「アクタージュ act-age」の幕が下りるまで
赤キトーカ
2020/8/8〜8/15 アクタージュが打ち切られるまで
アクタージュ act-age〜 最終幕
夕方……。
その日の僕は、いつもにもまして、睡眠不足だったことを覚えている……。
前の晩から朝まで、ある劇の動画をネットでずっと見ていたのだった。
一昨年、
モデルやら、アイドル活動をしていた友人が出演していた朗読劇作品のシリーズで、
その二作目を、キャストを変えて再演したものだった。
今回は友人は参加しなかったし、新型ウィルスの拡大の影響で当日券も手に入れることはできなかったけれど、
前回の俳優の方を通してオンライン配信のチケットを買うことができたのだった。
劇……。
一昨年、三鷹の小さなスタジオで目にし、耳にしたその朗読劇が、はじめての舞台、というものの体験だった。
俳優、という人々を直接目にしたのも初めてだった。
朗読劇というかたちで、動きのあるものではないが、それは衝撃的な体験だった。
ただ言葉で朗読しているだけなのに、その作品の中にいるようで。
部屋の中ならその部屋が。電車の場面なら、車窓から風景が。まるで見える、いや、見えた。
これが舞台か。これが演出か。これが俳優か。
そう、強く思ったものだった。
その朗読劇を見てから、出演していた俳優の方が出演する作品を見に行ったり、そのスタジオで行われる舞台・劇を
時々見にいくようになった。
ずっと気になっていた、舞台という世界に入ることができたのである。
そしてその夜、配信で再演をじっくりと見た。印象的なラストシーンの世界に入ることができて満足した。余韻は心地良いものだった。
…………。
そう、昼くらいまで、少し眠ったと思う。
その日は一日家にいてもよかったのだけど。
携帯ショップに、SIMカードの手続きをする必要があったから、
だから夕方、適当に身支度をして、近くの携帯ショップに行こうとした。
Macが開きっぱなしだったから、閉じる前にいつものように、Twitterのトレンドを開いた。
いつもヤフーの「リアルタイム検索」を見るのだった。20位までのツイートランキングが見られる。
そこになぜか、上位に、アクタージュ があった。
2020年8月8日、午後4時50分のことだった。
「週刊少年ジャンプに連載している人気漫画の原作者の……が、10代の女性にわいせつな行為をしたとして、警視……」
その時、自分は何を考えただろう。
「多分自分一人では耐えきれないようなことが起ころうとしている」
と考えたのかもしれない。
それを見た瞬間に取った行動は、そのトレンドランキングに入っていた「アクタージュ」の内容……
トップに上記のNHKの報道が固定表示され、それを見た人々のコメント「アクタージュ終わった」「アクタージュどうなるの」というツイートの数々。
今見た画面をそのままスクリーンショットを撮り、アクタージュ仲間の友達に見てもらうことだった。
自分は、僕は、LINEで「えーーっ!」という文字と一緒に、このスクリーンショットを送っている。
よく見ると、NHKが報道して、ツイートしたのが午後4時47分。
「ふと」トレンドを見て、
スクリーンショットを撮ったのが午後4時50分。
虫が知らせたとはこのことかもしれない。
………………
どうすることもできず、とりあえず部屋を出た。
困惑しきっていた。
スクリーンショットを送った友達も驚いていた。
その時点では、事件の詳しい内容は入ってきてなかったし、
報道もされていなかったけれど、
その友達の女性は、まず「10代の女性に」という点に既に強いショックを受けているようだった。
「わいせつな行為」といっても、ひとつじゃない……。
合意があるもの、ないもの
行為、の内容
合意がないとしたら、どのようなものなのか
たぶん自分はそこを意識的、無意識に気にしていたのだと思う。
携帯ショップで店員と話しながら、ただ流れてくるツイートをリロードし続けていた。
手続きが済み、ショップを出る時、展示されている綺麗なiPadを指でコン、とつついてみた。
