第51話



 アルバート殿下は大丈夫だったかな…。そんな事を考えつつ、私はシャリオン伯爵家に向かって飛んでいる。



 今日は私達の決戦の日と言っても差し支えあるまい。この3日間で、伯爵に贈る手土産の準備も完璧に終えた。今回の依頼が通るかどうかで、アシュレイの家族の命運が決まるかもしれないんだから!!

 


 …正直言うと。もう、手遅れなんじゃないかと思った事もある。家族の消息を追うことで、最悪の現実を突きつけられてしまうんじゃないかと…。

 それでも私達は、行動せずにはいられない。希望が僅かでも存在するのなら…縋るしか、無いんだから。








 一方その頃。




「お頭様。例の子供達が先程領地に現れたとのことです。」


「そうか。手筈通りに行動せよ。何度でも伝えろ、丁寧に対応するようにと。特に、赤目の娘には指一本触れるな。」


「はっ!!」



 影がいなくなった後の部屋、1人シャリオン伯爵は呟く。


「ふう…これは災か試練かチャンスなのか。魔王候補の娘か、私などではなく頼る先はいくらでもあろうに…。」








 という訳で到着しましたシャリオン邸!…外観は普通にお屋敷だな、でも中に影とかいっぱいいんのかな!

 実は私、影に興味津々だったりする。こう、忍者に憧れる外国人の心境だ!私も鍛えてくんないかな!と思ったが、絶対向いてないとこの間のカラスマ亭で思い知った。

 なので大人しく餅は餅屋、依頼者として頼らせていただきましょう。たのもー!!!




 そしてあっさり通された。門番に声をかけた瞬間からあっという間に応接室まで。流石情報機関に強い家、私達の特徴から経歴まですでに把握済みだろう。それなら、今日の目的も気付いているのでは?


 応接室で待つこと数分、「まもなく旦那様が見えます」と声をかけられ更に気を引き締める!

 現れたのは…確かにまだ若く見えるな、30は過ぎてないだろう。背がやや低めの男性だ。印象としては…得体が知れないって感じかな。この人が影のボスでもあるんだろう。席を立ち、相対する。




「待たせたようだ。私がケイン・シャリオンだ。伯爵家当主…及び影の総括を行っている。」


 さっそくバラしていくスタイルか。ま、下手に隠されたり誤魔化されるよりずっといい。



「ご丁寧にどうも、ありがとうございます。私がこの度依頼を持ちかけさせていただきました、アシュリィと申します。」


「ボクはアシュレイと申します。謁見の機会をいただけたこと、感謝致します。」


「ふむ、そちらは。」


「トレイシーと申します。此度はこの2人の付き添いとして同行致しました。どうか私の事はお気になさらずに。」



 そう、保護者枠でトレイシーも連れてきた!やっぱ子供だけじゃ舐められるかな?という理由もあるが、今回は別のお仕事もあるのさ!


「そうか。今回君達は客人としてここに居る。あまり肩に力を入れずとも良い。」


「「ありがとうございます。」」



 

 そうして伯爵がソファーに腰を下ろし、対面の私達も座り直す。これからが本番、回りくどい事は無しで行こうじゃありませんか!



「では早速ではあるが。君達は我々に依頼を持ってきたと話を聞いた。」


「はい。情報通の伯爵様のこと、既に私達の素性は把握済みと存じます。故に多少は見当がついていらっしゃるのでは?」


「(この娘は周囲に己の立場を打ち明けてはいないようだ。ならばやはり魔国や魔王は関係無く、少年の方だな)ああ。そちらのアシュレイに関する事柄であろう。」



 やっぱり!さて、ここからはアシュレイの仕事だ。なんとか伯爵を頷かせてみせろ!ついでに値段もさり気なく安く済むよう誘導してみせろ!

 アシュレイは真っ直ぐに伯爵を見据え、堂々と言葉を発する。



「ご明察の通りでございます。ボクは数ヶ月前までザイン子爵領にあるスラムで浮浪児として暮らしていました。

 そこに突然子爵が現れ、ボクの家族とも呼べる大切な仲間を捕らえました。その際ボクはアミエル領まで逃げ果せましたが…多くの家族が消息不明となっております。

 実行した傭兵団を捕らえ聞いたところ、家族の行方を知るのは一時子爵に仕えていたガイラードという男。それ以上の情報はございません。


 恥を承知でご依頼申し上げます。ガイラード及び家族の行方を探し出していただきたい。

 更にエイス・ザイン子爵はこれまで数多くの犯罪に手を染めております。こちらの調査では状況証拠しか集まらず、決定打には至りません。ですがこれ以上、不幸になる者が増えぬよう然るべき罰を受けていただこうと思います。

 ガイラードの探索と子爵の犯罪の証拠集め。以上の2点を依頼します。」



 言い切った!よくやった、頑張ったぞアシュレイ。もう、大人や貴族を恐れる子供じゃないんだな…。本当に、成長したなあ…。それでも少しは怖いみたい。膝の上で握り締めている手が微かに震えているから。大丈夫、あんたは1人じゃない。ここからは私に任せろ!

 その意を込めてアシュレイの手を握る。前を向いたままでこっちを見る事はしないが、震えは止まったのできっと伝わっただろう。


 そして伯爵が言葉を発する前に、次の一手!

 後ろに使用人のように控えているトレイシーから、お金の入った袋を受け取る。そしてそのままテーブルに乗せるのだ。


「こちら、報酬でございます。まず前金として4セキズ、ご確認ください。」


 ふむ、と伯爵は袋を手に取る。低すぎる事はない…よね?


「(相場はあまり知らぬようだな。この依頼なら前金は2セキズもあれば十分だ。…いや、もしやこちらを試しているのだろうか。

 どうしたものか。正直断る理由は無い。それどころか上手くすれば魔国と繋がりを持てるやもしれん。だがそのような下心で接触して、あちらの不興を買うのは避けたい)」

 


「そちらは前金ですので、依頼終了と共に残り6セキズをお支払い致します。」


 本当はもうちょっと値切りたかったけど、なんか相手の反応が読めん!!なんで何も言わんの!!もしかして断り文句を考えてんじゃないだろうな!?




「(合計で10セキズか。まあまあ妥当な金額だ。しかしやはり、この少女であれば魔族が喜んで手を貸すであろうに。そうすれば金などかかるまい。

 そもそも彼女は何故執事などしている?当然経歴を調べたが、母が他界し教会で暮らし始めたという以外に特筆事項はない。それはいいのだが、親娘が何処から来たのか一切判明しなかった。当然母親も魔族であると考えるべきであろうが、魔族が人間の病に罹って亡くなるのだろうか。

 この娘はまさか、人間の暮らしを学ぶ為にこの地にいるのでは?そうであるのならば、軽々しく祖国に助けを求めまい。

 だが調査から彼女は身内には甘く、敵には容赦しない性格である事が窺える。であれば少年の為に最終的に魔国に助けを求めるだろう。そこで彼女が「シャリオン伯爵は助けてくれなかった」とでも言ってしまえばこの家はお終いだ。やはり、断る訳にはいかぬ。

 まあ彼女が魔国と無関係であっても…大人として子供を手助けぐらいしてやるか。)」


 この間約0.5秒。彼は考えすぎるタイプだった。



「…ふむ。この依頼、引き受けた。」


 …!


「「ありがとうございます。」」


 

 いよっし!!やった、これで解決に大きく前進した!!今宵は宴じゃーい!!そして連絡は変わらずベンガルド家に頼み、詳しい打ち合わせに入る。

 追加料金があればザイン子爵の罪を立証し、投獄するところまでやってくれるらしい。だがもうお金はあんま無いし、何より私達の気が済まん!

 でももっと駆け引きが難航するかと思ったけど…きっと報酬が十分だったんだな!っと、そういえば手土産渡す前に決着ついちゃった。一応渡すか。



「最後に、伯爵様。私達からちょっとした贈り物がございます。こちら、ミーナお嬢様にと用意致しました。」


「ほう?」


 片眉動いた!さっきまでぴくりともしなかったのに、やっぱ娘に関する事は反応違うなあ。この贈り物は、旦那様の「伯爵の好みは不明だが、娘さんが喜びそうな物でもいいんじゃないかな。溺愛しているというのなら、娘の喜びが極上の報酬だろう」というアドバイスを参考にしました。

 まずは、靴。これはも~う凝ったデザインにしましたよう!お嬢様のより気合入れて造ったとも。その甲斐あってか、素晴らしい物が出来ました。伯爵も唸っているぞ。



「見た事がないデザインだ。君が造ったのか。」


「その通りでございます。こちらミーナ様をイメージして造りました、私の最高傑作でございます!」


 よしよし、好感触!いやー、親馬鹿は扱い易くていいわ。もっと欲しかったらベンガルド社までどうぞ。

 そして更に力を入れたのが、はいこちら!



