星下軌道夜話(一)

 王宮がにわかに慌ただしくなった月末の前の夜。シェーラは流れる星空を横になって眺めていた。


 初めは閉ざされた貨物車の暗がりの中で、スウォンご自慢の魔石の消費量を極限まで抑えた特性低燃費魔石ランタンを囲んで過ごしてた。けれども、半日とたたずに閉塞感に耐えられなくなったスウォンが、異能を使って天井に大きな天窓を作ってしまった。そのとき、満足げなスウォンに「お前、研究室なら何ヶ月でも平気で閉じこもるのに、なんでたかだか五日も耐えられないんだよ」とロクロは呆れてしまった。開放感に水を差されたムッとして言い返そうとした一度飲み込んで「研究室と一緒にするな」とだけ答えた。

 ずいぶん後になって、スウォンは貨物列車の最後尾の積み荷が何か知っていたのだろうと、シェーラは気がついた。


 もちろん、シェーラは知っていた。貨物列車の一番後ろの車両には骨灰が積まれるということを。もちろん、すべての積み荷がそうというわけではない。廃坑の街モンテと周辺人口なんてたかが知れているし、死者の数なんてもっとだ。火葬され燃え残った骨灰は生前の地位や身分、種族すらも関係なく一緒くたにされ大きな布袋に詰められたものを、さらに内側に粘土で覆った木箱に詰めて、王都行きの貨物列車に積み込まれる。骨灰を気味悪がって王都まで積み荷の確認がまず行われないから、不法乗車の際は必ず一番うしろの車両が使われるのだ。

 いくら、冥界の入口である湖の聖女が冥福を祈ってくれるとはいえ、ずいぶん粗雑な扱いでシェーラはいい感情を抱いていなかった。と同時に、屍人防止処置エンバーミングされ棺ごと地中に埋められるのと、遺体にとってそう違わない気もするのだ。屍人とかして人を襲わなければ、ご遺体の行く末など生者には関係ないことだ。だって、埋められた棺の中で遺体がどう朽ちていくのか確かめようとする者などまずいない。あくまでも、墓は墓標、あるいはそこに遺体が埋まっているという事実のみが重要なのだ。

 火葬法が施行された今では、各家庭の冥界の女神を祀った祭壇が墓標の代わりとなっている。


 閑話休題。

 骨灰のある閉ざされた空間で王都まで数日過ごすなど、普通の人はのっぴきならない状況でなかったらごめんだろう。特にロクロは。今、その事実を知らない彼はのん気にいびきかいて寝ている。


(駄目だ。全然眠れない)


 別にロクロのいびきも、ベッド代わりの木箱の硬さも、規則正しい揺れも、気にならない。どこだろうと眠れる彼女の寝付きが悪いときは、たいてい考えごとをしてるうちに目が冴えてしまうパターンだ。

 小さくため息をついたシェーラは、静かに起き上がり星明りを頼りに靴を履く。毛布で体を覆って二人を起こさないように気をつけながら、薄明かりの中木箱の隙間を縫うように進んでいると、ダイフクが行く手を阻んでいた。


(こいつ……)


 ロクロがスウォンが錬成したブラシで丹念にブラッシングしたせいか、薄明かりの中のダイフクは皓々と輝いているようで神々しさすらあった。でっぷりと太ってなければ、絵画の一枚になっただろう。しかし、シェーラにとってダイフクは忌々しいデブ猫でしかない。

 なぜか跨ぐのも躊躇する存在感に、引き返そうかと考えが過ぎる。と、ダイフクがあくびをした。シェーラの青とダイフクの紅の視線が交錯する。なんだかよくわからない奇妙な緊張感が走る。それも一瞬のことで、ダイフクは彼女に興味が失せたのか、のっそりと起き上がると暗がりに姿を消した。


(いったいなんなの、アイツ)


 ロクロがいくら躾けなおそうとも、仲良くなれそうにない。

 小さくため息をついて、彼女は静かに後ろのデッキの扉を開ける。吹き込む夜風を最小限に体を滑らせるようにデッキに出た。男たちを起こす前にと後手で扉を閉めるとき、ロクロのいびきが止んだ気がした。おそらく気のせいだ。


