第八章 二学期(三)
第117話
そして月曜日。
「イタタタタ……」
右腕をスリスリするアキラがいた。
わりと重めの筋肉痛らしい。
「リョウくんは平気なの?」
「ちょっとだけ筋肉痛。心地いい痛みってやつだよ」
「強いな〜。さすが男の子」
アキラの横顔をじぃ〜と見つめる。
「どうしたの?」
「いや、アキラって、強運みたいなのを持っているな、と思ってな」
逆転の口火を切ったストライク。
ああいうドラマティックな展開、普通の人間なら、3年に1回くらいじゃないだろうか。
「そうです。僕は普通の人より、運に恵まれているのです」
「そうなの?」
「うむ」
アキラが7歳くらいの頃。
おもちゃ屋さんで売っている5,000円くらいのドールハウスがどうしても欲しかった。
しかし、手元にはお金がない。
それを見かねた不破ママが、
『だったら、あそこの宝くじ売り場でスクラッチを1枚買って、当たりが出たら買いましょう』
と提案してくれたらしい。
アキラは見事、5,000円を引き当てて、念願のドールハウスをゲットした。
「ハガキの
「ふ〜ん、まあ、笑う門には福
そういや、冷泉シキ先生のチケットも手に入れてくれた。
幸福の神様は、アキラみたいによく笑う人間が好きなのかもしれない。
学校に到着した。
心なしか、クラス内には楽しそうな空気が満ちている。
中間テストが明けたからではない。
この後、修学旅行の班決めが予定されているから。
あれ?
でも、アキラって……。
修学旅行、一人だけ不参加だよな。
ニコニコしているけど、内心はショックなのかな。
体育祭だって、仲間外れになるのを気にして、実行委員に立候補したくらいだし。
「どうしたの、リョウくん」
「いや、別に……」
ホームルームの時間がやってきた。
男女に分かれて班決めする中で、アキラが一人、大人しく読書している。
「えっ〜⁉︎」
「不破くんって、北海道にいかないんだ〜⁉︎」
女子たちがショックを受けている。
仲良くしているアンナがやってきて、
「不破くんのお土産も買ってくるね」
と優しい言葉をかけた。
「
「わかった。10箱くらい買っておくね」
「虫歯になるから。1箱で大丈夫」
他の女子たちも、私も買ってくる! と約束している。
アキラはアハハと苦笑い。
「プリンス不破キュンがいないから、宗像のショックも大きいだろうねぇ」
そういって冷やかしてきたのはキョウカ。
「仕方ねえだろう。アキラは気管支が弱いんだから」
「北国の寒さが体に
「よくいうぜ」
正体を知っているくせに。
「宗像の班は決まったの?」
「俺は空いているところにテキトーに入るよ」
「ふ〜ん、不破キュン以外とは、
「転勤族の親を持つ学生の特技だな」
北海道には一度住んだことがある。
かつて暮らした土地を旅行するのも、不思議な感覚だ。
「神楽坂さんは北海道へいったことあるの?」
「私は毎年スキーにいくね〜」
「さすがお嬢様」
「私も王子様とゲレンデを滑りたいわ〜」
女の子って、恋するとキラキラするな。
「あと決まっていないのは?」
「宗像だけだぞ」
という会話が聞こえた。
うちの班に入りなよ、と親切なクラスメイトが声をかけてくれたので、素直に入れてもらった。
「宗像って、最近、神楽坂さんと仲いいな」
「もしかして、いい感じの仲なの?」
「おいおい、どうしてそうなる」
スタイルが良くて、勉強もできるキョウカは、当然、一部の男子から人気がある。
「宗像くんには不破くんがいるもんね」
横から会話に入ってきたのはアンナだった。
「まあね。俺たち、相思相愛だから」
BLネタで流しておく。
「いいな〜」
「不破、女装したら絶対かわいいよな」
アキラは本を読みながら赤面している。
ぷぷっ……照れてやんの。
そして帰り道。
夕陽に染まった道をアキラの歩幅で歩いていた。
「アキラも北海道にいったことあるよな。欲しいお土産があるなら買ってくるけれども」
「東北に住んでいたとき、たくさん遊びにいったから大丈夫。リョウくんは家族のお土産だけ心配しなさい」
「そうはいってもな〜。親が一度赴任している土地だからな〜」
無難に食べ物にしておくか。
冷凍のカニでも送るとか。
「悔しくないの?」
「なにが?」
「みんなと修学旅行にいけないの」
「むむむ、僕がそんなことで悲しむ人間に見えるかい?」
「見えるね。体育祭のときは、少しムキになっていたし」
「みんなが北海道でバカ騒ぎしているあいだ、僕は大好きな本を読みまくるから、別に平気だもん」
「ふ〜ん」
「なんだよ」
「いや、別に」
一緒に北海道へいけない。
そのことでガッカリしているのって、リョウだけなのかな。
三泊四日、会えなくなるのだが。
心がスカスカする。
あるいは、自腹で北海道へやってくるとか。
いや、まさか……でも、アキラだし。
「いいか! この時期はまだクマがいるんだぞ! 食欲旺盛なんだぞ! 勝手に食べられるなよ!」
「クマが出るエリアにはいかないよ」
というわけで、アキラ抜きの修学旅行がスタートしたのである。
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