第132話

 リョウは悩んでいた。

 学園祭の出し物を考えよう! とアキラがいったけれども、まったくアイディアが思いつかない。


「アキラをエサに女子生徒を釣るとか……」


 たとえば、アキラとの交流会みたいな。

 テキトーにお題を決めて、トークさせる?


 ダメだ。

 アキラが絶対に嫌がる。

 なんか、こう、目に見えるアウトプットが欲しいはず。


「俺ができることなんて、マンガを描くくらいだし……」


 リョウは手元の原稿をクシャクシャに丸めた。

 アイディアを出すのが苦手……これはマンガ家として致命的かもしれない。


 そして翌日の部室。

 アキラがホワイトボードを引っ張ってきて、『学園祭の出し物について討論する会』と書いた。


 マズいな。

 やる気だよ、この

 いったん動き出すと、止まらない性格だからな。


「それでは、各自が持ち寄ってきた意見をまとめます」

「各自といっても、2人しかいないけどな」

「シャラップ!」


 アキラはペンのキャップを抜いて、先端を突きつけてくる。


「僕はリョウくんとの思い出が欲しいのです!」

「マジで? 女装コンテストと模擬店だけで、お腹いっぱいじゃない?」

「あれはクラスのイベントでしょ。2人だけの何かを残したいのです!」

「そうはいっても……俺はマンガを描くくらいしかできない。純粋な絵の上手さなら、美術部の人たちに負けるし」

「そこでだよ」


 アキラがカバンの中から紙袋を取り出した。

 薄っぺらい絵本がたくさん出てくる。


 童話かな?

 と思ったが、リョウの知らないタイトルばかり。


「これはね、大人向けの絵本なのです」

「はぁ⁉︎ 絵本って子どもの読み物じゃないの? 大人がこれを読むの?」

「リアル社会に疲れた女性とかね。子ども向けじゃないから、ストーリーも練られていて、シンプルかつ奥が深いんだ」


 リョウは何冊か読ませてもらった。

 舞台は現代日本だったり、おとぎ話の世界だったり。

 主人公も、子どもから、大人から、動物から、謎のマスコットまで、マチマチという感じ。


 定価は700円くらいする。

 プロの絵本作家か、才能ある人たちだな。


「リョウくん、絵本をつくろう」

「おい、無茶いうなよ」

「いや、リョウくんならできる。完全オリジナルの絵本」

「肝心のストーリーが思いつかない。マンガを考えるのとは、毛色が違うから」

「大丈夫、ストーリーは僕が考えるから。リョウくんは、僕のストーリーに似合うイラストを描いてください」

「ああ、原作者アキラ、作画俺、みたいな」

「そうそう。共同作業」


 へぇ〜。

 そう考えると楽しそう。

 アキラの渾身こんしんのストーリー、純粋に興味あるし。


 でも、大きな問題がある。

 期間が2週間くらいしかないから、1日1ページ描くとして、14ページの分量にしかならない。


「2人で絵本をつくるってアイディア、とても秀逸だと思う。お互いの持ち味が活かせるし。絵本なら読んでみたい生徒、多いと思うから。薄いのなら1分もあれば完読できるしね。だが、しかし……」


 時間。

 あと、置くスペース。

 いまから生徒会に申請して、許可してくれるのか。

 まさか、絵本一冊のために、教室を一つ押さえるわけにはいかないし。


「その点は問題ないよ。美術部の展示スペースを間借りしようと思う」

「ああ、なるほど。誰か仲のいい知り合いとかいるっけ?」

「須王くんの妹ちゃんが美術部だよ。体育祭のパネルを手がけていたし」

「なるほど」


 場所の問題はクリアできそう。

 あとは完成までのスケジュールなのだが……。


「いっておくが、俺は1日1ページが限界だぞ。マンガを描く時間をゼロにするわけにはいかないし。死ぬ気でがんばって、1日1ページな」

「リョウくんならそういうと思って、12ページくらいの分量のストーリーを考えてきました」

「もう話は完成しているのかよ」


 ノートを読ませてもらった。

 ざっくりとした絵と、地の文章が書かれている。


 タイトルは『ムーンライト・ワンダー・テイラー』。

 舞台はどこだろう? 日本の地方都市かな?


 う〜ん。

 リョウはまったく絵本を読まないから、アキラの話が女子ウケするのか、クオリティが高いのか低いのか、ちっとも判断できない。


「わかった、やろう」

「よしっ! さすが、リョウくんだよ!」

「ただし、条件がある」


 なんかご褒美がほしい。

 アキラのわがままに付き合って、慣れない絵本を描いて、たくさんの生徒に公開するわけだし。


「何がほしいのさ?」

「アキラが決めてよ。俺が絵本を描いたら、何してくれる?」

「えぇ……キス……とか」

「どこに?」

「……頬っぺた」

「そうなんだ。それだと、俺のやる気もボチボチだな」

「わかったよ! また、唇にキスしてあげたらいいんでしょ!」

「えっ⁉︎ いいの⁉︎」

「うぅぅぅ〜」


 北海道での逢瀬おうせを思い出したのか、アキラは赤面しまくり。


「キスは後払いで頼む。そっちの方が、俺のモチベーションもあがる」

「いいだろう! 約束だ!」

「ふむふむ、キスをエサにして、俺に絵本を描かせるとか、アキラって本当に魔性のイケメンだな」

「はぁ⁉︎ 言い出したのはリョウくんでしょうが⁉︎」

「でも、キスを提案したのは、アキラだろう」

「ゲホッ! ゲホッ! ハレンチな!」


 久しぶりにアキラから一本取ってやった。

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