第29話 パーティについて

 この国に来てからの魔物との初戦闘を終え、ルーデルス王国に戻ってきた。

 依頼の完了の報告をするためにギルドに向かっている。


 俺は今の状況に戸惑っていた。俺の腕にモルナが抱きつき腕を絡ませ、こちらを上目遣いで見てくる。


「勇者さま、この後私と一緒にお食事でも如何ですか?」


「……悪い、この後用事があるんだ。それとアレスでいい」


「わかりました、アレス様。残念ですが、お食事はまたの機会にしますね」


「あ、あぁ」


 なんだか急にグイグイくるな。

 国に戻ってきてから距離が異様に近い。今も腕を絡ませたまま歩いている


「……少し離れてくれないか?」


「私にこうされるのは嫌でしょうか」


「えーと……」


 僅かに目を潤ませてこちらを見てくる。本当にあざといな。

 出来れば離れてもらいたいが、無理やり振り払うほどではない。

 なんとか穏便に離れてもらうことは出来ないだろうか。


 隣ではエリンの視線がどんどん冷たいものになっていく。リオンやキーラ達もエリンの機嫌が悪くなっていることを察したのか一言も喋っていない。

 一番たちが悪いのは、この空気を作っているモルナが全く気にしていないという点だ。


 これからエリンと話があるのだから機嫌を損ねるようなことは避けたい。

 なんと言えばいいか考えているとリオンから助け舟が出される。


「モルナ、アレスが困っているから離れた方がいいよ」


「わかりました。アレス様の戦いぶりがあまりにも凛々しく素敵だったので、私ったらつい……」


 恥ずかしそうに、はにかみながら離れてくれた。

 ちらりとエリンの方を見るが、機嫌は直っていないようだ。後で美味しいものとかご馳走してご機嫌をとらなくてはいけないかもしれない……


 そうこうしているうちに冒険者ギルドに到着した。


「僕が依頼の報告を済ませてくるよ」


 リオンはそう言ってギルドの中へと消えていった。

 しばらくすると受け取った報酬を持ってギルドから出てきた。


「簡単な依頼だったから報酬は少ないけど、綺麗に分配するね」


 リオンから分け前を受け取る。


「それで、パーティの件なんだけど……」


 どうしよう……特に問題はなかったから断る口実がない。それに、ここにいるリオン達が原作と同じではない可能性だってあるのだ。

 昨日出会って、一緒に依頼を一回こなしたくらいでは何もわからない


「…………」


 どうするべきか考えていると、モルナが言葉を発した。


「たった一回一緒に戦っただけではわかりませんよね。もう何度か一緒に依頼をこなしてみてから決めませんか?」


「そうだね、強い魔物と戦えなかったから僕たちの力もあまり見せるとこが出来なかったし……」


「どうでしょうかアレス様?」


 有り難い提案だ。パーティを組むならばもう少し情報が欲しい。俺はまだ、リオンやモルナ達のことを何も知らないのだ。


「そうしてもらえると助かる。悪いな」


「いえ、パーティを組むのですから慎重になって当然だと思います」


 他のみんなも嫌な顔はしていない。


「何回か依頼を一緒に受けてから決めさせて貰う」


「わかりました」


「僕もそれで問題ないよ」


パーティの件は取り敢えず保留という形になった。


 軽く別れの挨拶をしてから、今日のところは解散した。


 宿に帰ってからエリンの意見も聞きたい。

 そのためにも若干ご機嫌斜めなエリンをどうにかしなくてはいけないな……


 ◆◆◆◆


 宿に戻ってきてもまだエリンの機嫌は完全に直っていなかった。

 帰る途中でおいしいものを食べて少し回復したのだがまだ足りていないようだ。


「エリン、機嫌を直してくれよ」


 ベッドに座りそっぽを向いている。


「別に機嫌悪くないし」


 どう考えても嘘だ。昔からエリンの機嫌を損ねてしまうことが多々あった。そのほとんどは、なんで機嫌を損ねてしまったのかわからないものばかりだったが、取り敢えず謝ることにしていた。

 だが、今回機嫌が悪い理由はわかっている。


「モルナさんに抱きつかれて良かったね」


 やっぱりモルナのことだった。

 いくらパーティを組むかもしれない相手だからと言って油断しすぎだった。村にいた頃とは違い、みんなが気心の知れた間柄ではないのだ。油断し過ぎだったかも知れない。

 エリンは安易に近づかせてしまうほど気が緩んでいたことを怒っているのだ。


「別に喜んでいたわけじゃ……」


「鼻の下伸ばしてたくせにっ」


 伸ばしていなかったと思うけど……

 どうやって機嫌をとるか考えていると、急にエリンがベッドから立ち上がる。


「はぁ、わかった、許してあげる。そのかわり――」


 エリンがこちらに手を伸ばし腕を広げる。

 怒っていないと言っていたくせに、許してあげるとはどういう事なのだろうか? 余計なことを言うとまた怒るので黙っておく。


「ん」


 子供の頃エリンを怒らせると仲直りの印としてハグを求められていた。いつの間にかそれが二人の中でルールのようになっていた。


 最後にエリンの機嫌を損ねたのはかなり前だったが、このルールなくなっていないようだ。

 久しぶりでかなり気恥ずかしいが、これ以上時間をかけるのは勿体ない。

 ゆっくりと近づきエリンを抱きしめる。


「……っん……」


 エリンの胸が俺の胸に押しつぶされて形が変わるのが分かる。


 女の子特有の甘い匂いや、体の柔らかさに必死に耐える。

 心臓の鼓動が早くなっていることが自覚できる。早く終わらせたいが、俺に決定権はない。エリンが満足するまで終わらない。


 どれくらいの時間経ったかわからないが、しばらくするとエリンが離れる。


「今回はこれくらいで許してあげる」


「どうも」


 エリンの耳がほんのり赤くなっていた。


 これでようやく話ができる。


「パーティの件なんだけど、エリンはどう思う?」


「うーん、まだ一回だからよくわからないけど、悪くなかったと思うよ」


「そうだよなぁ」


「ホブゴブリンと戦った時も、リオン君と上手く連携して戦えたし……」


 そうなのだ。エリンとリオンは初めての割に上手く連携できていた。相性は悪くないのかも知れない。実力的にも他のメンバーも問題ないように感じた。加護を持っているのだから弱いわけはないが……


「アレスは、リオン君達とパーティを組みたくないの?」


「いや、そう言うわけではないけど……」


 出来れば組みたくないが、なんて言ったら良いかわからない。


「初めての事で不安になる気持ちもわかるよ。私も不安だし。だからゆっくりと考えればいいと思うよ」


「そうだな」


「リオン君達も待ってくれるみたいだし、焦らなくていいと思うよ」


 安心させるようにエリンが笑顔を向けてくる。


「ありがとう。少し気が楽になった」


「気にしないで。話くらいならいくらでも聞くから」


 エリンのおかげで少しだけ気持ちが軽くなった。もう少し様子を見てから考えよう。

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