 灰気機関車は、麦畑を突っ切る土手の線路を進んでいた。星明りの中、青々とした麦畑がどこまでも果てしなく広がっているような錯覚に襲われた。

 夜の空気は少し肌寒いとはいえ、山間に比べたら心地よくすらある。

 ほうと息をついて、後ろに伸びる線路をじっと見つめる。

 夜間の灰気機関車は速度を落として走る決まりがあるのだと、スウォンが教えてくれた。その通りで、歩くよりも少し早い程度の速度でゆっくりと進んでいた。

 シェーラが見つめる線路の先にはモンテの街がある。


「あたし……」


 王都でやっていけるだろうか。

 まだ二日しか経っていないのに、もう帰りたい気持ちが無視できなくなっている。

 家を燃やしたときは、しっかり考えた上で覚悟を決めて行動したつもりだった。そう、つもりだった。今ならわかる。勢いで故郷を飛び出してきたのだと。

 スウォンは信用できると思う。まだ知り合って間もないから確信は持てないけれども。信用すると決めているけれども、頼りないのがなんだか不安だ。


(約束、守れるのかな)


 漠然とした不安を抱えたまま、王都に向かって大丈夫なんだろうか。一年分の衣食住の保証だけで、どうしてやっていけると考えたのか、あのときの勢いや熱はすっかり冷めてしまっている。

 この線路をたどって歩いていけば、おかみさんたちがいるモンテに帰ることができる。

 帰りたい気持ちは大きくなているけれども、王都の暮らしに対する憧れはなくなることはないのも事実。いつか王都に行くんだと、父は駄目だったけど自分こそは王都でお金持ちになってじいちゃんとばあちゃんにいい暮らしをさせてやるんだと、シェーラは大人たちに言い回るこまっしゃくれた子どもだった。おそらく、自分の生い立ちを聞かされたときに王都への憧れは芽生えたのだろう。

 グラグラ揺れる気持ちにため息をついていると、背後の扉が開く音がした。ビクッと肩を震わせて振り返ると、眼鏡を外したスウォンが笑いながら後ろ手で扉を閉めるところだった。


「眠れないの?」

「……うん。スウォンも?」

「いや、僕は白い魔物に起こされたんだ」


 そう言って苦々しく笑った。

 シェーラが起きたことも気づかずにぐっすり眠っていた彼は、ダイフクが腹部に飛び乗ってきた衝撃で起こされた。丸々と肥えたデブ猫に乗っ書かれてはたまったのもではない。小さなうめき声を上げ悶絶していたところに、後ろの扉が開く音が聞こえてきた。追手かと一気に目が覚め音を立てないよう体を起こすと、女性のシェーラのために作った即席の衝立が目に留まる。ズレている衝立から、彼女が外に出たのだと気づいた。すぐに戻ってくるだろうと再び横になろうとしたけれども、そこにダイフクが丸くなって邪魔していた。ジトッと白い魔物を睨んでから、スウォンは彼女の後を追ってきたというわけだ。

 その話を聞いて、シェーラは鼻を鳴らした。


「あたし、絶対あいつと仲良くなれない」

「いいんじゃないかな。食べ物の恨みは恐ろしいって言うし」


 狭いデッキで、二人並んで線路を眺める。

 スウォンもこうして夜走る灰気機関車のデッキに立つなんて初めてだった。初夏の夜の麦畑の静けさも、歩くよりも少し早い速度でゆっくりと遠ざかる景色も、彼にとっても新鮮だった。


「帰りたくなった?」

「えっ、あ……うん、ちょっと」


 不意打ちのような問いに、シェーラはスウォンの横顔を見て気まずそうに線路に目を戻した。


「本当にちょっとだけだから」

「うん、わかってる」


 虚勢を張る彼女を横目に見て、スウォンは「わかってる」と繰り返した。


「見知らぬ土地で新しい生活を始めるのに、不安にならないほうがおかしいよ。僕も、ラーマに行くとき、何度帰りたくなったかわからない」


 帰る場所もあって、見知らぬ土地でも知人がいたスウォンですらそうだったのだから、彼女の気持ちがわからないわけではなかった。


「今ならわかるけど、叔父上とのことがなかったらラーマに行くことはなかったってことは、あのときはそうとう感情的になってたんだなって。だからかな、行く途中で帰りたくなったのは。冷静にラーマでやっていけるか不安になってさ。でも、ラーマについたらそんなことすっかり忘れて留学生活満喫してて、結局杞憂だったんだよね」

