episode1-2 邂逅①
とあるファミレスの一角、放課後に友達と遊びに来たという風体の3人の少女たちが、何事かを話し合っていた。
少女たちの声は決して小さいというわけではないが、周囲の人間がその内容を聞き取ることは叶わない。そもそも聞き取ろうという気持ちすら抱くことが出来ない。
もしも関心を持たれることがあるとすれば、それは少女たちがみな違う制服を着ていることくらいだ。それとて、学校の違う友人だと自己完結して終わってしまう。
「それじゃあ、みんなもここしばらくはディストを倒してないのね」
腰元までのびる長い黒髪の、眼鏡をかけた真面目そうな少女。鶴来が怪訝な表情で確認するように呟いた。
議題はそれぞれの少女たちが最後にディストと戦ったのはいつか、であり、すなわち少女たちは魔法少女だった。
「最後に私が倒してからもう1週間くらいかな。こんなに間が空くことって今まであったっけ?」
波打つようにパーマのかかった淡い水色の髪の、優しげな少女。木佐山は虚空を見つめながら記憶を確かめるが、心当たりはないようだった。
少女たちは普段チームを組んでディストと戦っているが、場合によっては単独で戦うこともある。
木佐山はここ一週間ほどディストが出現していないことを、他の誰かが単独で倒しているのだと考えていたが、それは誤りだった。
「商売上がったりで参っちゃうね。あはは☆」
毛先がカールしているブロンドヘアの、制服を着崩した陽気な少女。熱尾が困ったように頭をかいた。
ディストを討伐することで、魔法少女たちは魔法界から一定のポイントを与えられる。そのポイントで直接物資を購入したり、現金に換金することも出来る。
魔法少女の中には、世界を守るためにではなく、ディストを狩ることで得られるポイントを目当てにしている者も多い。そういうタイプの魔法少女にとっては、ディストが出現しないのは死活問題となり得る。
「私が問題視してるのはそんな不純なことじゃないわ」
「不純じゃないし。お金ってすごく大事なんだから」
「今はそういう話じゃないって言ってるの!」
「なにさー。怒鳴ることないじゃんっ」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
木佐山は、会話を続けるうちに空気が悪くなりだした鶴来と熱尾を嗜める。二人の馬が合わないのはいつものことだった。かたや真面目で几帳面、もう一方が奔放で大ざっぱとなれば、軋轢が生まれるのは火を見るよりも明らかだ。二人が喧嘩をし始める前に仲裁するのは、木佐山にとっては慣れたものだ。
二人も喧嘩がしたくて集まっているわけではない。木佐山の制止を受ければ大人しく矛を収める程度の分別はある。
「鶴ちゃんは新人さんのことで話したかったんだよね?」
「そうよ。今まで私たちのサポートをしてくれていたジャックが、新しい魔法少女のサポートをするからと言って姿を見せなくなったのが大体1週間前。たぶん、この1週間はディストが現れてないんじゃなくて、新しい魔法少女が倒してるんじゃないかしら?」
「でもさー、新人がソロで1週間も戦い続けるなんてキツいっしょ? たまたまコモンしか出てこなかったなんてありえなくなーい?」
熱尾の言うことはもっともだった。成り立ての魔法少女がソロで倒せるのはコモンクラス程度。仮に才能のある優秀な魔法少女だったとしても、1週間ではナイトクラスが限界だ。
鶴来も熱尾の疑問については同じように考えていた。しかし、たまたまディストが一体も出てこなかったと考えるよりも現実味があるというのもたしかなのだ。
「私と鶴ちゃんの時みたいに2人で戦ってるんじゃないかな?」
木佐山と鶴来は魔法少女になったのがほぼ同じタイミングだった。最初から仲良くチームを組んで戦っていたわけではないが、お互いに助け助けられを繰り返すうちに自然と打ち解けチームとなった。熱尾が魔法少女になったのは2人よりもいくらか後だが、それでもソロで戦っていた期間はほとんどない。
「キサ、公式サイトはちゃんとチェックしておきなさい。この町で新しく魔法少女になったのは一人だけよ」
あらかじめ準備していたようで、鶴来がマギホンを木佐山に渡すと、魔法少女の紹介ページが開かれていた。
魔法少女は、名前順や地域順など、さまざまなくくりで検索できるページで個別に紹介がされており、咲良町の魔法少女の検索結果は現在4人。うち3人はここに居るとして、残る一人が新たに増えた魔法少女ということになる。
