第153話
「リョウくん、目をつぶって」
「なんだ、なんだ」
首筋にふかふかしたものが触れた。
温かくて、軽くて、洗い立ての匂いがする。
マフラー、だよな。
アキラが手編みしてくれたのか。
「もういいよ」
「おう……やっぱり、マフラーか」
「とりあえず3本編んでみました。一番うまく編めたやつをリョウくんにあげる」
残りの2本は不破パパとトオルかな?
なんか申し訳ない、練習台にされたっぽい。
「いっとくけど、返品は受け付けないからな。もし穴が空いた時は、リョウくんがど〜してもというなら、また編んであげる」
「返品するかよ」
「あと、学校につけていってもいいけれども、リョウくんのママに編んでもらった、と説明しなさい。絶対に僕の手編みだと打ち明けないこと」
「女子に
「うむ、袋叩きにあうリョウくんを見たくはないのです」
男子が男子にマフラーを編んであげるとか。
完全にBLのノリなんだけどな。
リョウはマフラーに触れて、熱心に毛糸を編むアキラを想像してみた。
「ありがとう、メッチャ嬉しい」
「面と向かっていわれると照れるな」
「でも、嬉しいのは本当。家族以外の女性からクリスマスプレゼントもらうの、初めてだし」
「なるほど、リョウくんはクリスマスプレゼント童貞だったわけか」
「あいにくアキラみたいにモテないのでね」
リョウからもプレゼント。
3度目となるブックマーカー。
最初がニャンコで、次がキツネだったから、今回は雪だるまの絵柄を買ってきた。
材質は柔らかめの金属。
ぐにゃっと曲がってくれるから、本を痛めにくいのがポイントだ。
「ありがとう! また僕のコレクションが増えたよ! さっそく読みかけの本に挟もう!」
「いまは何を読んでいるんだ?」
「バーネットの秘密の花園」
ああ……。
小学校の図書館にそんなタイトルの本があったな。
「秘密の花園はね、女の子を主人公にした、子ども向けの話なのだけれども、大人が読んでもおもしろいんだ」
「クリスマスキャロルもそうだな。子ども向けのミュージカルが上演されるけれども、大人が観てもおもしろい」
「そうそう」
いったんプレゼントを脇に置いて、ケーキの時間に移る。
「コーヒーを
「いや、コーヒーの銘柄とか知らん。アキラのオススメでいい」
「じゃあね〜、今日はエメラルドマウンテンにしておこうかな。クセが少なくて、フルーツの匂いがするから、日本人に人気なんだ。おいしいデザートにも合うし」
しばらくすると、ガリガリガリッ! と豆を挽く音がした。
その日の気分でコーヒー豆を選ぶなんて、やっぱりブルジョアだな。
ケーキが出てくる。
チョコレートをたっぷりつかったロールケーキ。
砕いたナッツが木の幹みたいにゴツゴツしており、リーフ型のチョコプレートがあちこちに刺さっているから……。
「もしかして、丸太をデザインしたのか?」
「うむ! 一度こういうの手作りしたかったのです! ネットであちこち調べて、デザインを再現してみました!」
「すげぇ、お店のケーキみたい」
「まあ、値段だけなら、完成品を買ってくる方が安いけどね」
「いやいや、十分すごいよ」
さっそく一切れ食べてみた。
ふわふわのスポンジとサクサクのナッツが絶妙にマッチしている。
チョコレートクリームは甘いけれども、リーフ型のチョコプレートはビターだから、奥行きのある味わいが楽しめる。
コーヒーを一口飲んだ。
すぐ二切れ目にかじりつく。
「どんどん食えるな。油断すると、一本丸ごと食べちゃいそうだ」
「包んで持って帰る? 生フルーツを入れてないから、冷蔵庫に入れておけば、3日くらい日持ちするよ」
「悩ましい提案だな。なんか申し訳ないような……」
「お正月、僕がリョウくんの家に食べにいこう。ケーキのお返し」
「やれやれ、母さんに何か用意してもらうか」
「楽しみだな〜。おせち料理かな〜」
もうすぐ正月か。
久しぶりにあいつが帰ってくるな。
「リョウくんって、年末年始はいつも家族3人で過ごすの?」
「いいや、4人だよ」
「ん? 誰か呼ぶの? おじいちゃんとか、おばあちゃんとか?」
「いやいや、家族が4人だよ」
「ほぅ?」
そっか。
学校では一度も話したことがなかったな。
「我が家は二人姉弟だよ。上に姉がいる」
「えっ⁉︎ リョウくんって弟だったんだ⁉︎」
「歳が5つ離れているし、姉は東京の大学にいって、滅多に帰ってこないから、ほとんど一人っ子みたいなものだけどね」
「知らなかった……」
「隠してたわけじゃないけれども」
姉っていうより、親戚のお姉さん、て感じなんだよな。
姉は高校生のときからバイトしていて、リョウにお小遣いをくれた。
(何気にありがたかったのは、300円あげるから、アレ買ってきて、みたいなおつかい。貴重な収入源だった)
けれども、一緒に遊んだ記憶はほとんどない。
共通点といえば少女マンガくらい。
リョウがマンガに興味を持ったのも、姉が毎月マンガ雑誌を買っていて、読み終わったのをもらったのが最初だし。
「アキラだって、学校だと、一人っ子みたいな設定だろう」
「それはトオルくんが有名だから。僕の秘密を守るためであって……」
「ああ、そっか。俺とはわけが違うな」
「ど……ど……どうしよう⁉︎ いつかリョウくんのお姉さんに
「観念しろ。俺だってトオルさんに挨拶したんだ。しかも、道ばたでバッタリ出くわして、ファミレスにいく流れになったし」
「もしかして、緊張した?」
「死ぬほど緊張した。あと怖かった。あの野性味あふれる目つき」
「リョウくん、お姉さんがいるなら、もっと早く教えてよ」
「いま教えた。バッタリ出くわすよりマシだろう」
「うぅ……たしかに」
アキラはおしっこを我慢するみたいにソワソワし出した。
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