「へぇ……」


 シェーラの気のない相槌に、スウォンは苦笑するしかない。友人らしい友人もいない彼でも、こんな話をされても困ることくらいわかる。


「今回のことも、そうだ。僕はラーマで大人しくしてるべきだったんだ。僕とキッフェ博士の個人間の問題では済まないことくらい、冷静に考えなくてもわからなきゃいけなかったんだ」


 きっと今頃、王宮でラーマとラズベル国への対応で揉めているだろう。


「でも、ロクロにそそのかされてラーマを脱出したことは、後悔は全然まったくこれっぽっちもしていない。だって、シェーラに会えたんだから」

「なにそれ、意味わかんない」

「そんなことはないだろ」


 嘘偽りのない事実を言ったのに、シェーラに呆れられてしまった。


「今日のシェーラの話のおかげで、余裕で国王裁判に臨めるんだから。本当にいくら感謝してもしきれない、僕の恩人だよ」

「あれは、あたしの想像だよ」

「君の推理は、ただの想像で真実と違うかもしれないけど、説得力がある。それにシェーラだって言ってたじゃないか。筋が通った話で国王と世間を納得させればいいだって。そこに真実は必要ないんじゃないかって」

「それは……」


 確かに言った。

 昨日、スウォンから事件の話を聞いて、今日の昼間シェーラなりに考えて推理を披露した中で確かにそのようなことを言った。


(そんなつもりで話したんじゃないのに)


 国王と三公といった錚々たる顔ぶれの前で、自分の素人推理が披露されるなんて、予想できるわけがない。

 とはいえ、この素直というかひねたところのない好青年の濡れ衣を晴らす一助になれたのは、嫌ではない。むしろ、嬉しいまである。

 これほどこそばゆい気持ちになったのは、初めてかもしれない。素直に気持ちをあらわにするのはなんだか恥ずかしくて、うつむいてしまった。

 彼女のそんな胸中を知ってか知らずか、スウォンは神妙な面持ちで話を戻す。


「なんか話がそれてしまったけど、僕が言いたいのは、シェーラの帰りたい気持ちになるのは当然だってこと。生まれ育った土地を離れて新しい暮らしを始めるのに、不安にならないほうがおかしいってこと。で、悔しいけど、僕に君の不安を拭ってあげるられない。自分で言うのも何だけど、やっぱり僕って頼りないだろ」

「そんなことない」

「いいんだ。僕が非力だってことは、僕が一番よくわかっている」

「……」


 そんなこと言われてしまったら、何も言えないではないか。

 シェーラを困らせたかったわけではない彼は、「だから」と線路に向かって少しだけ声を大きくした。


「だから、王都に着いたら、シェーラに会わせたい人がいるんだ。彼女なら、君に必要なものを用意してくれるはずだから」

「あたしに必要なもの?」

「そう、住む家とか仕事とか。他にも悩みや困ったことがあったら何でも相談に乗ってくれると思う」

「えーっと……」


 前者は確かに必要なものだけれども、後者はどうなのだろうと、シェーラは困惑する。


(むしろ大丈夫なの、その人)


 理由もなく親切すぎる人は、信用するな。

 一人でも生きていけるようにと育てられたシェーラが警戒するのは、当然のことだった。


(まいったな。警戒するのは無理ないけど……)


 彼女の胡乱な目に、スウォンは困ったように笑って頭をかく。


「エマっていうんだ。僕の従姉。つまり不忘卿の娘。彼女は、君のように女一人でも生計を立てていけるように支援活動をしてるんだ。エマはきっと君のことを気に入ると思うよ」

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