☆FUTONN☆
寅田大愛
第1話
☆FUTONN☆
夜の日課。お風呂から上がった。また布団のなかに入ってまったりしたくなった。寝間着を着て、顔に化粧水と乳液をぬって、髪をドライヤーで乾かして、歯を磨いて、寝る準備万端、にして、布団に向かう。布団のなかはひんやりと冷たく、あたしを歓迎してくれているような気がした。きっとあたしの気のせいだろうけど、布団は心底あたしのことを熱愛してくれているような感じがして、
「ちょっと布団? 鬱陶しいよ」
とすら小声で言ってしまうくらいだった。普通なら、そこで終わるのが一般的だが、あたしの布団はちょっと違う。
《布団はいつでもきみの味方だよ。ずっと一緒にいたじゃないか。きみのこと、全部ぼくは受け止めるから、なにも心配しないでぐっすり眠るといい》
この際だから言ってしまうけど、家の布団は、こうやっていつも心のなかであたしにしょっちゅう優しい言葉を話しかけてくれるのだった。これがあたしの妄想や幻聴なのかは知らないけれど、布団はいつも彼氏気どりで甘い言葉を囁いてきて、あたしを虜にしようとしてくる。
他の布団は、絶対にそんなことはなかった。あたしの家の、あたしの長い間使っている、くたくたのうすべったいあたし専用の布団だけは、こうやってあたしに愛の言葉を毎晩伝えてくるんだ。それがなぜなのかは、あたしは知らない。
《安心しておやすみ。今日は怖い夢を見ないといいね》
「布団、うるさいよ」
《だってぼくはきみのことを愛しているから》
「馬鹿ね」
《本当なんだよ》
「布団のくせに」
《布団じゃなければ、きみは愛してくれたのかい?》
「知らないよ」
あたしは小声でぶつぶつ言うのをやめて、眼を閉じた。いつまでも布団と会話してる場合じゃない。あたしは眠るんだ。そもそも布団が話しかけてくれるわけないのに。あたしは病気がひどすぎる。
《病気だって構わないさ。ぼくには、きみの温もりさえあれば、心が温かくなってくるのがわかって嬉しいし、きみの寝顔を見るのがなによりもぼくの喜びだからね。体調の悪いときは、いつでもぼくを頼ってほしい》
ん?
「布団、しゃべりすぎ。気持ち悪いよ」
《…………キモチワルイの? ぼくが?》
「少しならいいけど。たくさん話すのは、やめてくれる?」
《こんなにもきみを愛しているのが、伝わっていないんだね。ぼくはきみが本当に小さいときから見てきて、大事に守ってあげてきたっていう自負があるのにさ。小さかったきみ、本当に可愛かったな。おふとんさん、だいすきーとか言ってくれてたし。ぼくは嬉しかったんだよ。嘘じゃない》
「あたしのことを愛しているなら、もうこれ以上口を利かないで」
《…………わかったよ》
冷たいねえ、と布団は言ったきり、沈黙してしまった。
その日の布団は、そんな感じだった。ちなみに掛布団と敷布団は同一人物である。セットだから、たぶん人間でいう上半身と下半身みたいなもの、あるいは寝間着で言う上下みたいなものなんだろうということがなんとなくわかった。布団があたしの頭のなかに情報を提供するために干渉してきている、ということに一瞬後に気がついてから、この布団とずっと一緒にいるとよくないのでは? という嫌な予感が脳裏をよぎったが、そのときにはもう、あたしは眠りに落ちていた。布団め。あたしに睡魔をよこすほどの霊力まで備えているなんて、悪質な奴。
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