17.負傷
サザは馬を走らせて、全速力で城へ急いだ。サザの身体に掴まるユタカの力がどんどん弱くなっていく。
(早く、早くしなきゃ……!)
馬を走らせたサザがユタカを乗せてものすごい勢いで城に走り込んで来たので、中庭にいた近衛兵達は驚愕した。サザは近衛兵たちに向かって叫んだ。
「誰か、早く魔術医師を呼んで下さい!!」
「奥様⁉ なぜ馬に……領主様はどうされたのです?」
「森で襲われたんです、急いで!」
「城付きの医師を呼んできます!」
近くにいた近衛兵の若者の一人が馬で城の奥の建物へ向かった。
ローラとメイド達が表の騒ぎに気が付いて出てきてくれた。
「なんてこと……! 早く領主様をベッドへ運びましょう」
ローラが指示して、近衛兵に担架を持って来させ、手を借りてユタカをベッドのある部屋まで運んだ。サザはローラに包帯を持ってきてもらい、血まみれになったスカートの切れ端を外してもう一度止血し直した。
手伝った近衛兵達は、ユタカの様子を見て狼狽えている。申し訳ないが、落ち着かないのでローラ以外は一度部屋の外に出てもらった。
「……はあ……」
ユタカは薄く目を開け、苦しそうに喘いでいる。だんだん目が虚ろになってきている。出血のせいで顔色もだいぶ悪くなってしまった。
「もう少しで先生が来てくれますから」
「……」
もう返事をする力が無くなってしまったようだ。サザは思わずユタカの手を取った。
初めて自分から手に取ったユタカの手はまめと切り傷だらけで、明らかに戦場に立つ剣士のものだった。
(どうか……間に合って)
かなり危ない様子なので焦ったが、ほどなくして魔術医師が来てくれた。
イーサ城付きの魔術医師のネロは、小さな眼鏡をかけた小柄な白髪の老人だった。ユタカや近衛兵の怪我をいつも看ているという。
とても腕が良いようで、手際の良い治療でユタカの出血はすぐ抑えられたが、その後、容態が落ち着くまでは少し時間がかかったため、日が暮れてしまった。
—
ネロが治療に当たっている間に、サザは血で汚れた服を部屋の隅で着替えた。
店で買った服は服屋の店主が、既に城に届けてくれていた。
今日着ていたスカートは裾を破って包帯がわりにしてしまったので丈が短くなってしまったが、別の布を継いで上手く縫い直せばまだ着られるかもしれない。サザは自分の貧乏性を自覚しつつ、スカートを捨てずに畳んでクローゼットの奥に入れた。
そろそろ、昨日なら就寝した時間だ。ネロの話ではユタカはもう心配ないが、消耗した体力が回復するまでしばらくは眠っているという。
「奥様、あなたが応急手当てをされたんです?」
帰り支度を始めたネロが言った。
「え、ええ。一緒にいたので」
「非常に的確に止血されてましたね。傷以外にも、脇の下の太い血管に布を硬く巻いて圧迫している。心臓より上の傷なら、必ずこうすべきです。領主様が助かったのはこのおかげでしょうね。止血法を何処かで習ったことがおありで?」
「……たまたま以前に、そういう機会があって」
「さいですか。近衛兵は皆、学校で習うんですがね。本当は誰もがあった方がよい知識ですよ。何にせよ、身分の高い方が自らこのような手当てが出来るのは素晴らしいことです」
サザは暗殺組織にいた時に手当てを習い、施す機会はよくあったから慣れていたのだ。サザは不審がられたのかとひやりとしたがそうではなかったようで、ネロは目尻に皺を寄せ、サザに優しい笑顔を向けた。
サザが丁寧にお礼を言うと、ネロはいいのいいの、と手を振り、大きな往診カバンを持って帰っていった。
ネロと入れ替わりで、ローラがあたたかいお茶と小さなパンを持ってきてくれた。
「領主様がご無事で何よりですが……奥様、大変なことに巻き込まれて、さぞお疲れになったでしょう。簡単な食事を持ってきましたから、もし手をつけられそうでしたら」
ローラはサザを落ち着かせるように、優しく微笑んでくれた。
サザはお礼を言うと、ローラに、近衛兵の皆にユタカはもう心配ないと伝えてきてもらうように頼んだ。ローラはサザに頭を下げ、部屋を出ていった。
ユタカと部屋に二人きりになったサザは、ベッドの側の椅子に座り、暗い部屋でオイルランプの明かりに照らされたユタカの顔を見た。
深く眠っているようだ。
(この人の怪我は、完全に私のせいだ)
サザは、森での自分の行動を激しく後悔していた。本当は、サザはユタカを助けることが出来た。
自分が暗殺者である事を隠していたせいで、ユタカに死ぬ程の大怪我をさせてしまったのだ。
しかし、暗殺者が襲ってきたということは、必ず依頼者がいるはずだ。今日は依頼者から見れば失敗に終わったのだから、また襲われる可能性もある。
(依頼者を突き止めるまでは、何とかして私が領主様を守ろう。この人を暗殺者から守れるのは、暗殺者の私だけだ)
サザは寝息を立てるユタカを見つめながら、心の中で固く決意した。
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