第177話 集いし魔王たち その1

「おいおい、マジかよ」


 溢れんばかりの膨大な魔素エネルギーと身に纏う圧倒的な覇気。

 覇者と呼ぶに相応しい風格の男。


 未だに魔の領域と呼ばれる大陸東方部、魔素濃度が高いその地にて君臨する一勢力。

 人間を遥かに凌駕する高い身体能力を誇る生粋の戦闘種族、獣人族ライカンスロープ達の住う国。


 規模こそそこまで程大きくは無いが国民の大半が戦士である強国、獣王国ビスバロニス。

 中でも精鋭である獣王軍に所属する戦士は一兵卒に至るまで一人一人が冒険者規定でBランク以上の実力を誇る。


 そんな獣人族の頂点に君臨する覇者。

 獣王レオンは、たった今目の前で起こった出来事に苦笑いを浮かべる。


「まさか本当に強制転移させられるとはな」


 3日前、突如として目の前に転送されてきた一枚の招待状。

 張り巡らされた結界を潜り抜け、獣王たる自分ですらその場に出現するまで感知する事すらできなかったと言う驚愕に値する事実。



 どうやら招待されたのは俺だけじゃ無いようだな。



 自身の身体能力とスキル。

 持てる力を出し惜しむ事なく発揮して油断する事なく周囲を探り、レオンは瞬時に判断を下す。



 見たところ、同様に転移させられたのは見知った者達。

 招待状に書かれていた通り、魔王を名乗ったヤツらを集めたようだが……



 それを成したであろう存在、眼前にて椅子に腰掛ける少女へとレオンは鋭い視線を向け……


「お前ら、アイツには手を出すなよ」


 自身の背後にて周囲を警戒しながら控えている2人の側近へと静かに告げる。


「レオン様?」


「それは一体……」


「お前らじゃあアイツには勝てねぇ」


「「っ!」」


 レオンの言葉に側近が息を呑む。

 それも仕方ないだろうなと思いながらも、目の前の存在を。

 完成された美貌と呼ぶに相応しい様相の、無表情ながらも何処か楽しげな少女を見据える。


 確かにスキルでの解析結果はとるに足らない。

 そこそこは強いだろうが、獣王たる自分が気にする程でもない程度の魔素エネルギー量。



 それこそ、獣王軍の戦士なら誰でも勝利を収める事ができる程度だろう。

 が……さっきから全身の毛が逆立つ。



 培われた感覚が。

 鋭く研ぎ澄まされた本能が。

 目の前の少女を油断できない強者だと警鐘を鳴らす。



 面白い!



 獣王レオンはニヤリと笑みを浮かべる。

 あの少女は果たしてどれ程の存在なのか、あの小さな身体にどれだけの力を秘めているのか。


 戦って負けるとは思わないが……決して油断できないと本能が告げる存在。

 ここに転移させられた他の者達と同様に、数少ない自分と同格であろう少女。


「フッ」



 果たしてどっちが強いのか。

 いつか戦ってみたいもんだ。



 楽しげな笑みを浮かべて、溢れんばかりの膨大な魔素を身に纏い。

 獣王レオンは、2人の側近を背後に引き連れ円卓に5つある空席の一つに腰掛けた。






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 太陽の暖かな光が降り注ぎ、柔らかな風が緩やかに吹き抜ける美しい森の中。

 そこは妖精族ピクシーの王が統べる、妖精の楽園。


「ねぇ、貴方はコレどう思う?」


 森の中央に聳え立つ、天を衝く程に巨大な大樹。

 神樹ユグドラの内部に造られた、周囲の森を……妖精の森を一望できる部屋にて、一人の美女が軽く首を傾げる。


 淡い金の髪に、その背中に広がるは蝶のような美しい黄色の羽。

 妖精の森を統べる妖精族が王……妖精女王カトレア。

 そんな彼女に相対するは、体長2メートルは優に超える巨漢。


「ただの悪戯……とはとても思えぬな」


 鍛え上げられた肉体、切長の瞳に鋭い視線。

 筋骨隆々と言うに相応しい体型に威厳あるオーラを纏った美丈夫。


 大地との親和性の高く、大地を操る巨人族ジャイアントの頂点に君臨する王にして、大地の支配者と恐れられるソルエールは軽く溜息を零す。


 自然を、植物を支配し操る妖精王、妖精女王カトレア。

 大地を支配し操る巨人王、大地の支配者ソルエール。

 両者が挟むテーブルの上に置かれているのは金色の装飾がなされた2枚の漆黒の封筒。


 3日前、突如として目の前に出現した魔王を名乗る存在を集めた魔王会議なるものの招待状。

 破壊できないように不壊の魔法が付与された招待状に僅かに残る強大な魔素エネルギーの残滓。

 僅かに残ったその残滓ですら2人の王の目は誤魔化せない。


 この招待状の送り主は、自らの前に立っていられるだけの強者。

 果たしてそれ程の存在が。

 少なくとも人間の中では最強クラスの実力を誇る勇者ノアールと同等の力を持つだろう存在が、意味のない悪戯をするだろうか?


 否、その可能性は限り無く低い。

 悪戯で妖精族と巨人族の王たる自分達の。

 魔王を名乗った自分達の不興を買うかもしれない真似をするバカはまずいないだろう。


 招待状に記された時刻に何も起こらなければそれでいい。

 しかし、もし仮に何か起こるのだとしたら…… だからこそカトレアとソルエールは警戒を怠らない。


 それでいて永き時を生き、退屈を持て余す2人の王は何かが起こる事を。

 暇潰しになる余興が起こる事を僅かに期待しながら、たわいのない話を交わしつつ招待状を眺めてその時を待ち……


「これは……」


「よもや、事実だったとはな」


 光に包まれ、視界が切り替わった事に。

 自分達が強制的に転移させられたと言う事実に。

 この場に集められた魔王を名乗る強者達。

 そして、それを成したであろう一人の少女……


「はっはっは! 面白い事になったではないか!!」


「ふふふ、少しの退屈凌ぎにはなるかしら?」


 巨人族の頂点に立つ巨人王、大地の支配者ソルエール豪快な。

 妖精族を統べる妖精王、妖精女帝カトレアは妖艶な。

 2人の王はそれぞれ笑みを浮かべて円卓を囲む空席に腰掛けた。

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