Act.15 君と僕の崩壊音。

(……ケイジ、オレは、本当は……――)


 出陣前、灰色の天使が打ち明けたことを、ケイジは仰向けに倒れながら思い出していた。

 紫色の髪のエルフ……ヒュライから受けたダメージは甚大で、今もなお、その体からは紅い液体が流れ続けて、いた。


 +++


「オレは、本当は、戦いたくないんだ。

 ミカとも……レジスタンスとも」


 懺悔をするように呟いた言葉に、ケイジはただ灰色の天使を見つめていた。


「だけど、戦うことがオレの存在意義だから……」


「ラファ……」


 泣き出しそうな顔で笑うラファエルの頭を撫でながら、ケイジは初めて双子の人工天使に逢ったときを思い出していた。


 ――双子は元々は孤児だったらしい。

 ケイジも詳しくは知らないが、ラファエルが言うには、光属性の魔力が強かった双子を政府が引き取り、“人工天使”として身体を作り替えたのだという。

 他にも双子と同じように魔力が強く、政府に引き取られた子どもたちもいたが……彼らは実験の過程で命を落としたり、精神崩壊をしてしまい、政府から『失敗作』と烙印を捺されてしまった。

 

 そんな唯一の『成功例』である“人工天使”の双子は、その後厳しい戦闘訓練を強いられ、そして実戦に赴いた。

 ケイジが双子と出逢ったのはその頃だったが、その数週間後に、ミカエルは政府から逃げ出した。

 政府軍の一員ではあるが、ケイジには逃げ出したミカエルを責めることは出来なかった。

 優しい子だったから、きっといつかこうなると……どこかで予測していた。

 まさか、レジスタンスに入り、実兄であるラファエルや自分たちの前に立ちふさがるとは思ってもいなかったが――


 +++


「ケイジ……!」



 血にまみれて動けないケイジの元に、レジスタンスリーダー達の砲撃から逃げてきたのか灰色の天使が舞い降りる。


「待ってろ、すぐに回復を……!」


 泣き出しそうなその声に、ケイジは緩く笑って、天使の頭に触れた。


「……回復、したところで……オレはきっと、もう」


「うるさいっ! 黙ってろ!」


 言葉を遮り、回復魔法を唱え始めたラファエルに苦笑いを零してから、ケイジは辺りを見回した。

 大量にいた政府軍も、もう残り少ない。

 いつの間にか加勢に来ていた他のレジスタンスたちも、何人か死んで……――

 ケイジはそこで、見つけてしまった。

 こちらに向けて闇属性魔法を放とうとしている銀髪の魔術師と、静かに凪いだ目で兄を見ているミカエルの姿を。


「……っラファっ!!」


 放たれた魔法は、灰色の天使を狙っていた。

 痛む体を無理やり動かして、ケイジはラファエルの前に立ち……黒い魔法を、受け止めた。


「……っケイジ――ッ!!」


 再び地に倒れた彼に、ラファエルが悲鳴を上げる。

 もう、今度こそ身体は言うことを聞いてくれない。

 ケイジは薄れていく意識に、必死に親友の……ラファエルの姿を映した。


「ラファ、悪い。でも、どうか……」


 悲しまないで。最期にお前を守れて、良かった。


 掠れた声で言葉を紡いで、そして黒髪の青年の意識は、もう二度と浮上することはなかった。


「あ……あ……ああ……っ!」


 動かなくなったその身体を、必死に抱き留めながら、ラファエルは嗚咽を漏らす。

 信頼していた。たった一人の理解者しんゆうだった。


(彼の笑顔を、最後に見たのはいつだっただろう?)


「あぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁッ!!」


 薄暗い研究室だけが、自分たち双子の世界だった。

 その世界に彩りをくれたのは、彼だった。

 辛い実験に泣きじゃくる弟を慰めてくれた。三人で他愛のない会話をするのが好きだった。

 彼と共に過ごす時間は楽しかった。笑っていた。


 たったひとりの、たいせつな、ともだち。



「……まえ……お前ぇぇぇぇぇッ!!」


 ラファエルは彼を殺した魔術師……カルマに向き直った。

 だが、その直後、ラファエルの眼前に純白の天使が立ちふさがり、彼にしては酷く冷めた声で……言った。


「ラファエル……これが、失う痛みだよ」


 彩りをくれた。

 政府内という狭い世界だったが、そんな中で自分たち双子に優しく、親身になって接してくれたのに。


(なのになぜ、弟は彼の死に冷静でいられるのだろう?)