「タイラントシルフちゃんかぁ……」
紹介ページには名前と担当地域、簡素な紹介文のみが公開されており、それ以外の情報は一切掲載されていない。
この紹介ページに公開する情報はそれぞれの魔法少女が個別に設定可能であり、自身の写真や魔法、趣味趣向まで公開している魔法少女もいれば、今回のように必要最低限の情報しか公開していない魔法少女も存在する。
「あたしにも見せてー」
「この子は動画も公開されてないし、SNSもやってないから詳しいことは何もわからないの。ただ、この町の新人がこの子だけってことは間違いないわ」
情報量の少なさにすぐに飽きた熱尾がマギホンを返すと、鶴来はタイラントシルフという名前で検索をかけるが、まともな情報は出てこない。せいぜい匿名掲示板の新人魔法少女を語るスレッドでちらほら名前が挙がる程度。その書き込みにしても、正体不明の魔法少女について憶測を書き連ねているだけだ。
「で、この子が一人で頑張ってるとしてさー、そんなんここで話してもしょうがなくない? あたし的にはちょっと獲物譲ってよって感じだけどさ、つるぎっちはどうしたいわけ?」
「別に、積極的に私たちが何かしようってことじゃないわ。ただ、今後この子と欺瞞世界で会うこともあるだろうから、その時は気にかけてあげようってだけの話よ。
今はうまく行ってるとしても、一人で戦い続けるのは大変だろうから」
「あはは、鶴ちゃんらしいね」
なんだかんだと言って優しい友人に木佐山はつい笑ってしまう。自分もそうした優しさに助けられたこそ、こうしてチームを組んでいるのだということを思い出して。
「なーんだ、つまんない。てっきり縄張り荒らされて激おこなのかと思ったのに」
「だから、私はあなたと違ってそんな不純な動機で戦ってないって言ってるでしょ」
「へーへー、私がわるーございましたよーっと。じゃ、話し終わったならあたし帰るわ。きさっち、つるぎっち、また欺瞞世界でねー」
「またね!」
「ええ、近いうちに」
ひらひらと手を降りながら店を出る熱尾を見送る二人。
鶴来の予想では新人がソロで戦い続けられる日はそう長くは続かない。だから遠くないうちにディスト発生の通知が届くはずだと考えた。
とはいえ、まさしく今そうなるとは流石に誰も予想していなかった。
普段使いのスマホとは違う、魔法少女に特別に配布されている通信用端末、マギホン。外見はスマホとほとんど変わらず、機能もタッチ操作に対応している等ほとんどスマホのようなものだが、もちろんただのスマホではない。
スマホには出来ず、この端末で出来ることは数多くあるが、その中でも今回深く関係がある機能は二つ。
一つは、ディストが発生したことを通知する機能。魔法少女にしか聞こえないけたたましい警告音を発し、ディストの発生を伝える。
「っ!! ディスト!?」
「少し、しまらないわね」
マギホンに表示されたディストのクラスはバロン。木佐山たち3人で力を合わせれば勝てるレベルのディストだ。
ディスト発生の通知は、魔法少女が自分よりも圧倒的に強いディストに挑み命を落とすことがないよう、ある程度はどの魔法少女に送信されるか選別されている。しかしながら、日々成長していく魔法少女たちの実力を常に把握しておくことは難しく、魔法少女の実力に対して実際に割り振られるディストのランクにはある程度振れ幅がある。
ディストは弱い順に、コモン、ナイト、バロン、ヴィカント、アール、マーキス、デューク、キングの八段階にランク分けされている。例えば木佐山たちの場合、最弱であり一人でも問題なく勝てるコモンから、一人で戦えないことはないが危険、複数人で当たれば人数次第では勝てるバロンまでのディスト発生が通知されている。
「熱尾さんも来るはずよ」
「いこう、鶴ちゃん。転移」
「「転移座標:欺瞞世界・咲良町B区画」」
マギホンが持つもう一つの機能、それが欺瞞世界への転移。
2人の身体に複数の魔法陣が重なり、輝きを放ち始める。
ここまで、大音量で通知が鳴り響き、まばゆい光を発しているにも関わらず他の客たちが不振がる様子はない。
魔法少女に関する事柄については、その全てに認識阻害の魔法がかけられている。誰も魔法少女の変身を認識出来ないし、魔法少女について詳しく知ろうと思わない。何かの切っ掛けで小さな疑問を抱くことはあっても、すぐに霧散するようになっている。好意をや関心を抱くことは出来るが、悪意や疑心を抱くことは出来ない。
