七話 アップルジャック商会の人々。

 此処でアップルジャック商会本店で働く人々のことを、少々語ろうと思う。


 アップルジャック商会の現在は、その売り上げを順調にさせており、それは止まることを知らずに現在進行形で続いている。

 仮に証券取引をしていたのなら、大暴落で目も当てられない事態になっているだろう。


 そしてそのアップルジャック商会本店を纏め上げる店長――元腕利き冒険者でヒト種のアイザック・セデラーである。


 見た目は強面だが背が高く、筋肉質で無駄のない体つきをしている。現在三〇歳で独身、郊外に冒険者時代に購入した平家に一人で住んでいて、家事炊事はそこそこ出来ている。

 いつも栗毛を邪魔にならないように全て上げ、後ろで一本に縛っており、見た目だけなら執事然としていて容姿も悪くはない。

 だが気難しそうな表情と、深い青ディープ・ブルーの瞳が宿る目付きが鋭いため、気の弱い女性は見ただけで逃げて行ってしまうという悲劇(喜劇?)が高確率で起こる。


 商人としても、多数の従業員の上に立つ上司としても、そして――特殊性癖という罪なカルマをその身に宿す若いモン豚野郎どもを従える者としても、かなり優秀なのだ。


 通常であれば理解も肯定も出来ないししないであろう彼ら豚野郎を認め、共通の目的へと向かうように誘導している。


 何故それが出来るのか――それは、この店長がシェリーの母であるエセルに対し、限りなく近い憧憬にも似た感情を持っていたからだ。


 それはもう忠誠と言い切ってしまっても良いだろう。


 美しい女性に滅私奉公めっしぼうこうし、そして失敗したときに「もう、しょうがないわねぇ」と僅かな呆れと共には、何物にも変え難い。

 それが聞きたいがために、致命的にならない程度にワザと失敗をしたときもあった。

 まぁあまりにそんなことを繰り返し過ぎて遂にはバレて、自分を指差しながら唇を尖らせて上目遣いで、


「ワザとやってるでしょ。もう、ダメなんだからね!」


 と言われたときのは最上級であり、その夜は色々はかどってしまって、翌朝寝坊をして遅刻しそうになったほどだ。


 その日、始業時間ギリギリに出勤したアイザックへエセルは、


「遅刻しそうになるなんて悪い子ね。お仕置きが必要かな~」


 などと火に油を注ぎまくり、


「よろしくお願いします!」


 と、その場に正座し思わず言ってしまった。


 即座に失言に気付いて取り繕ったのだが、そのときナニカを察してしまったエセルは、困った表情で思案してから、


「ごめんなさい、あたしはそっち方面の趣味はないから。でも時々なら御褒美をあげても良いよ」


 などと言い、何故か勝利の雄叫びを上げるアイザックを、やっぱり困った表情で眺めていたという。


 そう、アイザックにとってエセルは、誰も認めてくれなかった自分の最後の希望であったのである。


 だがエセル亡き後はその希望を失い絶望し、もうあの美しい女性ひとに逢えないと失意のどん底に叩き落とされ、店を辞して後を追おうとした。


 エセルのいないこの場所や世界に、なんの意味も見出せなかったから。


 だが――まだ幼いシェリーが絶望する自分を叱咤し励まし、そして言った。


 商会を支えるのを手伝って欲しい――と。


 ではせめて――と、この混乱が収まるまでは生き長らえようと決め、まだ幼過ぎる少女を――あの女性ひとの忘れ形見を支えようとした。


 だが、その判断は大きな間違いであった。


 混乱して何も手に付かない会長であるイヴォンを物理的に蹴落とし、シェリーは陣頭に立って指示を出し始める。


 ときには叱咤し、だが決して責めず、そして僅かな成功でもそれを褒め、通常であれば絶対にしない下働きのような仕事でさえ、自ら進んで行った。


 それにより、商会員及び従業員のエセルに対する忠誠心は、イヴォンではなくシェリーへと向かって行ったのは、当然であったのだろう。


 そして、こんなときに地位などなんの役にも立たないと、取り繕うばかりで効果的に働かない、以前よりエセルを悩ませていた名ばかりの役職達を「給与の無駄」と言い切り軒並み降格させたのである。


 当然苦情が殺到した。


 だがシェリーにしてみれば、解雇されなかっただけまだ温情があったと言いたかったろう。


 それではとばかりに救済措置として仕事を与え、それが出来たら元の地位に戻すと確約し、だが同様の仕事を下働きにも与えていると発破を掛けた。


 結果、下働きの従業員の方が遥かに優秀だという事実が露呈し、口実が出来たとばかりにそれら無能な役職員達を軒並み解雇した。然もただ解雇したのではなく、懲戒処分である。

 更に何故かそのような仕事が得意な副店長やエイリーンを始めとした受付嬢軍団が、秘密裏に動いてそれらの裏帳簿も押収し、国法士こくほうしへ正式依頼を出して資産を差し押さえ、横領分を取り返した。