ブラウザがあったので開くと、ネットに繋がっているようだったので、少し探してみた。
それが6時17分。
目を疑うような内容の速報……。
路上で女子中学生の胸を触ったとして
強制
わいせつ
容疑で
自称ジャンプ漫画原作の
男
逮捕
胸を
自転車で追い抜きざまに
触っ
た
疑
い
この1時間後にも別の
女子
同様の
被害
に
遭
っ
て
お
り
最悪
最悪……
最悪だった
「最悪」
そう友人に呟いた。
僕は
iPadの前から
動けなくなった
店員も
おかしな客だと思ったろう
ショップから出ても
今度は駐車場にへたり込んでしまった。
何度も少年ジャンプ公式サイトを開いているうちに、
6時頃、ついに「編集部よりお知らせ」と称するページが追加された。
ーーーーー
この度、週刊少年ジャンプにて連載中の「アクタージュ act-age」原作者のマツキタツヤ先生に関する報道がなされましたが、この件につきまして編集部としましては重く受け止めております。
事実関係を確認した上で、適切に対処して参ります。
読者の皆様ならびに関係者の皆様にご迷惑とご心配をおかけいたしますことを、心よりお詫び申し上げます。
ーーーーー
この時僕が考えていたことは何か。
それは「自称」という言葉だった。
「おれはジャンプで漫画の原作を書いている」
と名乗ってるだけかもしれない……。
免許証なり、保険証なりを持っていて、その男が先生本人と確認できているなら、自称なんて付けない。
考えてみれば、「6月18日午後8時頃」だという。
現行犯ではないのだ。
事件があり、警察が裏で捜査を進め、犯人を特定し、逮捕のタイミングを狙って、捕まえた男が「マツキタツヤを自称している」「現段階でマツキタツヤと100%確認できていない」のは
おかしな話だ……。
報道されたのが、午後5時前。
警察は人を逮捕する時、逮捕した時、いちいち関係各所に「おたくの誰々を逮捕しましたから」なんて報告したりしない。
この時、午後7時頃。
5時頃報道されて、初めて少年ジャンプ編集部、集英社が知るのである。
原作者にまず、電話をするだろう。出て、「私は逮捕されていません」と確認できれば良かったのだろう。でもそれはできていない。
だから、「編集部よりお知らせ」では「マツキタツヤ先生の件につきまして」ではなく「マツキタツヤ先生に関する報道がなされましたが」なのだ。
まだ、本人と確認されたわけでは、ない……。
集英社が弁護士を警察署に向かわせて、確認をして、面会をして、話をして、間違いなく本人であると確認できて、はじめて大事になる。
−−まだマツキ先生と確定したわけじゃない だから今の段階では様子を見るしかない
そう考えていた。
Twitterは、もう、悲鳴でしかなかった。
「マジなのか」「嘘だろ」ほとんどがそんなツイートであふれていた。
しかし、
夜のうちには、ホリプロが公式サイトで、ジャンプ同様のコメントを発表。
2022年に、舞台「アクタージュ」が決定している……。
この7月には、国内、国外問わずの主演オーディションが行われて……1次審査は終了している……。
もしも。
もしも、連載が打ち切りになるようなことがあれば、本当にどうなってしまうのか。
舞台をテーマにした作品の舞台化、しかもホリプロ。
悪いことを考えれば、きりがないところまで来ている。
「被害に遭った中学生のことは考えなくていいのか」
という声もあるだろうけれど、その時点では、その余裕はなかったと思う。
時間が経つうちに、事態は進んでいく。
まず、ずっと気にしていた「自称」が外れはじめた。
共同通信とか、時事通信とか。産経新聞とかが、
明確に「ジャンプ連載中の漫画の原作者を逮捕」と断定的に報じるようになり、ヤフーのトップページにも掲載され始めた。
もともと「自称マツキタツヤ容疑者は大筋で容疑を認めている」とあるのだから、これはもうだめかもしれないと思い始めた。
さらに、テレビで報道が始まったようであった。
NHKやテレビ朝日が速報で流したというツイートが出始めた。
ということは、「裏が取れてしまった」ということになる。
あとはどうなるのか?
