第31話「クレメンツァの希望の夜明け」

 バタンッ。


 突如教会の扉が開き、もう二人の乱入者が現れる。

 一人は修道着と落ち着いた雰囲気を纏った女性であり、もう一人は無邪気な少年である。


「テーア! フェデリコ!」


 その正体を見るなりロレンツォが思わず叫ぶ。

 テーアは余裕そうな笑みを見せ手をひらひらと振る。フェデリコは教会内をキョロキョロと落ち着きなく見ている。


「久しぶりに祈りに参加してみたら、随分と教会内の様子が変わってるじゃない。チャーチベンチも一つ黒く塗り直したのね。オシャレに模様替えでもしたのかしら?」

「テーア! キミの参加を村長であるボクが許可した覚えはないぞ!」

「これはこれは、ロレンツォさんじゃないの。私はあなたより上の司教命令でここに来てるのよ」

「ケパッレ! クソッタレ! 司教だと!? そんなやつどこにもいないだろ!」


 そんな必死の叫びを無視しながら、テーアは修道着の中からある物を取り出す。


「皆様、これに見覚えがありますか?」


 それは、独特の模様をしたお面であった。

 確かクリスタンテ家でフェデリコがお祭りの時に使うと話していた代物である。今テーアが持っているお面は、クリスタンテ家で見たお面の模様とは異なっている。


「これは、ロレンツォの家で発見された祭り用のお面よ」

「それはボクのじゃないか! 不法侵入だぞ! ボクは許可なく他人を入れたことなんてただの一度もない!」

「まあまあ、そう焦らないでね。これはある事件の証拠みたいなのよ。そうよね、フェデリコくん?」


 テーアがそう言いながらフェデリコにそのお面を渡す。

 手にした途端、みるみる内に表情が変化する。無邪気な雰囲気は消えていき、表情が引き締まったその様はまるで別人である。


「これだ」


 そう断言する口調には、一切の迷いはない。


「これだって、どういうことかしら?」

「――僕とジュストを殴ったのは、このお面を着けた男だ」


 五年前に殴られ、フェデリコが脳に障害を負うことになった事件。

 その記憶が鮮明に蘇っているのか、フェデリコはは怒りを漂わせながらロレンツォを見据える。


「そういうことみたいね。それじゃあ、このお面の持ち主は誰だったの?」

「この模様は、ロレンツォ村主任のものだ。祭りの時に、よく見ていたから間違いないよ」

「え? ということは、殴った犯人は――」

「茶番をやめろ!」


 二人のやり取りを、ロレンツォはありったけの声量で制止する。

 フェデリコが村主任と呼んでいるのは、当時の記憶から進んでいないからと推測する。


「どういうことだ? レベッカはボクを裏切り者扱いし、テーアは僕を犯罪者呼ばわり! どうかしてるよ! そうだよね? 皆!」


 同意を求めるように叫ぶが、あまりの事態の展開に混乱しているのであろう。村人同士がどうしたら良いのかと互いに目線だけ交換し合っており、誰も声を発しない。

 その沈黙に対し、ロレンツォは不安げに目線を移しながら頭をかく。


「大体さ、ボクのお面だからってボクがやった証拠になるわけ!? 他の人が勝手に使った可能性だってあるだろ!」

「あら? 今しがた勝手に他人を入れたことはないって言ってなかった? それに、ロレンツォさんのお面を被って殴った事実は否定しないのね?」

「そ、それは……言葉のあやというものだ! 揚げ足を取るな!」

「――じゃあ、これ着けて喋ってよ」


 二人が押し問答をしていると、フェデリコがこれまで見せたことのないような冷めた口調で言い放つ。


「は? え? あ?」


 その様子にロレンツォが狼狽えている。

 何も知らない立場から観察すれば、次々に大きな事態に襲われているため不憫でならない。それでも計画を知っている私からすれば、地獄へとはたき落とす対象の一人でしかない。


「あの時のことは、絶対に忘れないよ。見た目も、声も、話したことも、何もかもね。だからさ、ロレンツォ村主任……」


 一拍置いて、フェデリコはロレンツォに至近距離まで詰め寄る。


「これ、着けてよ」


 そして、ロレンツォを見上げながら顔先にお面を突き付けた。目付きは鋭く逃げることを許していない。

 その眼光に恐怖を感じたのか、ロレンツォは思わずヒイと短く声を出して何歩か後ろに下がる。その姿は誇り高き村長ではなく、未知の恐怖に怯える一人の男に成り下がっている。


「ぐ、ぐう……」

「ロレンツォさん、まさか着けられないなんてことはないわよね? それともまさか、犯人さんとかだったりするのかしらね?」

「う、う、うるさい!」


 テーアの問いを全てを否定するかのように、目を瞑りながら出鱈目に手を振り回す。


「え、偉そうに! フェデリコ! お前は頭を殴られてから、まともじゃないんだろう? ここにいる裏切り者達にそそのかされてるだけだ! だったら、頭のおかしな、お前が、何を、言った、ところで、誰も信じちゃくれない!」


