいで。あとで感想、聞かせてね」

「……もう」


 そこにミタケが登校してきた。

 わざわざアンナの席までいき、


「おはよう」


 と声をかけたので、アンナからも、


「おはよう」


 と笑顔で返す。


「ユズリハちゃんの体調は?」

「雪染さん……じゃなくて、アンナのお陰で、よくなった」


 そこから先はもう大変。

 教室はハチの巣を突いたような大騒ぎとなる。


 冷静なのは、マイペースに本を読んでいるアキラと、その隣にいるリョウくらい。


「大半のクラスメイトが、不破雪染のカップルを予想していたのにな。キングに取られちまったな、アキラ」

「別にいいのです。僕と雪染さんの友情は変わらないのです」


 ところが、アンナに恋人ができたことは、思わぬ形でリョウたちに影響してきた。


 きっかけは休み時間の会話。

 アンナに想いを寄せていた男子たちが、


「あ〜あ、雪染さんも彼氏持ちか〜」

「神楽坂さんに切り替えようかな」

「でも、校外に恋人がいるってウワサだし……」

「マジか〜。だったら、不破にシフトするか」

「ありかも。俺なら不破を妊娠させられそうな気がする」


 みたいな冗談を口にしたのである。


 これにリョウはブチ切れた。

 気づいたときには、黒板消しで相手の顔面をしばいていた。


「何すんだよ、宗像!」

「わりぃ……手が滑った」

「はぁ⁉︎」


 たまたま生徒指導の安岡やすおかが通りかかり、


「こら! 宗像! 帰りのホームルームのあと、生徒指導室へこい!」


 と怒られたのである。


「あわわわわっ⁉︎ リョウくん! 君はなんてことをやらかしたんだ!」

「いやいや、あいつら、許せないだろう。アキラを妊娠させられる、て。思いっきりセクハラじゃねえか」

「だからって」

「安心しろ、アキラ。お前の貞操ていそうは俺が守る」

「はぅ……」


 けっきょく、反省文を2枚書かされた。


「今日のところは許してやる。次にやったら、停学だからな」

承知しょうちです」


 ドアを開けるとアキラが待っていた。


「大丈夫だった?」

「おう、次は気をつけろって」

「はぁ……本当にびっくりしたよ」

「アキラに対するセクハラ発言は許さん。これでクラスのやつらも少しは黙るだろう」


 くそっ……。

 女装コンテストのせいだな。


 思いのほか美人だったから。

 アキラをそういう目で見る男子が出てきた。


「まったく……君ってやつは……でも、僕のために怒ってくれて、ありがとう。本当は嬉しかったんだ。でも、あんな無茶、二度としないでね」

「わかっているよ」


 アキラが頭を寄せてきたので、リョウは優しくナデナデしておく。


 今日は始業式なので、午後はフリー。

 リョウは出版社へいく予定だ。


「いったん家に帰って、12時くらいに出発しようと思う。アキラはどうする?」

「僕も一緒にいくよ。今年もお願いしますって、氷室さんに新年のあいさつをしなきゃ」

「付き合わせて悪いな。アキラは着替えが大変なのに」

「ううん、いいの」


 帰り道、本屋に立ち寄った。

 アキラが新刊をチェックしている。


「あっ⁉︎」

「どうした?」

「かなり増えてる!」


 四之宮レンの『斬姫サマ!』。

 帯のところに75万部と印字されている。


「9月くらいに見たとき、30万部じゃなかったっけ?」

「ああ、新刊が出たからな。増え出したら一気だよな」

「ぐぬぬ……リョウくんの作品の方が、数倍おもしろいと思う」

「あのね」


 おもしろいマンガがヒットするとは限らない。

 が、ヒットしているマンガは間違いなくおもしろい。


「くぅぅぅ〜」

「なんで毎回アキラが悔しがるんだよ」


 でも、悔しいのはリョウだって一緒。

 成功している誰かを見ると、暗に、お前は努力が足りない、といわれた気分になる。


「それに、これから出版社へいくのは、1日でも早く四之宮先生に追いつくためだろう」

「ごめん、リョウくん、僕がワガママいって、絵本なんか描かせちゃったから」

「心配すんな。絵本の経験は役に立った。四之宮先生にないスキルを1個身につけた」

「本当にそう思う?」

「もちろん」


 こうしてアキラと会話する時間も、生徒指導室でこってり怒られた経験も、リョウにとっては貴重な財産なのである。

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