 シェリーは、優秀であればどのような地位の者でも厚遇した。

 その能力を正しく評価して、それに対して適切な報酬を与えるのは常識と、商会内全てに通達したのである。


 その九歳とは思えぬ辣腕らつわんと、汗と埃にまみれながらも最前で働く可憐で美しい少女に、従業員達は神性を見出し、そして――


 その忠誠は信仰へと昇華した。


 シェリーに対してアイザックは、絶対の忠誠が芽生えるのを感じたという。

 それは彼がエセルにいだいていた、恋心にも似た憧憬ともまた違う、いわば信仰に近いものであった。


 だがそれ以外にも、アイザックがシェリーを守りたいと考える理由がある。


 エセルの面影が多く在り、それ以前にイヴォンの面影が欠片どころか一切見られないシェリーを初めて見たときは衝撃を受けた。

 それと同時に何処か妙に懐かしい感覚に戸惑い、そしてそれは、既に持つことを諦めた、諦めていた「父性」に近いと自覚したのである。


 決して口には出さないが、アイザックはシェリーを娘のように思っていた。




 そのアイザックを補佐しているのが、副店長のリー・イーリー。


 長身のアイザックとは異なり、その容姿は童顔で小柄である。


 短く切り揃えた黒い髪が降りて来ないようにバンダナを巻いており、そして髪と同じく黒の瞳の目は細く、口元に常に笑みを浮かべていた。


 あるときその表情をしげしけと見た幼少期のシェリーから、


「詐欺師か胡散臭い神父のよう」


 と言われ、衝撃を受けてその細い筈の目を大きく見開き、


「もっとののしって下さい!」


 と詰め寄り怯えさせた過去を持っている。ちなみにシェリーは、未だにリーが苦手である。


 だが冒険者としての腕は凄まじく、そしてアイザックの師匠であった。


 そう――「仲間」や「弟子」ではなく「師匠」なのだ。


 リー・イーリー。童顔で幼く見えるのだが、実は四六歳のアラサーであった。


 もっとも、実はヒト種ではなく草原妖精族であり、その寿命は人種の二倍近い。なので単純な比率にしてみれば、まだ二〇歳代前半なのである。そして草原妖精族にしては大柄で、身長が高い。


 特技は罠の設置と開錠、そしてスリである。その手に掛かれば、例えどんな厳重な金庫であっても、瞬く間に開錠するであろう。




 アップルジャック商会全ての金銭管理を担っているのが、会計監査のジャン・ジャック・ジャービス。三五歳。


 彼は変態揃いのアップルジャック商会において唯一と言っても過言でもない常識人で、だが金銭をこよなく愛し、数え、並べるのが大好きな男だ。


 彼にしてみれば、口巧く虚言を並べるヒト種なんぞよりも、金銭の方がよほど信頼出来るらしい。


 容姿は中肉中背。整った中世的な容貌をしており、金の瞳と白銀の髪を後ろで束ねて三つ編みにしている。


 彼もヒト種ではなく、龍族の、しかも強力な力を持つ金の龍人たつびとである。


 実は彼が金銭にこだわるのには理由があり、金の龍人――特に男は本能的に宝飾品や金銭などを収集するへきがあり、そしてそれに至上の喜びを感じていた。


 それだけに、イヴォンの帳簿の存在は彼にとっての痛恨事であった。


 そしてジャンは、なんとエイリーンの弟である。




 エイリーン・エラ・ジャービス。ジャンと同じく金の瞳と白銀の髪を持つ、アップルジャック商会の事務受付担当である。


 背はジャンより高く、スタイルは良いが胸は申し訳程度にしかない。


 そして、アイザックの恋人である。


 二人の関係は冒険者時代に始まっており、アイザックが泥酔して、同じく程良く酔ったエイリーンを襲ってしまって互いの初めてを散らしたのが切っ掛けである。


 素面シラフに戻ったアイザックがその事態に気付いて全裸土下座をしたのだが、奇跡的に相性がミラクルマッチしたためか、目覚めてしまったエイリーンが今度は逆に襲い返して現在に至っているらしい。


 因みに最高は三日三晩で、そのときにアイザックは死を覚悟したらしいのだが、色々慣れたし鍛えられた所為なのか、白い灰になるだけで済んだそうだ。


 というか、弟のジャンからさっさと結婚しろと言われているのだが、アイザックがエセルへの想いを断ち切れないために進展はない。

 そしてエイリーンも、それを急かすことなく待っている状態だ。

 もっとも彼女にしてみれば、別に所帯を持たなくても今の状態で充分幸せだと感じている節がある。


 そんなエイリーンは、炊事や家事全般はそれなりにこなせるし、の方も凄いために結構優良物件であった。


 その他多くの下働きや売り子などの従業員がいるのだが、上に立っているものは概ね以上となっている。

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