第24話「ヴェリタ」

 ジュストの家からレベッカと共に出て、会話を交わしながらメノッティ家へと戻る。


「いやあー、マジ最高だったわ」


 レベッカは両腕を突き上げ体を伸ばしながら、開口一番でとんでもない発言をする。


「どれが本当のお前か図りかねるな」

「だーから、コレが私の素だから」

「さっき見てて思ったんだが、お前はこのままで良いのか?」

「何が?」


 予想外の質問と言わんばかりにレベッカはキョトンとする。


「ジュストと結婚して仮に村を目論見通り奪えたとしても、さっきの演技ぶった信徒としてずっと生きていくことになるぞ」

「まあー、そうなるわね」


 レベッカは唇に人差し指をあて、宙を眺めながら思考してそう答える。

 どうやら当人にとっては大した問題では無さそうである。


「相変わらず軽いな。本当の自分はおざなりか?」

「フフ……イブキは面白いこと言うわね。本心隠して生きるのがさも苦痛って言い分だけど、そんなに素を出して生きることって素晴らしいことなの?」

「どういうことだ?」

「――案外、自分の素って思ってるよりも需要が無いわよ」


 途端にレベッカは冷めきった表情に変わる。

 予想だにせず繰り出された一言に、イブキは言葉を失う。


「私は色んな町を放浪したって言ったじゃない? だから色々見てきたの。貧しくて不幸な人達に限って、自分を剥き出しにして生きてたわ。でもね、豊かで恵まれた人達はその逆で、自分を隠して生きていたわ」

「それはもしかしたら、見てきた豊かな人達がたまたま――」

「そういう人だった、とか言うつもりでしょ? 私はサックバの血が入ってるから痛感するのよね。本能のままに生きる危うさを」

「どういうことだ?」


 本気で理解しかねるのか、イブキの質問口調はやや強いものになる。


「質問ばっかの男は嫌われるわよー。ま、別にいいけど。素で生きるってストレスが無いように思うけど、結果それで誰からも求められなければ、何の意味もないのよね」

「一人でありのまま生きて何が悪い」


 イブキの指摘にレベッカは鼻で笑う。


「孤独ぶらない方がいいわよ。短い付き合いでも分かるわ」

「レベッカに俺の何が分かる。俺は誰も求めちゃいない」


 語気を強めながらイブキは胸に手をあてると、まるで何かの存在を確かめるようにかきむしりながら掴む。

 レベッカはその様子を見ると、ため息をつきながらやれやれと首を横に振る。


「大体さ、これが本当の私とか言ってても、実際のところはどうかなんて分からないじゃない? もしかしたらイブキを好きかもしれないって言った私が本当かもよ?」

「そんなわけ……」


 ないだろ、とは断言できなかった。

 目まぐるしく移り変わるレベッカに対し、すっかり翻弄されていた。口を閉じて上手く言葉を出せないイブキをしばらく見ていると、悪戯っぽく笑ってみせる。


「あーあ、黙っちゃった。イブキって頭が良いのか馬鹿なのか、よくわかんないわね」


 ひと笑いした後すぐ真剣な表情に移り変わり、これまでの話題などどうでも良いかのように振る舞う。


「そんなことよりもさ、明日どうするの?」

「どうするって……」


 様変わりの速度に着いていけないのか、呆然と口を半開きにしている。


「私はジュストって切り札を祈りに誘い込んだワケじゃない? 天使を呼ぶんだったら、この上ない条件にしたの。更に言えば、さっきの過去話だと亜人が祈りに参加するにはそれなりのリスクが伴うらしいじゃない?」

