あやかし駄菓子屋商店街 化け化け壱花 ~ただいま社長と残業中です~ 参 付喪神

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

岡山に出張ですっ


 今日もまったり時間が過ぎているあやかし駄菓子屋。


 倫太郎が文字焼きにハマって以降、ストーブでなにか焼くのが流行っているのだが。


 今日は高尾たかおたちが餅を焼いていた。


 少し焦げた餅のいい香りが店内に漂う。


「醤油と砂糖ありましたっけ?」

壱花いちかが言い、


「俺は、きなこがいいな」

と倫太郎が言い、


「私は餡子あんこをのせてたべたいですね」

と高尾の側で張り込みする刑事のように、焼け過ぎないか餅を観察している冨樫とがしが言った。


「まあ、待て待て」

と高尾が菜箸を手に笑って言う。


「こいつは、つきたてだから、まず、なにもつけずに食べてみろ」


 高尾は最初に焼けた餅を、ずっと焼けるのを待っていた子河童と人間の男の子に化けている小狸たちにやっていた。


「そうだ、壱花」


 ふいに思い出したように、倫太郎は言い、こちらを振り向く。


したのお前は知らないかもしれないが、今度、海外に出張することになった」


 いや、社長、一言余計ですよ。


 その話に、下っ端、いらなくないですか?


 ただ海外に出張することになったと言えばいいだけなのに、本当に一言多……


 ……って、海外!?


「それ、日帰りでっ?」

と壱花は慌てて訊いた。


「海外だと言っただろう」

 腕組みをした倫太郎は渋い顔で言ってくる。


「パ、パスポートもなしに海外に飛んでしまうではないですかっ」


 壱花はこの店の営業が終わると、いつも倫太郎の寝ている場所に飛んでしまうのだ。


 目覚めたら、パリ、とか。


 目覚めたら、ロンドン、とか。


「目覚めたら、タヒチとか。

 目覚めたら、ハワイとか。


 目覚めたら、バリとか……」


「妄想を炸裂させるな。

 仕事で行くんだからな……」


 リゾート地ばっかりじゃないかと倫太郎に言われてしまう。


「海外まで飛べるといいね。

 途中で海に落ちたりして」

と高尾が次の餅を焼きながら笑っていた。


 いや、あれって空中を飛びながら移動してるのですかね。


 私が未確認飛行物体になってしまうではないですか……。


 そのとき、

「ま、いいんじゃないですか?」

とゴソゴソと店内の餡子ときなこを探しながら、冨樫が言ってくる。


「よく考えたら、風花かざはなは夜になれば、この店に飛ぶわけでしょう?


 だから、この間の大阪だって、ほんとうは放っておいても、こっちに帰ったはずですよね。


 社長が次の朝までに戻っておけば。


 連れて帰らなくても、靴買ってやって、夜まで大阪の街に放っておいたらよかったんですよ」


「……冨樫さん」


「靴買ってやって、ってとこに、冨樫のやさしさを感じるな」

と倫太郎はしみじみ頷くが。


 靴だけ渡されて、大都会に放り出されたおのれを想像した壱花は、


 いやそれ、なにもやさしくないですよね……? と思っていた。


 それでなくとも方向音痴なのに。


 やり始めで操作が慣れないゲームのキャラのように、大阪の街でライフルを手に何処にも進めず、ぐるぐる回転しているおのれを想像した壱花は思わず、叫ぶ。


「ひどいです~。

 人を呪わば、穴二つですよ、冨樫さん~っ」


「いや、今、呪ってんの、お前だよな?」

と倫太郎に言われてしまったが。


「まあ、それはともかく、来週末、出張になったんだ」

と言い出す倫太郎に、高尾が訊く。


「へー、来週末なんだ?

 何処行くの?」


 そういえば、海外としか聞いてなかったな、と思ったとき、


「岡山」

と倫太郎が言った。


「……岡山って海外だっけ?」

と餅を手に高尾が言い、


「……九州とか四国とか北海道とかは、ある意味、海の向こうですけどね」

と壱花が呟く。


「いや、海外は今度行くんだ。

 来週は岡山」


「それ、日帰りになりませんかね?」

と壱花は思わず言って、


「お前が俺のスケジュールを決めるなよ……」

と言われてしまう。


「まあいい。

 とりあえず、お前も会議に帯同しろ」


「えっ?」


「今回は役立たずでもいいから」


 ……どういう意味なんですかね。


「どうせ飛んでくるんだろ?

 話がややこしくなるから、出張のときは最初から来とけ。


 ああでも、まだたいして役にも立たないのに。

 毎度、お前を連れてってたら、あらぬ噂が立ちそうだな」

と倫太郎は社内での立場をうれう。


「やっぱり、冨樫を連れてって。

 お前は冨樫について、勉強するってことにするかな」


 そういろいろ算段してみているようだった。


「まあ、ちょっとは空き時間があるから、何処か行けるぞ」


「えっ? そうなんですか?

 実は岡山に、おばあちゃんちがあるんですよ」


 観光じゃないのかという顔を倫太郎はするが。


「出張先と近いかはわかりませんが。

 行けるなら行きたいですね~。


 おばあちゃんちの辺りも、ちょっと走ったら、いろいろ観光できる場所あるんですよ。

 吉備津きびつ神社とか」


 それを聞いた倫太郎が、

「そうか。

 俺も行ってみるかな」

と言い出した。


「お前のおばあさんも見てみたいし」


「えっ? 何故ですか?」


「いや、どんな人から血がつながって、こうなったのか興味があるから」


 倫太郎はマジマジと壱花を見ながら言ってくる。


 ……いや、どういう意味なんですかね?

とまた思ったとき、


「餅、焼けたよー」

と高尾が笑って言ってきた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る