第134話

 画材屋で買い物しているとき、リョウはふと思った。


「この話、原作を書いているのがアキラだと知られたら、中身が男じゃないって疑われるんじゃねえか」

「そうかな?」

「ストーリーが女性寄りの女性って感じだろう。男子高校生なら、この展開、たぶん思いつかない。そもそも20代の女性の心情とか、うまく表現できない」


 色鉛筆を選んでいたアキラがじぃ〜とにらんでくる。


「そういう性差を気にするような発言、あまり良くないと思う」

「はいはい、わかったよ」


 まあ、いっか。

 そもそも、アキラ、男と女のハイブリッドみたいな生き物だし。


 色鉛筆が決まったら、次は用紙。

 たくさんの人が手に取る、ということを考えると、頑丈な素材がいいのだが。


「ちょうどいいのがある」


 リョウが手にしたのは絵本キット。

 元から本の状態になっており、ページ数とサイズを選べばいい。


「へぇ〜、こんなのが売られているんだ」

「趣味で絵本をつくる人がいるんだろうな」


 2つ合わせて3,000円くらい。

 前にもらった賞金から費用を出しておいた。


「これが僕たちの本になるのか。すでに興奮しちゃうよ」

「でも、考えることはたくさんあるぞ。中身は12ページだけれども、表紙と裏表紙があるから、実質14ページだな」

「さっそくミーティングしよう」


 大人っぽいカフェに入った。

 ホットコーヒーを2つ注文する。


「まずはキャラのラフスケッチを決めないといけない。テイラーさんと猫田さんだな」


 リョウは大学ノートを広げて、さらさらっと描きあげた。


「この人たちって、眼鏡はかけてる?」

「猫田さんはかけています。テイラーは裸眼です」

「私服はテキトーに描いてみたけれども……」


 じゃん。

 とりあえず完成。


「リョウくん、早い! 君は天才だよ!」

「猫人間って、マンガで時々見かけるしな。そもそも猫田さんの品種って、何なんだ? 白猫でいいのか? それだと描くのが楽だが……」

「白猫でいこう」


 問題なのは、三毛猫、アメショ、ペルシャ猫、ラグドールとか。

 特徴を残しつつ、ちゃんと人間にしないといけないから、なかなか骨が折れる作業だった。


「あ、いけね、今日は遅くなるって、親に連絡しないと」

「本当だ、僕も連絡せねば」


 というわけで、いったん作業中断。

 なんか50分くらい猫ばかり描いているし。


「やっぱり、スケジュールがきつい? 2ページくらい減らした方がいい?」

「いや、間に合わせる。原作を忠実に絵にする」


 アキラが期待してくれているからね。

 この作品にはリョウの全力を込めたい。


「ほれ、とりあえず猫軍団も完成」

「かわいい! 働く猫たちだ! 僕もこんな世界にいきたいな〜!」


 アキラはイラストをおでこにピタッと押しつけた。


「リョウくんの才能を、僕のワガママに利用しちゃって、悪いねえ」

「いや、絵本を描くの、意外に楽しいし。マンガを描くヒントが手に入るかもしれないし」

「なんか学園祭が待ち遠しくなってきた」


 これから2週間、大変だけどな。


「あと今日決めておきたいのは、表紙と裏表紙のデザインか」

「さっき、いいアイディアが浮かんでね」


 アキラが大学ノートにイラストを描きはじめる。


 三日月が浮かんでいて……。

 ちょこん、と腰かけているテイラー。

 バックには満天の星。

 これが表紙の案。


 手をつないでいるテイラーと猫田さん。

 それを真後ろのアングルから描く。

 これが裏表紙の案。


「どうかな?」

「いいと思う。裏表紙にキャラクターの背中を持ってくる本、けっこうあるし。これでいこう」

「やったね。リョウくんに褒められました」


 カフェのBGMが切り替わった。

 いけない、もうすぐ閉店だ。


「こんな時間まで外にいたら、怒られるんじゃないの?」

「大丈夫、リョウくんと一緒に買い物中、と伝えているから」


 遅くなったせいで、夜風がびっくりするくらい冷たい。

 駅までの道を小走りで駆けていく。


「むふふ」

「どうした、急に」

「お話を考えるの、楽しいから。いまはリョウくんと同じ目標があるんだな、て思ってね」


 飛び乗った電車には、会社帰りのサラリーマンがたくさんおり、この中にテイラーみたいな女性もいるのかな、とリョウはぼんやり考えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る