制作ノート written by CHUYA
自らの根源を考えるとき、思い出すのは白い手が畳を這う情景だ。きっと自分の家で見たものではないと思うが、爪は罅割れ血が滲みだし、パックリ開いた傷口から肉が覗く。どうしてそんなものを思い出すのか、わからない。世間ではあれこそ恐怖体験と呼ぶのかもしれぬ。しかしぼくはそれを初めて見たとき、ひどく懐かしいあまりに涙を流した。母、という言葉を聞いたとき、実の母より先にあの手を思い出す。傷ついていると同時に哀惜に満ちた美しい手である。
処女妊娠といえば聖母とキリストだが、あれはマリアの浮気を誤魔化したのでなければホラー小説も仰天の悪夢だと思う。宗教画の天使も怪物のように描かれる事がある。客観的に見ておぞましいものどもが信心のフィルターを通せば美しい。そういったフィルターの全てを取り去ったところに
父もその1人だ。
柳生の親類の間では祖母が男と通じずに子を産んだと噂になっていた。未亡人が秘密の愛人に捨てられて子供を産んだだけだと近隣の者は考えていた。しかしこういった出来事は、オヒムジの神体を置いた家全てで、起きていたのだ。当番をしているうちに夫がいる妻の妊娠する確率は甚だしく高く、──男の影のない女すらもよく孕む。
──とはいえこういった事件の数々が大抵は流産に終わっていたのに、父は五体満足で誕生した。
生まれてきてしまった。
親類は貞淑なキヤカを信じ、嬰児を恐れた。
だから、故郷にぼくの居場所はない。
親類に疎まれた記憶、父共々異様に病弱であった少年時代、血液型が家族の中に生まれるはずのない型であった事。
父の顔はうまく思い出せない。ぼくが幼かったためだろうか、見上げると逆光で真っ黒い柱になったような大きい影が見える。そんな記憶ばかりが残っている。思い返すとそういう男ばかりの村であった気がする。何となく生気のない、弱々しい男が多い。
ぼくは父を見上げて、
──このひとはなんなのだろう。
と、考えた。
そして、ぼくは何なんだろう、とも考えた。
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