魔法少女という存在が社会に認知され、身近な存在として親しまれているにもかかわらず、一般人の悪意にさらされていないのは偏にこの認識阻害のおかげだった。
☆ ☆ ☆
「蹴散らせっ」
変身のキーワードと共に木佐山の背後に半透明な象が現れ、ゆっくりと重なり合うのと同時に制服が空色のヒラヒラとした衣装に変わる。淡い色合いだった水色の髪はビビットカラーの青色に変化し、ローファーは金属製のゴツゴツとしたブーツに変化した。
「魔法少女エレファント!」
☆ ☆ ☆
「切り裂け」
鶴来の目の前に両刃の大きな剣が浮かび上がる。その柄を掴むのと同時に剣は光を発し、光は鶴来の両手足を覆っていく。
私服が純白の可愛らしい衣装に変化した後、光は形を変えて白銀の鎧となり、最後にメガネがキラリと光りながら消滅し、白いコートをばさりと翻す。
「魔法少女ブレイド」
☆ ☆ ☆
変身するのと同時に転移が完了した2人は、すでに変身済みで欺瞞世界に先行していた熱尾を発見した。
「
赤と黒のすっきりとしたゴスロリ衣装の魔法少女。それが熱尾の変身する、魔法少女プレス。
プレスはすでにディストとの戦闘を始めていた。プレスに向かって走る3mほどの黒塗りの巨人に対して、右手をかざし魔法を発動すると、巨人は強烈な向かい風に吹かれているかのようにゆっくりとした足取りに変化した。
「
動きの鈍くなった巨人型のディストめがけて3本の剣が飛んでいく。当然、巨人はその剣を回避しようとするが、身体にまとわりつく圧力がそれを許さない。
頭部と首と心臓、それぞれ急所に突き刺さった剣はすぐに消滅し、傷跡から黒い靄が漏れ始める。
「
ディストは生物ではない。だから通常の生物にとって弱点となり得る部分を攻撃しても即死するわけではない。しかし、生物の外見を模しているからか、攻撃を受ければひるんだり悲鳴をあげる。
ディストに痛みを感じる器官が存在するのかは知られていないが、攻撃に対して無反応ではないということを魔法少女たちは知っている。
身体強化の魔法により常人を遙かに超越した膂力を発揮するエレファントが、攻撃を受けて一瞬動きの止まったディストを思い切り蹴り飛ばす。プレスとディストの間に割入ったことで、当然エレファントも圧力を受けているが、それすらも勢いに変えての蹴撃だ。
民家の壁を破壊しながら吹き飛ばされて遠ざかっていくディストを警戒しつつ、3人の魔法少女は合流した。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「大して変わんないって。例の新人ちゃんは来てないの?」
「今回のディストはバロンクラスよ。通知が行ってないんでしょうね」
「ふーん、そりゃ残念」
「お喋りは終わり。来るわ」
自らの肉体で下敷きにしていた瓦礫を踏みつぶし、怒り心頭といった様子の巨人が再度魔法少女たちに向かって走る。
「バカの一つ覚えじゃん☆
さきほどと同じように右手をかざして圧力の魔法を発動するプレス。しかし、巨人はその魔法をすでに一度見て学習していた。魔法が発動する直前、思い切り跳び上がり圧力の範囲から逃れた巨人は、そのまま魔法少女たちに向かって落下していく。
「んなっ!?」
あの鈍重そうな肉体で数メートルもジャンプするとは誰も予想していなかった。
プレスは急いで掌の向きを変えて巨人を追撃しようとしたが、それをブレイドが手で制し、2人を退避させる。
普段は発動の遅さや回避されやすいためにあまり使わない魔法だが、この状況でなら非常に効果的な魔法をブレイドは持っていた。
「
巨人の着地地点に魔法陣が現れ、そこから次々に剣が飛び出した。空中にいるディストにはそれを回避するすべはなく、全身を切り刻まれていく。
轟音と共にその巨体が着地したところで魔法陣が破壊されて剣は止まったが、同時に負荷に耐えられなかった巨人の足も崩壊した。
「お終い!」
苦しそうに倒れつつある巨人の頭部をエレファントが跳び蹴りで吹き飛ばし、勝負は決した。そのダメージを最後にディストは再生しなくなり、完全に消滅したのだった。
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