 激しく動揺し、唾を撒き散らしながらどなり散らす。


「本音が出たな、ロレンツォ」


 やり取りの最中、イブキが割り込む。

 ここで面の皮の厚い男が、空気を読まずに登場である。


「な、何を言ってるんだ!」

「さっきレベッカに言ってただろ? フェデリコは大切な村人だってな。それなのに、頭のおかしな狂人扱いか? 外部者の俺は別に何とも思わないが、クリスタンテ夫妻や他の村人はどう思う?」


 そう言うと、イブキはクリスタンテ夫妻をチラリと見る。


「ロレンツォ様、愛息子に対して何と仰いましたか?」

「あ、え、いや……」

「それと、ずっと疑問に思ってたんだが、チーロ村主任は五年前の事件以降から、何故案内人になったんだろうな?」


 イブの一言で、クリスタンテ夫妻の不満が爆発した。温厚な仮面を脱ぎ捨てて、チーロが訴える。


「そうですよ。ロレンツォ様は私達に不当な扱いを強いました。これまで甲斐甲斐しく仕えてきたのに。あなたはいつも言っていましたね。必ずフェデリコを救うから我慢してくれと。それなのに、我が息子を狂人扱いなど許されません! この裏切り者が!」

「い、いや……だから……」


 ここでロレンツォは、自らの言葉の選択に失敗したことに気付く。それでも、その過ちを取り戻すことはできず、付け入る隙を与えてしまう。

 テーアがニヤリと唇を歪めながら口を開く。


「そうよね。殴られたショックで引きこもったジュストくんの父親は、村主任から外されちゃって、私も何故か宿泊人にされちゃったのよね。どうしてかしらね?」

「ぐぅ……」

「おい! 村長を貶めるような発言は許されないぞ!」

「そこまでしになさい。裏切ってるのは紛れもなくあなた方よ」

「そう言えるのは、あなた達デ・パルマ家は良い思いをしてるからじゃない? そこの村主任三人を見てご覧なさいよ」


 テーアが顎をしゃくりながらそう指図する。

 私が名前も知らない村主任三人は、まさか自分達が指名されるとは思わなかったのか、体が硬直している。


「あら、置物と間違えたみたいね。それとも、ご主人様の許可が無いと喋れないのかしら?」

「いい加減にしろ!」


 ロレンツォが答えをさえぎるように叫ぶ。


「天使様は言ったんだ! この村の処遇は我々に任せると! だったら代表である村長の私の判断こそ全て! ジュストを処刑し、レベッカを火あぶりにし、テーアを打ち首にし、外部者を天の裁きに処す。なあ、そうだろ!?」


 同意を求めるが反応はない。それでも助けを請うかのように誰かに目線を合わせようとするが、フランチェスコとファビオラを除いて誰もまともに合わせようとない。

 ロレンツォに仇を為す者達を始末するはずの熱気は、どこかに消え失せていた。


「頼むよ、皆。どうか、どうか、頼むよ」


 懇願しているにも関わらず、助けはない。

 つい先程までは自身の勝利を信じて疑わなかったはずなのに、空気が一変している。

 あまりの風向きの変わりようを受け入れられないのか、誰かが反応してくれることを諦めようとしない。


「おい! 誰か! 何とか言えよ! おかしいだろ! こいつらを始末するんじゃなかったのかよ!」

「無駄な足掻きね。さあ、ジュストくん。懺悔の時よ」


 必死の叫びを無視して、テーアがジュストへと言葉を促す。


「プリンチパティ様。私はあなたに、全てを打ち上げ悔い改めます」

「ようやく聞けるのですね。それではどうぞ」

「私はかつて自らの才能に溺れた、傲慢極まりない人間でした。そのせいで、多くの人間を傷つけてきました。その過去を変えることはできませんし、犯した過ちは償い続けます。そして、私はその事実に気付いた時、あろうことか逃げることを選んでしまったのです。天使様や村の皆様の期待を裏切ってしまいました。それからはただただ現実から逃げ続け、自分の空間から出ないことこそが正解だと勘違いしていたのです」


 ジュストは悲痛に訴える。プリンチパティはこくこくと頷く。


「それが五年間、司教という役割から逃れ続けた理由なのですね?」

「その通りです。それからは、救いようのない五年間を過ごしました。だれとも会わず、やることと言えば自衛のためのマジーアを磨くのみ。愚かな日々でした」

「そうだったのですね。ですが、あなたは今こうして私の目の前に立っています。それは何故ですか?」

「まずは懺悔で述べました通り自らの愚かさに気付くことができたからです。そして、それは一人の女性が気付かせてくれました」


 ここでジュストがレベッカの方を見る。視線を返すレベッカも、心なしか頬を赤らめている。


「ここにいる、レベッカ・トンマージです。私にとって運命の女性が、全てを変えてくれました」

「運命の女性、ですか」


 プリンチパティとしてはその言葉の意味を図りかねるのか、そのまま呟く。

 ここからが、ジュスト・メノッティとレベッカ・トンマージの正念場である。

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