・少年ジャンプ編集部は連載を続けるのか、休載するのか。打ち切るのか。
・舞台、舞台のオーディションは続けるのか。中断するのか。中止するのか。
・作画担当の宇佐崎しろ先生について。
・出版予定だった単行本は刊行するのか。出版中止にするのか。
・これまで読み続けられてきた1〜12巻は絶版となるのか。
特に、Twitterでは、宇佐崎先生を心配するツイートであふれていたし、15日現在の今もあふれている。
連載中は自分も特に原作、作画、と強く意識してはいなかったけれど、宇佐崎先生は20歳前後の女性ということが情報として
広まっていた。
自分は単行本派なので、アクタージュをジャンプ本誌で追っているわけではなかった。
だから「大河ドラマ編のすごくいいところ」「ドラゴンボールで例えるなら、フリーザ戦で悟空がスーパーサイヤ人に覚醒したところ」だったと
言われても、わからない部分はある。けれど、新人女優の主人公夜凪と「大河ドラマ」という言葉を結びつけると、察することはできそうに思う。
ほとんど眠ることもできず、4時とか5時とかになってコンビニに行って、普段飲めないビールを買って店先で飲みながら、朝までアクタージュ・この事件のことを考え続けた。
事件のことだけが広がっていった。
8月8日が明け、9日になり、10日、ついに僕たち読者に向けたメッセージが少年ジャンプ編集部から発せられた。
『アクタージュ act-age』連載終了に関するお知らせ
去る8月8日、『アクタージュ act-age』の原作担当であるマツキタツヤ氏が逮捕されました。
編集部ではこの事態を非常に重く受けとめて、事実確認のうえ、作画担当の宇佐崎しろ先生と話し合いを持ちました。その結果、『アクタージュ act-age』の連載をこのまま継続することはできないと判断いたしました。 8月11日(火)発売の「週刊少年ジャンプ36・37合併号」の掲載をもって、連載終了といたします。
これまで多くの読者の皆様に応援していただいた作品をこのような形で終了することになり、編集部 としても非常に残念でなりません。しかしながら、事件の内容と、「週刊少年ジャンプ」の社会的責任の大きさを深刻に受け止め、このような決断に至りました。 ご心配、ご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。
編集部はもとより、宇佐崎先生は断腸の思いをなさっていますが、先生をサポートし、また作品を作 っていけるよう励んでまいります。 なお、コミックス等の関連刊行物やイベント等各種企画につきましては、関係各所とも協議のうえ、 決まり次第お知らせいたします。
このお知らせを、一言一言、あまりにも苦いこの言葉を噛みしめて、飲み込んだ。
噛んでは飲んで、噛んでは飲みこんだ。
もうマツキタツヤ「先生」ではない。
「宇佐崎しろ先生と話し合いを持ったこと」
「その話し合いの結果として連載を継続することはできないと判断したこと」
そして「宇佐崎先生が断腸の思いをなさっている」ということがとても胸が痛んでいる。
「先生をサポートし」
という言葉からは、いろんなことを考えてしまう。
作品掲載の機会をサポートする、という意味なのか、それとも他の、メンタル面でのサポートも含む意味があるのか……。
この打ち切りのニュースは、8月10日、NHKをはじめとして大きく報じられた。
当然といえば当然の、この決断。
これは少年ジャンプでは初にして、最悪のケースだと思う。
ホリプロは、これを受けてか、アクタージュ舞台化の中止、舞台主演女優オーディションの中止を発表。
いち読者に何ができるだろう。
ただお知らせと報道を聞き、受け入れ、飲み込んでいくしかない。
しかし、
8月10日から今日、8月15日まで、時期が時期なのかもしれないけれど、
読者のもとには新しい情報は、何もない。
とは言っても、連載終了の告知、舞台終了の告知以上の何を編集部が出せるというのか。
その事実のみを受け入れて、いくしかないではないか。
何を待っているのか、と言われれば、答えに窮してしまう。
失うということは辛い。
どうして2年後の舞台のオーディションが始まっている最中に、事件を起こしてしまったのか。
怒りもある。
それよりも、はるかに悲しみが大きい。
被害者はもとより
宇佐崎先生、編集部、そしてマツキ先生も
この作品に関わっていた人たちが心配でならない。
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