「つまり、お膳立てはしたから後は俺の方でどうにかしろってことか?」

「そういうこと。それでイブキはどうしたいの? 天使殺したいとか言ってたじゃない」


 レベッカは試すように顔を覗き込んでくる。

 イブキは顎に手をあてながら思案すると、しばらくひて何かしらの決意をしたのか、顔を引き締めると自分の計画について話し始める。


「俺の考えでは――」


 そこからは、スラスラと計画について説明する。祈りでは何を目標にし、誰に何を依頼し実行してもらうのか。お互いの到達目標は何か。

 一通り内容を聞いたレベッカは満足そうに頷き、軽く拍手をする。


「――ふーん、面白そう。やっぱりイブキを選んで正解だったわ。ジュストは天使呼ぶ以外に能力無さそうだったし」


 いやいや、お前が選んだのはジュストだろ。

 心の中での突っ込みはイブキも感じていたようで、褒められたのにも関わらず煙たい表情をしている。


「あくまでお互いの利益に重なる部分があるから協力しているだけだ」

「そうよねー」


 レベッカは本気とは受け取っていないのか、半笑いで答える。それを見ているイブキの目付きや表情がみるみる内に変わっていく。


「最後に聞くが、レベッカは俺を裏切らないと約束できるか?」

「急にどうしたの? ここで約束できるわって言って信じるの?」

「お前がよく変わる人間なのは理解している。だから俺が何を言おうと無駄なのも理解している。それでも、もし裏切るというなら――」


 イブキの雰囲気が豹変しているのであろう。裏切るという言葉を発する時の凄みはこれまでにないくらい恐ろしいものである。

 それに追い付けていけないレベッカが、今度はたじろぐ番であった。


「一切の容赦はしない」


 全ての情けを捨てて吐き出すと、そのまま振り返ることなくメノッティ宅へと入っていく。

 レベッカは蛙に睨まれた蛇の如くしばらく固まり、少し時間が経過した後にメノッティ宅へと入っていった。



 ―――――――――――――――――――――――



 メノッティ宅に戻り、寝床につく。

 イブキの心の中は相変わらず読めないが、状態は把握できる。

 絶望にまみれていることは平常運転であるが、感情経験の部分に異常箇所が発生している。例の蓋は外れかけており、悪魔の私としてはそこに興味と興奮を抱いてしまう。


『起きればいよいよじゃな』

『そうだな』

『上手くいくといいのう』


 イブキがレベッカに話した計画は、つまるところ村の略奪そのものである。


『本来は祈りに参加せずに逃げる方が得策だ。天使の正体をロクに知らない現状で遭遇するのはリスクしかない』

『それならば、その道を選んでもよかろう』

『駄目だ。アンタとの契約履行以外に生きる理由を作らないと言っただろ』

『強情じゃのう』

『仮に契約違反を犯した場合にはどうなるんだ?』

『契約そのものがどう判断するかは分からぬが、重大な違反と判定した場合には契約解除もあり得るのう』

『それなら結局同じだろ。不確定要素が多くてもやるしかない』

『そうじゃな……』


 契約内容を提示した主犯としては、イブキの正論に頷くしかない。


『それにしても、お主は面白いのう』

『レベッカにも言われたが、俺はそんなに面白い人間か?』

『大層な。ポーヴェロに続きクレメンツァも変えようとしておる』

『別に俺は何も変えるつもりはない』


 心の中で苛立ちながらイブキは答える。


『そうじゃな。お主はあくまで契約履行が目的じゃからな。そういえば、時にイブキ』

『何だ』

『レベッカは裏切ると思うとるのか?』


 実はこの点がずっと気になっていた。出会って一つの街を越えてきているが、イブキは裏切りが大嫌いであることは承知している。

 どこか軽々しいレベッカをどこまで信用しているのか、イブキの口から聞いてみたかったのである。


『知らないな。あの女の本心は全く理解できない』

『お主はそう言いながら、どうもレベッカに肩入れしとる気がするな』

『どうしてだ?』

『仮に天使を殺すためだけであれば、本心を隠してレベッカを裏切りロレンツォに協力を求める方法もあったはずじゃ』

『この村で天使を殺すと言って納得しそうなのはレベッカくらいだろ』


 それは嘘であり、きっと本当の理由ではない。

 コミュニケーションに難があろうとも、このパートナーであればレベッカ以外でも天使と会う算段はつけられたはずである。


『そうじゃったな』


 本音を聞きたかったところであるが、そんなことを言っても口論になるだけなので、思考は心の奥のそのまた奥底にしまい込む。


『それと、ジュストのことはどう思っとるのじゃ? お主の感情経験の蓋が外れかけておったが、どこか刺激をするエピソードでもあったのかのう?』

『単に切り札というだけだ。俺はアイツに対しては自業自得という感想しか抱いてない』


 心の中の対話だというのに、苛立ちを隠さない表情で刺々しく返す様が容易に想像できる。

 つまりそれは、素直な答えではない。


『差別の対象となり居場所を奪われ、略奪を望むレベッカ。自身の才能から傲慢になった末に転落し、全てを失ったジュスト。どこかにイブキが重ねざるを得ない事情でもあるのかのう』

『知った風な口を聞くな』

『イブキ、妾は興味本位で聞いとるわけではない』

『黙れ』


 それきり無言になってしまう。

 まるでこちらからそっぽを向きふて寝をしてしまったような、そんな様子である。


 それでも、私との対話がきっかけで滞留していた心の渦が動き出す。

 誰かを求めて彷徨う渦は、ごぼり、と音を立てて二度目の濁流に私を飲み込んだ。

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