30.真実の誓い
「皆、二人を祝福してくれ」
王はその場にいる観衆達に向かって手を広げ言った。
王の間が拍手に包まれる。沢山の人がサザとユタカを温かく見守り、受け入れてくれているのだ。こんなことは初めてだ。
(人に認めてもらえるって、こういう感じなのかな)
暗殺者である自分をひたすらに隠しながら生きてきたサザは、いつだって暗殺者では無い自分には自信が無かった。暗殺以外に自分に満足に出来ることなど何もないと思っていたからだ。
「じゃあそろそろ、真実の誓いを立ててもらおうか」
王は立ち上がり前に出て腰の剣を抜刀すると、跪いたユタカの首に刃をぴたりと当てた。刃の光り方からするとどうやら儀礼用の模造品ではなく真剣のようだ。ユタカは目を瞑り、頭を下げた。
「ユタカ・アトレイド。お前は国王に一切の偽りなく、イーサの領主として、領地の民を守ることに命を捧げることを誓うか?」
「誓います」
国王は満足げに微笑むと、ユタカの首からから剣を上げ、今度はサザの首に当てた。
刃のひやりとした感覚が驚くほど生々しく感じられる。ユタカに倣い、サザも跪いたまま目を閉じて俯いた。
「サザ・アトレイド。お前は国王に一切の偽りなく、夫ユタカ・アトレイドと共にイーサを守ることに命を捧げることを誓うか?」
「……誓います」
サザは自分の発した言葉と共に、心の中に重りが沈み込んでいくような感覚を覚えた。
国王はサザの返事を聞き小さく頷くと、剣をサザの首から離して、二人の上に掲げる。
「二人の誓いと引き換えに、イスパハル国王、アスカ・イスパリアは、二人を国として庇護に置き、守ることを誓おう」
王の間が一斉に観衆の力強い拍手に包まれる。
(もし次にこの刃が私の首に触れることがあれば、それは私が暗殺者だとばれて死ぬ時だ)
サザは鳴り止まぬ拍手の中で国王の前に俯いたまま、言葉の重みに少し身震いした。
―
謁見を終えて、サザとユタカは馬車に乗って帰路に着いた。
ユタカを心配した国王が近衛兵だけでは心許ないと、かなりの人数の国軍の兵士も付けてくれたのでサザ達の一行は往路の倍くらいの規模になっている。
乗ってきた馬車は大破した為、国王が代わりを用意してくれた。
新しい馬車は国王が与えてくれたものに相応しく、随所に凝った木彫りの装飾があり馬車の室内も幾分広くなった。サザは前の馬車の簡素な内装の方が好みではあったが、ユタカの窮屈さは軽減されていそうだ。
サザはふと、謁見中に考えたことを思い出した。
「国王陛下、思ったより優しそうな方でした」
「だろ? 髭が厳ついんだよな。前は生やしてなかったんだけど。陛下には長い間仕えさせて頂いたけど、国民のことを本気で考えている素晴らしい指導者だ。すごく尊敬しているし、おれの目標なんだ」
「そうなんですね……」
「だから、女王陛下と王子が暗殺されたことは、本当に残念だよ」
サザはユタカの口から「暗殺」という単語が出たことにぎくりとしたが、悟られないようにそっと一呼吸置き冷静を保った。
「そうですね。……領主様は暗殺者のことは、どうお考えですか」
「金のある所に仕事が生まれるのは必然だ。暗殺者以外にも汚い仕事は幾らでもある。暗殺者だけが疎まれる仕事ではない」
(汚い仕事……)
多くの人が暗殺者に抱くイメージだ。そういう言葉には慣れているが、それをユタカの口から直接聞くことは少なからずサザの心を波立たせた。
「でも、おれは国王陛下を尊敬している。だから、その伴侶と、息子の命を奪った暗殺者をおれは絶対に許すことは出来ない」
「……そうですね。その通りです」
ユタカの答えはどこも間違っていない。
イスパハルの国民として、最も正しい意見だ。しかし、その正しすぎる意見がサザの心を氷のように冷たくさせる。
(絶対に、絶対に。この人にだけは、私の正体がばれないようにしないと。私は、『普通の娘』だから。隠し通さなきゃ……)
—
イーサの城までの道のりの半分程まで来ただろうか。揺られている馬車の中でもユタカはずっと剣に手をかけている。
しかし、その表情から非常に疲れていることが手に取るように分かる。目の下のくまが朝より色濃くなってきた。
「あの、少し眠られてはどうです? 城まではまだ大分ありますし。昨日は殆ど休まれていないでしょう」
「いや、でも……おれはサザに何かあったら心配なんだよ」
(何て律儀なんだ……)
しかし、これだけ警備の兵がついているし、ここはもう王都トイヴォの町中ではなくイーサの田舎道だ。一番大きい森は抜けたので後はひたすら田畑の中を一本道を進んでいくだけだ。見晴らしが良すぎるのでこんな場所では襲われないだろう。
「領主様は十分に私を守ってくれています。国軍の剣士も護衛につけてくれてますし。近衛兵の皆は領主様のことを守りたいと心から思っています。それには疲れていたら休ませてあげたいという気持ちも含むと思いますよ。昨日は皆、領主様よりはちゃんと寝てますしね」
「……ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、ちょっと寝ようかな。サザの隣で寄りかかってもいい?こっちだと寝にくいから」
「ええ、もちろん」
ユタカはサザの向かい側から隣に座り直して微笑み、サザの頭に自分の頭を傾けて寄りかかった。
よほど疲れていたようで、ユタカはそのまま程なくして眠り始めてしまった。少し重たかったが、どうってことはない。
(この人はもう少し周りに頼っていいと思うけど、そうできない性格なんだろうな)
サザはユタカの顔に西日が当たらない様に、手を伸ばしてそっとカーテンを閉めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます