二話 万能家令の誕生①
トミントール公国は、交易都市バルブレアがあるダルモア王国の西方に位置している、通称「水の国」とも呼ばれるほどに
そのように呼称されてはいるものの、それでも海に面しているわけではなく、だがその湖沼の中には岩塩が採掘出来る
存在する最大のものはトーモア塩湖であり、湖に分類されてはいるのだが実は水はほぼ存在していなく、一面に拡がる純白の塩と、水深数十センチメートルしかない僅かばかりの湖水で満たされている場所である。
塩分濃度が強い――いや、塩しかないその場所は生物が存在出来ない死の世界ではあるのだが、その僅かばかりに存在している水が鏡面となり、
日中であれば青空と雲を映し出し、日の出には昇る朝日を、日の入りには沈む夕日を映し出す。
そしてそればかりではなく、夜は満天の星空をも、その湖面に映し出すのである。
そのトーモア塩湖は、トミントール公国の中でも標高が四千メートル級の山脈の頂上に位置しているため、現地に行くには過酷な山道を登り、更に高山病を克服しなければならない。
だがそんな難所であっても、その絶景を欲して訪れる者は後を絶たない。
そのためトミントール公国では、国を挙げてその四千メートル級の山脈に鉄道を通す計画を立てた。
湖沼が多く点在するこの国では街道の整備は困難であり、そのためレール一本で済む鉄道技術が発展していたから。
だが問題は、そのように高低差がある場所にどうやって鉄道を通すか、であった。
平地と僅かな斜面であれば問題なく運用出来るのだが、傾斜が60
それほどの傾斜地にレールは敷けても、列車を走らせるなど不可能。
とてもではないが、現実的とは言えなかった。
そうして計画が頓挫してしまったあるとき、トミントール公国の玄関口とも言うべき場所――湖上都市カードゥの商業ギルドを訪れていた、ストラスアイラ王国から来た商人の女が、鉄道技師達がその傾斜を登る技術開発の困難さを
「傾斜がキツくて登れないなら、
彼女が
そうして、僅か五年の年月で高山鉄道は完成し、その列車は「EA-01」と名付けられた。
後日談として、その商人の女が再びその地を訪れたときに、その列車名を聞いて即座に元ネタを理解しちゃったため全力で改名を依頼したのだが、
「なんと奥ゆかしい! まさしく女性の鏡! いや、聖女だ!」
などと見当が遥か彼方にぶっ飛んでいるとしか思えないことを言われ、何故かそのまま宴会へと突入したという。
彼女にしてみればそんな歓待は迷惑以外の何物でもなく、一刻も早くその場を離れたかった。
強いて良かったことを探すとしたならば、持ち込んだリンゴ酒が数日で、しかも定価の倍額で
というか、何かしらがあればすーぐ「聖女」とか呼ぶのは本気で勘弁して欲しいと、割と本気で怒った彼女はそう言ったのだが、どうやらそんな訴えは一切届かないらしい。
「コレが『馬の耳に粘土』というヤツか……」
ちょっと違う。意味は概ね合っているが。
まぁ、宴会自体は参加者した技術者がほぼ岩妖精であったため、僅か三〇分程度で
ちなみに列車名の「EA」とは、彼女の名をそのまま無断で付けちゃったものだ。
すなわち――
そんな鉄道技術が発達したトミントール公国への入国も、勿論鉄道が主体となっていた。
その他の入国方法はというと、他国とを完全に隔てているタムドゥー渓谷の険しい道を延々と降りて行き、真下に流れる河川に掛かる橋を越えて、再び渓谷を登るしかない。
現在はその渓谷に、橋脚と主桁、橋台を剛結させた
もっともトミントール公国側とすれば、国が接しているわけでも友好的に盛んに交易しているわけでもないため、それとして供与される利点は特にない。
敢えて言うのならば、渓谷橋の建造費用を帝国が負担したことであろうか。
帝国にしてみれば、その技術力を世に知らしめたいとの思惑はあったのかも知れないが。
その渓谷橋は頑丈であり、余程のことがあっても落ちないと言われていた。
それを鵜呑みにしていたわけではないが、だがあの技術大国である帝国が太鼓判を押したほどの橋であるため、その可能性は極めて低いと思われていた。
――だが――
その日、タムドゥー渓谷に掛かる渓谷橋は、列車が丁度中央部に差し掛かったとき、その中心から真っ二つに折れ――500メートル下の谷底へと落ちて行った。
――多数の乗客を乗せたまま。
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