この恋と記憶は借り物で

村乃枯草

プロローグ

これで僕は変われる

 三m×五mほどの、白い壁が無機質な部屋。中央に、部屋の雰囲気にやや不似合いな、天板が木目のカフェテラスを思わせるテーブルと、テーブルに色調を合わせた木製椅子が二つ。テーブルの上には十cm四方の黒いスピーカが載っている。

 そのテーブルを挟んで、若い男女が向かい合って座っている。

 青年は黒いTシャツとジーパンのラフな姿。女性は白のブラウスに、薄い青色で丈の長いスカートをあわせた清楚な姿。街中で別々に歩いていた二人を引き合わせたように、ちぐはぐな二人だ。

 二人にはそれぞれ、首の後ろに装置が載せられている。横十五cm×縦五cmほどの黒いベルトが後頭部に当てられていて、その右側からケーブルが伸びていて、後ろ襟に載せられた筆箱ほどの白い箱に繋がっている。女性は髪が肩まで伸びており、後ろ襟のところで髪が装置に乗って段を作っている。

 部屋には窓があり、窓の反対側は腰の高さから壁一面を覆う鏡が貼られている。その鏡はマジックミラーで、その奥には別の部屋がある。その部屋では四人の男女が、事務的な長テーブルの前に置かれたパイプ椅子に座って、マジックミラーを挟んで向かいの部屋の男女を見ている。

「Aさん、あなたのお名前はなんですか?」

 マジックミラーに遮られて中が見えない部屋から男性がマイクに話しかけると、その声は見られている部屋のテーブルの上にあるスピーカから流れた。

 見られている部屋の女性は驚いたように目を丸くして、ためらいがちに答える。

「佐上(さかみ)……優希(ゆき)です……」

 マジックミラーに隠された部屋の女性が、ノートパソコンの表計算ソフトで、一つのセルにチェックを入れた。

 マジックミラーに隠された部屋の男性は、再び話しかける。

「Bさん、あなたのお名前はなんですか?」

 見られている部屋にいる青年はは、テーブルの上のスピーカから声が発せられると、一つ大きく息をして慎重に答える。

「千波伊里弥(せんば いりや)です」

 マジックミラーに隠された部屋の女性は、表計算ソフトで、また一つセルにチェックを入れた。

 見られている部屋の男女は挙動も対照的だ。女性はやや戸惑って目線が泳いでいる。それを青年は落ち着いて見ている。そして彼は大きな期待をポーカーフェースに押し隠している。

 彼はこう思っている。

 これで僕は変われる。

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