第119話

『アキラって、学校で自習している予定なんじゃ……』


『先生に直訴じきそして、自宅学習に切り替えてもらいました』


『いつまで北海道にいるの?』


『二泊三日なのです。トオルくんが奇跡的に休みをとれました』


 ふ〜ん。

 これが強運の持ち主ってやつか。


 いい兄貴だな。

 休みをアキラのために役立てるなんて。


『きゅんきゅん♪』


『幸せそうだな』


『うん! すっごく楽しみ!』


 北海道なんて何回もいったことある! とか強がっていたくせに。

 本心では旅行したくて仕方なかったっぽい。


『途中、僕を見かけても、絶対に声をかけるなよ』


『かけないよ。というか、俺たちの行動スケジュールに合わせてくるのかよ』


『一部はね。アイヌ民族博物館とか、過去にもいったことがあるので、今回は割愛します』


 これからレンタカーを借りて、リョウたちの行程を片っ端から潰していくらしい。


『リョウくんのお土産を探すから。リョウくんも僕のお土産を探してね。予算は500円以内なのです』


『おう、見つけとく』


 やべぇ。

 自然とニヤニヤしちゃう。


 アキラのいない修学旅行は楽しさ半減だな〜、とか思っていたけれども、帰ってから会うのが楽しみだな。


「どうした、宗像? いいことがあったの?」


 バスに乗るとき、キョウカに声をかけられた。


「神楽坂さんの方こそ。楽しそうだね」

「まあね〜」

「まさか、トオル様案件か?」

「しっ、こらっ、周りに聞こえるだろうが」


 図星か。

 プライベートの連絡先を交換して、やり取りしているみたいだし。


 2日目のメインは動物園。

 とても敷地が広いから、ゆっくりしていたら全然回りきれない。


「宗像って、たくさん写真を撮るよな。マンガの参考にするのか」

「まあね。ネットの画像を拾ってもいいけれども、厳密には、著作権とかあるし」


 他クラスの女子グループとすれ違った。

 さっきのイケメン、超ヤバかった、みたいな話をしている。

 でも、美人の彼女を連れていたから残念、とも。


 まさか……。

 もう動物園にきたのか?


 ざっと人混みを見回す。

 シロクマプールの近くに毛先を赤く染めた男がいた。

 間違いない、トオルだ。


 それじゃ、横にいる女の子が?


 二人が振り返った。

 リョウと目が合う。


 アキラだ。

 しかも、こっちに寄ってくる。


 ちょっと待て⁉︎

 クラスメイトが周りにいるのだが。


「すみません、お兄さん、カバってあっちのエリアにいましたか?」

「ええ、いましたよ。曲がってすぐです」

「ど〜も、ありがとうございます」


 アキラはぺこりと頭を下げてから去っていった。


「ほら、いこう、トオルくん」

「急がなくてもカバは逃げねえよ」


 びっくりした。

 他人のフリして声をかけてくるなんて。

 もし、クラスメイトにバレたら大ごとなのに。


 リョウの携帯が揺れる。

 ドッキリ大成功、のスタンプだった。


 あ〜あ。

 口から心臓が飛び出るかと思った。


「さっきの女の子、ヤバいくらいかわいかったな」

「モデルとかタレントだったりして」

「宗像じゃなくてもビビるよ」


 班のメンバーに笑われた。

 どうやら、リョウの緊張を誤解してくれたらしい。


「誰からのメッセージ?」

「もしかして、不破か?」

「いやいや、親だよ」


 午後は札幌さっぽろの繁華街を散策。

 テレビ塔とか、時計台とか、赤れんが庁舎とか、メジャーなスポットを観光する。


 懐かしいな、展望台から見る景色。

 雪まつりの会場となる公園が一本の帯のように伸びている。


「いいな〜、俺も札幌に住みてえな」

「都会だけど、東京みたいにゴチャゴチャしてなくて、落ち着きがあるよな」

「そうそう、あと、こっちの人は郷土愛がありそう」


 郷土愛、か。

 引っ越しばかりしてきたリョウやアキラには無縁の言葉といえる。


 この日の夕食は海鮮丼。

 2,000円くらいする豪華なディナーに舌鼓をうつ。


「おい、宗像、誰とやり取りしてんだよ」

「もしかして、彼女か?」

「せっかくの修学旅行なのに感じ悪いぞ」

「いやいや、彼女ではない」

「くぅ〜」

「俺も彼女ほしぃ〜」

「だから彼女じゃねえって」


 携帯をそっと伏せて、海鮮丼の残りを平らげた。


 ホテルにチェックインするとき、軽いハプニングが起こった。

 リョウたちの泊まる3人部屋で、スプリンクラーの故障があって、修理中のため、1人部屋と2人部屋に分かれることになったのだ。


「俺が1人部屋にするよ」


 班のメンバーはいったん解散。

 一人になったリョウはシャワーを浴びて、ベッドに寝転がった。


 コンコンと扉をノックする音がした。


「へぇ〜、ここが宗像の部屋か」

「一人用だと狭いな」

「みんなで集まってトランプやるけど、宗像もくるか?」

「ありがとう。でも、遠慮しておく」


 また一人になる。

 アキラとのメッセージを再開する。


『僕は明日、海鮮丼を食べます』


『今夜はラーメン?』


『うむ、お腹いっぱいなのです』


 アキラも札幌市内のホテルに宿泊している。

 しかも、徒歩5分くらいの距離だ。


 会いたいな〜。

 でも、夜間は外出禁止だし。


 どうにかして、ホテルを抜けられないだろうか。

 う〜ん、マンガの主人公なら、うまい具合に手段を見つけるのだが。


 会いたい! 会いたい! 会いたい!

 少しでいいから、アキラの手を握りたい!


 だって、せっかく札幌にいるのに。

 会話が動物園のアレだけって少し寂しい。


 脱走……するか。

 先生だって油断しているだろう。

 でも、見つかったら、いや、事故に巻き込まれたら、両親や学校関係者に迷惑がかかるし……。


「悩ましすぎるぜ」


 リョウが悶々もんもんとしていると、携帯が鳴った。


『リョウくんに会いたいな〜』


 アキラからのメッセージだった。

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