第22話 条件

 しばらく固まっていた聖女が動き出す。


「ど、ど、ど、どうしてですかぁ?」


 こちらに体を乗り出すように問いかけてくる。


「えっと……どうしてと言われましても」


 行きたくないからである。王国に勇者として呼び出されると面倒なことになるだろうし、あまりメリットを感じない。他の勇者ともあまり関わりたくないし……


「支援も膨大な報酬も出させていただきます。それでも来ていただけないのでしょうか?」


「えーと……」


 別に金持ちになりたいわけではない。普通に冒険者になるだけでも、十分生活していく金は手に入る。それに、高ランクの冒険者になればそれだけで金持ちになれるしなぁ。


 聖女はわたわたしている。最初はしっかりした人ってイメージだったが、今の姿はどこか間抜けな感じがする。


「お、お願いです。教会には絶対に連れてくるって言ってしまったんです! 何でもしますから!」


 うん? 今何でもって言った?

 まぁ、別にして欲しいことなんてないけど……


「既に三人の勇者が居るではないですか。話を聞いた限りでも彼らはかなりの実力を持っていると思います。彼らだけでは不十分なのですか?」


「確かに教会としては彼らに協力して貰えることになっています。ただ、彼らはそれぞれの国に散らばっています。貴方様に来て欲しいのはルーデルス王国です」


 ルーデルス王国と言えば、この村から一番近い国だ。各国からちょうど中心部分に位置しているため、商人が必ずと言っていいほどそこを通るため金回りも良く、色々な物が集まる国だ。


「ルーデルス王国には勇者様がおりません。是非貴方様のお力を貸していただきたいのです」


 うーん、原作通りならルーデルス王国に行くと、厄介なことになる

 どうやって断れば諦めてくれるか考えていると、後ろからスーツに身を包んだ初老の男が出てくる。


「聖女様、ここからは私にお任せください」


「わかりました。よろしくお願いします」


 出てきた初老の男は俺と目を合わせると、人が良さそうな笑みを向けてくる


「はじめまして勇者様。私の名は、ホーゼスと申します。ここからは私が交渉させていただきます」


 目の前の男は交渉担当のようだ。まるで俺が断るとを予期していたようだ


「もしかして、断るとわかっていたのですか?」


「いえ、可能性があるという程度です。他の勇者様方も何かしら要求を受ける事で協力を約束してもらったのです」


 そうだったのか。無闇に協力する奴の方が信じられない。もしかしたら他の勇者はまともな人間なのかもしれない。


「参考までに他の勇者はどのような要求をしたのか聞いても良いでしょうか?」


「もちろんです。火の魔法をお使いになる勇者様は、どんなに燃やしても燃やし尽くすことのできない存在を見つける事」


 やばい奴だった。


「次に剣の使い手は、自分を打ち負かすような剣の使い手は見つけ出す事」


 戦闘狂かよ……。


「最後の勇者様は、自分に痛みを与えられる存在に会いたいそうです」


「……は?」


 思わず疑問の声が出てしまった。ホーゼスさんもなんとも言えない顔をしている。


「途中から加護を得たらしく、それからというもの痛みを感じることが少なくなってしまったらしいのです。だから痛みを感じたいそうなのです」


 反応に困ってしまう。ただの変態にしか聞こえない。


「私のような非才の身には理解が及ばないです」


 いや、普通は理解できないと思う。

 どうしよう……真人間かもと思ったけどそんな事なかった。全員やばい奴だった。

 より一層関わりたくなくなった。


「早速交渉に入らせてもらいます。私達に出来ることならば可能な限りやらせていただきます」


 そんなこと言われてもな……隣を見ると心配そうな表情をしているエリンがいる。その横には不安そうな村長さんが俺とホーゼスさんの話を聞いている。その表情を見てあることを思い出した。


 この村はルーデルス王国によって支えられている面があることを思い出した。ルーデルス王国から来る行商人から物を買ったり、売ったりしている。村の中には成人を迎えるとルーデルス王国に行き働く者もいる。

