第197話 この日を祝して!

 魔素が揺れ動き、空間が裂ける。


「はぁ……」


 何も無い場所に一瞬にして姿を現した存在。

 この世界でも限られた一部の者しか使う事ができない転移魔法で姿を表した美女が疲れを滲ませながら溜息をこぼす。


 パチン!


 軽く指を鳴らすと同時に、美女が纏っていた美しい白いローブが掻き消え。

 次の瞬間には彼女の美しく、誰もが見惚れるだろう身体の曲線がハッキリとわかるネグリジェ姿へと変わる。


「ふぅ」


 流石に透けてはいないが、窓から差し込む淡い夜の光を受けてクッキリと身体の影を浮かび上がらせる程には薄い生地のネグリジェの裾を揺らし。

 この場を見れば男女関係なく頬を赤らめるだろう妖艶さを醸し出しながら柔らかな椅子へと腰掛ける。


「流石に疲れたわ」


 友人である聖女リナの話を元に作った人をダメにするクッションに身体を沈み込ませ。

 軽く天井を仰いで呟く彼女の脳裏に蘇るは先程まで行っていた会議の記憶。


 本当ならほんの数時間程で終わり、後は旧友達とたわい無い世間話に花を咲かせ。

 ゆったりとした時間を過ごす予定だった話し合いの場に突如として舞い込んできたギルドからの通達。


「6人の魔王……」


 6人の魔王の誕生と、それに伴う新たな魔王と言う勢力の台頭。

 仲間と共に討ち滅ぼした魔王……旧魔王に関する声明。

 そして、それらに追い打ちをかける3人の魔王による3カ国連合の滅亡……


「はぁ、全く……面倒な事をやってくれるわね」


「ははは、お疲れ様でしたマリアナ様」


「えぇ、疲れたわ。

 ワインでも用意してもらえるかしら?」


「そう仰るだろうと思いまして、とっておきの物をお持ちいたしました」


 そう言って男が柔らかく微笑みながらワインのボトルをマリアナに差し出す。


「ふふふ、用意が良いわね」


 男が差し出したワインのボトルを前屈みになった事でその妖艶な谷間を覗かせながら受け取る。


「ふ〜ん、見た事のない銘柄ね」


「ご安心を。

 恐らくは今までマリアナ様がお飲みになられてきたどのワインよりも極上のモノだと断言致しますよ」


 微笑みを浮かべながら楽しげに試すようなマリアナの視線を向けられても、一切の澱みなく柔らかな笑みを絶えず浮かべる男が言い放つ。


「ふふふ、そう、それは楽しみだわ。

 いれてくれるからしら?」


「勿論です」


 側に控えていた男が恭しく、先程マリアナに手渡したワインボトルを受け取ると。

 コルクを抜き取り、いつの間にか用意されていたのグラスへとワインを注ぐ。

 そんな男の姿を目を軽く細めて眺め……


「それで、貴方は何者なのかしら?」


 僅かな殺気を宿した妖艶な笑みを浮かべたマリアナの言葉を受けて……


「そう言えば自己紹介がまだでしたね」


 男は特に気にした様子もなく、何でもないかのように変わらず笑みを浮かべたままマリアナへと向き直り。


「はい、どうぞ」


 ワインの入ったグラスをマリアナの前の机に置いて、当然のように彼女の対面のクッションへと腰掛ける。


「さて、私が誰か。

 ふふふ……久しぶり、いや初めましてと言うべきかな?」


「貴女は……」


「私はしがないただの悪魔。

 さぁ、大賢者マリアナ……ふふっ、この日を祝して乾杯しよう」


 常に絶やさず笑みを浮かべていた男の姿が消えて、姿を表した白銀の髪をした少女が自身の分のグラスを掲げた。

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