第57話

 学校から解放されたあと。


海老えびタルタルバーガーのセットで……ドリンクは、え〜と、オレンジジュースでお願いします。あ、氷は少なめで」


 リョウたちは近所のバーガー屋へやってきた。


 誘ってきたのはアキラの方から。

 頭をフル回転させると、ハイカロリーなやつが食べたくなるよね、と苦笑いしていた。


「リョウくんは、マンガとテスト、どっちが疲れる?」

「断然テストだな。マンガは慣れだから。ペン入れとか、デジタル仕上げとか、単純作業に近いし」

「なるほど〜」


 座っているのは二階席。

 アキラがぼんやりと窓の外を眺める。


「どうした? テストの出来が微妙だったのか?」

「うっ……今回は神楽坂さんに負けそう」

「毎回勝ったり負けたり大変だな」

「リョウくんはどうなのさ」


 アキラがフライドポテトを差し出してきた。


「今回のテストは……」


 リョウは犬みたいに食らいつく。


「なあ、アキラ」

「ん?」

「男同士でポテトをあ〜んするのは、明らかにBLのノリだと思うぞ」

「えっ、そうなの? 女の子同士だと普通じゃん」

「女は許されても、男は許されないんだよ」


 そんなこともあるんだね。

 なんて呟きながら、二本目、三本目のポテトも食べさせようとしてくる。


 ちょっと様子が変だな。

 夏休みボケが原因じゃなさそう。


「今日のアキラ、ぼんやりしているな」

「そう見えちゃう?」

「朝だって……」


 胸にサポーターを巻いてくるの、失念していたくらいだし。


「大した話じゃないけれども、進路のことで、ちょっと揉めていて」

「へぇ、アキラでも両親とケンカするんだ」

「え〜とね、そっちじゃなくて」


 父親と母親がケンカしたらしい。


『お前は子どもを自由に育てすぎだ』

『なによ! トオルを自由にさせたのは、パパの方じゃない! 息子と娘で対応に差をつける気なの⁉︎』


 みたいな。

 話を聞いた感じだと、不破パパよりも、不破ママが強そう。


「どこの家庭にもある、ありきたりな問題だよ。リョウくんの家は?」

「そういや、俺の両親はほとんどケンカしないな」

「それは大いに恵まれた環境だ」


 進路のこと。

 普通に大学いって、普通に就職して、くらいにしか考えていない。


 たぶん両親も一緒。

 リョウがマンガを描いているのは知っていても、プロを目指しているとは思っていないはず。


「何の話をしてたっけ?」

「テストの話。俺は今回、ちょっと順位が上がったと思うぞ」

「そうなの? てっきりマンガ漬けで、全然勉強できていないのかと思ったよ」

「前に約束しただろう」


 同じ大学を受験しよう、みたいな話。


「学力が足りないと、そもそも親に受験させてもらえない」

「リョウくん、あの約束を覚えていたんだ」


 じ〜ん、と。

 アキラがうるんだ瞳を向けてくる。


「僕は感動のあまり泣きそうだよ」

「泣くな。俺がアキラをいじめたみたいだから」


 もし……。

 万に一つの確率で……。

 二人が一緒に受かったとしたら。


「アキラは俺と同じ大学に通いたいのか」

「もちろんさ」

「でも、キャンパスでは女の子の服装をするのだろう」

「うん……」


 そしてポツリと。


「かわいい格好でリョウくんの隣にいたい」

「えっ⁉︎」

「女の子の僕として、リョウくんの側にいたいってことだよ」

「それって、まさか……」


 心臓がドキドキと早鐘を打つ。


「カン違いしないでよ。いまの生活は大変なんだ。男と女のスイッチを切り替えるの、けっこう疲れるし。用を足すときだって、妊婦さんや車いす用の個室トイレを探すわけだし。髪だって、ロングにできないし」

「だよな……」


 びっくりした。


 大学生になったら恋人同士だね。

 みたいな提案をされるのかと思った。


「美しい青春ストーリーだよ。女の子のために勉強に打ち込むなんて」

「けっこう不純な動機だけどな」

「いいの、いいの。不純とは、つまり、人間らしさの裏返しなのだから」

「ふむ、たしかに」


 バーガーを食べ終わったあと。

 アキラが唇にタッチしてきた。


「上書き……」

「はい?」

「神楽坂さんの……」


 教室で指キスされた一件か。


「今回のは、唇を殺菌消毒しなくてもいいからね」

「アキラって、ライバル心むき出しというか、はがねのプライドだよな」

「う……うるさいなぁ」

「照れた。図星か」

「だまれ」


 アキラが水っぽくなったジュースをズズズッと飲む。


 すぐ表情に出るなんて。

 かわいい奴め。


「アキラは大学生になったら何をやりたい?」

「そういうリョウくんは?」

「俺はね、ぐでんぐでんに酔っ払ったアキラを、おんぶして家まで送り届けてあげたい。メロドラマでよくある展開だろう」

「僕がお酒に弱い前提かい!」

「うっかりヒールが折れちゃって、もう歩けないよ! みたいなシチュエーションでもいいな」

「それはありそう。リョウくん、妄想のとりこだよね」

「妄想は心のジャンクフードだから」

「あっはっは! いえてる!」


 フライドポテトをつまみながら、友人と妄想トークに花を咲かせるのは、きっと有意義な過ごし方なのだ。

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