episode1-1 変身④

「良く決断してくれたラン! きっとその選択は良一の人生を良い方向に導くラン!」


 さきほどまでの殊勝な態度はどこへやら、嬉しそうに声を弾ませながらジャックは宙を飛び回る。

 喜びの感情を表現しているのかもしれないが、ひたすらに不愉快だった。こいつには人の感情というものがわからないのだろうか。


「御託は良いので早く話を進めて下さい。魔法少女になる、そのために私は何をすればいいんですか?」


 なりたいわけじゃないが、ならざるを得ない。だったらさっさと終わらせてしまいたい。


 俺の知っている魔法少女の知識は随分と古いものだ。玩具のような杖を振ったり、キテレツな呪文を唱えて変身するような、そんなイメージ。

 その昔、妹が見ていた魔法少女アニメを何となく一緒に見ていた。そういえばあの頃は、あいつが魔法少女になりたいなんて言ってたな。まさか今になって兄が魔法少女をやることになるなんて、思ってもいなかっただろう。


「まずは書庫に行くラン! そこで自分の魔法を選ぶ必要があるラン!」

「書庫? それはどこにあるんですか?」

「地続きのどこかにある訳じゃないラン! 魔法で隔離された異空間にあるラン! 僕たちはこの異空間を魔法界って呼んでるラン! 今から魔法界に行くラン! 準備は良いラン?」

「準備って、なにか備える必要がある場所なんですか?」

「ないラン! なんとなく聞いてみただけラン!」

「このカボチャ!」


 俺は怒りに身を任せて宙に浮かぶジャックに殴りかかる。

 無理矢理こんな姿にされて、嫌々魔法少女になることを承諾した直後にこんな悪ふざけをされては、到底我慢することなどできなかった。

 だが、ジャックに届いたはずの拳には何の感触もない。よく見ると握りしめた小さな手が、ジャックの身体をすり抜けている。


「遊んでないで早く行くラン!」

「……どうぞ!」


 咎めるような視線を向けてくるジャックを睨みつけながら、移動を促す。

 こいつには実体がないみたいだ。だから物理的に攻撃しようとしても無駄。ムカつくが、意味のないことでグダグダしてもしょうがない。今は雌伏の時。


「転移座標:魔法界・魔法書庫」

「え、な、ちょ!?」


 ジャックが何か唱えるのと同時に、俺の体にいくつもの魔法陣が重なり、水の中のように宙に浮き始めた。

 じたばたともがくいても空中でひっくり返るだけだ。地に足が付かないという恐怖が胸を締め付ける。


 思わず目を閉じてから何秒が経っただろうか? 恐る恐る目を開くと、俺はたくさんの本棚に囲まれていた。それを認識するのと同時に、魔法陣は砕け散り、俺の体は地面にゆっくりと降ろされた。


「ここが、書庫」


 見渡す限り本棚があり。隙間なく分厚い本が収められている。これが書庫でなかったら詐偽だろう。


「……広いです」


 どの程度の大きさなのかうまく表現することは難しいが、子供の頃に行ったことのある地元の図書館よりは大きそうだ。こじんまりとした小さな図書館だったが、それでも学校の図書室なんかよりはずっと大きくて、小さかった頃の俺には迷路のようにすら感じられたほどだった。


 書庫の中を歩き回ってみると、ところどころに本の欠落が見られた。完全に本棚が埋まっているわけではないみたいだ。


「魔法少女に与えられる魔法はこの世で一つきりラン! 誰かが選んだ魔法は誰も選べないラン!」

「うわっ!?」


 いきなりジャックの声が聞こえたことに驚き、周囲を見渡すがジャックの姿はない。


「声だけ届けてるラン! 僕は書庫には入れないラン! 僕から良一の姿は確認できてるからナビゲートするラン!」

「はぁ……、そうですか」


 結構だと言いたいところだが、説明がなければ俺はこの場所のことが何も分からない。実際本の欠落だって何なのかわからなかった。


 ジャックのやったことや態度には本当に腹が立つが、全てが終わるまでは割り切るしかない。感情的にジャックに反抗したって、なにか良いことがあるわけじゃないんだ。

 今までの人生でやってきたことと一緒だ。しょうがないことだと、諦めて受け入れろ。


「それで、私はここで何をすればいいんですか?」

「直感に従って本を選ぶラン! どの本も魔法の文字で書かれてるからどうせ読めないラン! 一番良いと思った本を選ぶラン! それが魔法になるラン!」

「雑ですね……」


 魔法少女になることは渋々ながら受け入れるとして、このサポートは変えてもらえないだろうか。


 しかし、魔法の文字か……。


「たしかに、読めないです」


 試しに近くにあった本を手に取り開いてみるが、見たこともない文字がページ一杯にびっしりと敷き詰められており、全く読めない。本を閉じて表紙を見ても、似たような字で書かれていて何の本かわからない。


「せめて何の本なのかくらいは教えて下さい」

「先入観は魔法の天敵ラン! 直感で選ぶラン! 自分を信じるラン!」


 そう言われてはそれ以上説明を求めることもできない。

 責任から逃れるために適当言ってるんじゃないだろうな?