だからルーデルス王国と関係が悪くなるのはまずい。このまま断り続けるとこの村にとって不利益なことになりかねない。俺はこの村も、皆んなのことも大好きだ。いくら悲惨な運命を回避するためとは言え村の皆んなの平穏を犠牲にするのは絶対に無しだ。


 それにここ数年村はあまり良い状況とは言えない。これ以上追い討ちをかけるわけにはいかない。

 ならば俺の出す要求は一つしかない。


「一つだけ思いついたものがあります」


「伺いましょう」


「俺はこの村のことが大好きです。少しでも村の皆んなが生活しやすいようになって欲しいと思っています」


「なるほど。勇者様はこの村の支援が力を貸していただくための条件ということですね」


「はい」


 自分からは具体的な要求を敢えて出さない。


「では、この村に資金を定期的に寄付させていただきます。額はこのくらいでいかがでしょうか?」


 提示された金額に思わず言葉を失った。ギリギリ表情には出さなかったと思う。

 提示された金額はこの村が村全体で稼ぐおよそ三年分だ。

 何も言わずに黙っていると、ボーゼンさんが参ったと言わんばかりに肩を竦める。


「わかりました。これではどうでしょう? その上、行商人のルートにこの村を通るようにさせていただきます」


 提示された金額は一気に倍に増えた。

 隣で村長さんは目を大きく見開いている。エリンも口が空いている。

 黙っているだけでここまで金額が上がるなんて思っていなかった。


「まだ足りませんか? これ以上は我々も厳しいです」


「いえ、この条件ならば力を貸します」


 少し動揺で声が出て震えてしまったかもしれない。


「寛大な選択ありがとうございます。すぐに国に持ち帰り対応させていただきます」


 ずっと黙っていた聖女の方を見ると、なぜか感動したような視線をこちらに向けている。


「村を思うその心。まさに勇者様です!」


 そんなこと無いと思う。他の勇者がやばい奴なだけだと思う。

 最後に確認しなくてはいけないことがある。


「最後に一つよろしいでしょうか?」


「はい。なんでしょうか?」


「エリンを――、彼女を一緒に連れていくことは可能でしょうか?」


「アレス?」


 俺はエリンと一緒に村を出ると約束したのだ。その約束は守るつもりだ。


「勇者様と一緒にいくことは私共に止める事はできません。ただ、実力がないと命の危険があります」


「それなら問題ありません。彼女は強いですから」


「本当ですか?」


「はい。聖女様ならばお分かりになるのではないですか?」


 ホーゼスさんが視線で聖女に問いかけている。


「彼女からも加護の気配がします」


「なんと!? そうだったのですか。これは失礼なことを申しました。申し訳ございません」


 ホーゼスさんがエリンに頭を下げる。


「い、いえ。気にしないでください」


「ありがとうございます」


 ホーゼスさんは俺の方に視線を向けると微笑む。


「勇者様にとって彼女はとても大切な存在なのですね」

 うっ……さっきエリンに実力がないみたいな言われ方をされ少し感情的になってしまった。恥ずかしい。


「はい。大切な存在です。これからずっと共に歩いていきたいと思っています」


「素敵ですね」


 そう言ってホーゼスさんは目を細めた。



 それから出発などの具体的な動きを話し合いお開きとなった。話していた時間はさほど長くなかったが疲れてしまった。


 家に帰ろうとするとエリンに呼び止められた。


「アレスが勇者だって言われてすごく驚いたよ」 


「あぁ、俺もだ」


「なんだかアレスが遠くに行っちゃうような気がして不安だった。でも、アレスが共に歩いていきたいって言ってくれてすごく嬉しかった」


「エリンが隣にいないなんて考えられない。これから大変なことが沢山あるかもしれないけど、力を貸して欲しい」


「ふふっ、もちろんだよ! どんな事があっても私はアレスの味方だよ」


 そう言って笑う姿はとても魅力的だった。しばらく俺はその姿に見惚れていた。

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