 冷たくなっていくその身体に触れ、ラファエルは呟いた。


「失う、痛み……」


「……――“永久より伝わりし暗闇よ,彼の者を喰らい尽くせ……『ダークネス・ナイトメア』”!」


 呆然としていたラファエルに向けて、カルマの漆黒の魔法が放たれる。

 灰色の天使は身動きすらせず、魔法を受け止めた。


「……ッ!!」


「……ラファ……」


 血にまみれ這いずりながらも、灰色の天使は親友の身体にすがりつく。

 その姿に、ミカエルは思わず視線を逸らした。


(これが、失う痛み。こんなにも……痛いんだ)


 死んだ親友の為に、出来ること。


(そうだ、“殺戮人形”に、そんな感情……必要ない)


 目の前の忌々しいレジスタンスどもを、一人残さず殲滅すること。


(本当は、嫌だ)


(だけど、ケイジの死を無駄にしたくない。それしか、オレには出来ない)


「ラファ……お願い、もう降伏して……?」


「……黙れ」


 弟のコトバに、ラファエルはキツい眼差しで彼を見やった。


(どうして、ミカ、どうして……ケイジが死んだのに、お前のせいで死んだのに!!)


「……ケイジをコロシタ。ユルサナイ……お前らは、排除スル……――」


 だが、口を開いた天使の声は、ノイズが混じったような、歪なモノだった。


「……ラファエル……?」


 ミカエルが恐る恐る声をかける。すると、ラファエルは突如絶叫した。


「あああアアああああああアアアアアアアアアあああッ!!」


 途端、灰色の天使のその翼が、機械のような骨格のみを残し散っていった。


「なんだ、ありゃあ……!?」


 驚くハリアに、悲しげな表情のミカエルが説明した。


「……僕たちは、“人工天使”。本来の天使族とはかけ離れた存在なんです。

 感情が高ぶると、壊れてしまう。ココロも……偽物の翼も」


 その分、攻撃力は上がるのだと、ミカエルはそう政府の研究者に聞いたらしい。

 説明を受けて、桜散サチが刀を構えた。


「なるほど、それはやっかいですね。……ですが、倒すのが不可能、というわけではないのでしょう?」


「それは、そうです、けど……」


 困惑するミカエルの頭に手を乗せ、カルマが桜散を呼んだ。


「桜散。最上級魔法を放つ。

 ……時間を、稼げるか?」


「もちろんですよ。私は……“人形”ですから」


 死なないカラダ。壊れないカラダ。

 だからこそ、桜散は笑ってカルマの提案を引き受けた。

 ……だが。


「いやです……! 今のラファエルは危険です!!

 さっちゃんが怪我をしたら……いや、です……!!」


 桜散の着物をつかみ、引き留めるミカエル。

 “人形”の少女はその手をそっと引き離し、ふわりと笑んだ。


「大丈夫ですよ、みっくん。死なない私が役に立つ場面なんて、ここくらいしかないんですから……行かせて、ください」


 ああ、でも、と、桜散は悲しげな表情を浮かべた。


「あなたのお兄さんを、殺してしまうことになります。

 もしそれが原因で引き留めているのなら……私は、みっくんをも殺しますが」


 その言葉に、ミカエルは一瞬息を詰めるが、すぐに口を開いた。


「……ラファエルは、殺して、ください……。

 あんな姿、僕も、ラファエルも……ケイジくんも、望んでいないから」


 純白の天使は、泣き出しそうな顔で笑った。


「壊れていく兄さんの姿は、これ以上もう、見たくない……」


「……なら、決まりだな。オレとカルマが最上級魔法を放つ。

 その間、あの機械天使の相手を頼むぞ、桜散」


 ハリアの指示に、カルマと桜散が頷く。

 そこでミカエルが、再度声を上げた。


「……ハリアさん。僕も、時間稼ぎに参加します」


 その視線の先には、壊れていく兄の姿。

 悲しげに笑みながら、ミカエルは言った。


「さっちゃん一人に任せるなんて、危険すぎます。

 いくらさっちゃんが不死でも……僕のココロが、許さない。

 ……それに……兄さんを壊したのは、僕ですから」


「……わかった。いいだろう。……だが、無理はすんじゃねーぞ」


 その決意と覚悟に絆されたハリアが、ため息を吐いてミカエルの頭を撫でた。


「はい、ありがとうございます」


 ミカエルは頷いて、尚絶叫を放ちながら壊れていく兄を見つめた。



(痛いよね。痛いんだよね、ラファ……)


 大丈夫。

 もうこれ以上、痛い思いをしないよう、……殺すから。


 壊れていくのは、だれ?



 Act:15 終

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