「じゃあ、これにします」


 十数分ほど時間をかけていくつかの本を手に取ってみたが、正直あまり違いはわからなかった。だから最後は直感で、他の本と比べて分厚く、薄い黄緑色のカバーの本を選んだ。色や手触りなど、なんとなく良いなと感じたからで、それ以上の理由はない。


「っ!?」


 選んだ本が唐突に輝き出し、ページが独りでに捲れていく。最後のページが閉じられたところで輝きは最も大きくなり、目を開けていられないほどに眩しくなった。

 光が収まり目を開けると、本は跡形もなくなっていた。手に感じていたはずの重さも、気づかぬうちに消えていた。


「おめでとうラン! 宝物庫の扉を開く鍵を手に入れたラン! これで良一も魔法少女ラン!」

「はぁ、書庫の次は宝物庫って……。今度は何をすれば良いんですか?」


 そんなに時間がかかったわけではないが、何をやらされているのかわからないというのは意外と精神的な消耗が激しい。いきなり光り出したり消えてなくなったりと、予想もしていない事態が起こればなおさらだ。

 また似たようなことをしなくちゃいけないと思うと、ため息の一つも出る。


「宝物庫には行かないラン! 良一はもう魔法少女に変身するための鍵を持ってるラン! 魔法少女になりたいと念じながらキーワードを唱えるラン! キーワードは――」


「天地悉く、吹き散らせ」


 ジャックに伝えられるよりも早くにその言葉は頭に浮かんできた。魔法少女に変身したいと考えた瞬間に、何を唱えれば良いのか理解した。


 詠唱と同時に荒ぶる嵐のような風が俺を包み込み、小さな体に収束していく。まとわりつき、蹂躙しようとする暴れん坊を無理矢理押さえつけ、屈服させる。理解させる。


 俺に従え。

 俺こそが、お前たちの王。

 全ての風を統べる者。


 俺の――、


 私の名前は――


「魔法少女、暴風の支配者タイラントシルフ







 変身したのと同時にいつの間にか書庫から自宅に戻っていた私は、変身後の自分の姿を確認して安堵しました。


 白を基調とした法衣のようなゆったりとした服。薄い黄緑色のラインが袖や裾などのところどころにあしらわれてます。右手には私の身長と同じくらい大きな杖。

 これが、魔法少女として私の衣装みたいです。本当に良かったです。


 私が心配していたのは、変身後の露出度がどの程度かということです。私が妹と一緒に視聴していた魔法少女アニメは、子供向けだったので当然露出度は低かったです。

 ですが、たまにSNSやまとめサイトなどで見かける大人向けの魔法少女。彼女らは異常なくらい露出度が高く、痴女と言われても仕方ないレベルです。


 変身後の私の姿がそんな痴女だったら嫌だと内心思っていました。

 案ずるより産むがやすしとはこのことでしょうか。今の私に肌を露出している部分はほとんどありません。

 これで恥ずかしい思いをしなくて済みます。


 ああ、それから恥ずかしい思いと言えば、変身で全裸になることもないみたいなのは良かったです。

 私が知る魔法少女は、謎の光に包まれているとは言え変身の際は全裸が基本でしたからね。


「さすが良一ラン! 僕が見込んだ才能ラン!」

「その褒められ方は全然嬉しくないです。というか、何をそんなに褒めてるんですか? 魔法少女に変身するのはそんなに難しいことなんですか?」


 ジャックのようなスカウトが選んだ、才能のある少女を魔法少女にしようと言うのなら、魔法少女に変身できるのは当たり前のことなんじゃないんですか?


「スカウトした子は必ず魔法少女にはなれるラン! 良一が凄いのは魔法少女になれたことじゃないラン! フェーズ3、それも初変身だってことが規格外に凄いラン!!」

「ふぇ、フェーズ3? なんですかそれ?」


 今までになく興奮した様子のジャックに若干引きます。一体なんだっていうんでしょうか。

 フェーズ1、フェーズ2があるということですかね? ただ、そのフェーズ3とやらの実感はありません。

 変身するときは自然とキーワードが頭に浮かんで来ましたけど。


「わかりやすく言うなら強化フォームラン! 良一は初期フォームのシルフィードをすっ飛ばしていきなり強化フォームのタイラントシルフに変身したんだラン! こんなの前代未聞ラン!!」

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