「!!…首かと思った…。」


 失礼な!?私が自信満々に取り出したそれを見た途端、伯爵構えやがった!あとなんか天井で気配が揺れたから、影も臨戦態勢に入ったよね!?

 だがこれは首じゃねえよ!お洒落のお供、ウィッグだよ!この場で首取り出したらもう宣戦布告じゃん!「この首…まさか、ミーナ!!」「くくく…次はお前だ!」とか言っちゃうか!?



「ふふふ、首などではございませんよ。こちらはウィッグと申しまして、髪型を自由に変えられるのですよ。」


 いや、うん、気になってたんだよ、ミーナ様のショートヘアー…。多分だけどね、伯爵嘆いたんじゃないっすか?お嬢様や私の影響受けて短髪にしちゃったけど…やっぱ女性はロングヘアーがこの国の常識だし。そこでこちらの出番です!!

 


「試しに私も付けてみますね。如何でしょう?一見すると付け毛だと分かりませんでしょう?こちらは女性のお洒落の幅を広げるのに一役買ってくれるのですよ。」


 伯爵はふむふむと頷いている。あとさ…さっきから影、気配消してないね?私にも知覚出来てますよ、多分トレイシーも。更にいうとめっちゃ増えてますね!?天井裏に3人、ドアの向こうに5人!窓の横に2人(こっちはさっきから丸見えだよ!!)、あとそこのタペストリーにも奥に空間あったんだな!ちらちら捲ってんじゃねーよ!!?

 全員私の説明を真剣に聞いている。お前らお嬢様大好きだな!!…あ。ゲームで女主人公が悪役令嬢の攻撃倍返しにしてたの…コイツらの仕業か!?

 こうなったら、コイツら纏めて私達の味方につけてやる!!!



「更に髪色を簡単に変える事も出来ますから、服装や気分に合わせる事も可能です。

 そして2種類ありまして、元の髪に付けるエクステ、こちらは自分の髪色に合わせる必要がありますね。それと上からすっぽりと被るウィッグと分かれています。ウィッグの場合は元の髪を全部纏めてこう、ネットに入れる必要があるのです。こういう時は、短髪だと簡単に出来て便利なのですよ。」


 ちょっとノってきた!こうやって商品の説明して、相手が聞いてくれてると楽しいな!

 そしてここからは打ち合わせ通り、アシュレイもお手伝いだ。



「ん?アシュリィ、そのウィッグとやら、どうやって頭に付いているんだ?強風に煽られて飛んでいってしまったらどうする?」


「心配ご無用!初級に接着の魔法があるでしょう?あれを使えば丸1日付けていても、消費魔力はたったの4で済むの!

 試しに肉屋のおじさんに付けてもらったけど、全然大丈夫だったわ。」


「なんだって!?あの魔力が6しかないおじさんでも1日保つだと!?

 って、もしかしてこのウィッグ、変装なんかに効果的じゃないか?」


「まあ、よく思い付いたわねアシュレイ!確かに、人間って髪型だけでも大分印象変わるものね、潜入任務なんかにぴったりだわ!」


 段々テレビショッピングみたいになってきた。そして影の反応がすこぶる良い。楽しくなってきて、止まらねええええ!!!



「でもアシュレイ…もう1つ。素晴らしい使い道があるのよ…!」


「なん…だと…!?」


「それがこちら!トレイシー!」


「へいへい…。」


 トレイシーが、ずっと被っていたウィッグを取った瞬間歓声が上がる。影さん達や、忍ぶ気0ですね。そしてアシュレイもナイスなリアクションをしてくれる。


「なんだってーーー!?(棒)トレイシーはウィッグを付けていたのか、全然気付かなかったぞ!(棒)」


「そう…これさえあれば…お年を召して毛髪が後退してしまった紳士の皆様も、簡単に若々しさを取り戻せるのよ!

 色を白髪混じりにしてしまえば、家族はともかく他人はウィッグだと気付かないわ!」


「なんてこった…すごいじゃないかアシュリィ!」


「ありがとう、アシュレイ!

 さあこちら…ミーナ様への贈り物として5色セットでプレゼント!お気に召しましたら、ご注文はベンガルド社まで!!」


「「「はーい!!!」」」


 ああ、素晴らしい一体感!!影の皆さんは何色が欲しい、このくらいの長さがいい!とか言いまくってる。はいはーい、私に言わないで、会社に問い合わせてくださーい!

 伯爵も感心したようにウィッグを観察している。きっとミーナ様に何色が似合うか思考中なんだろうな!!



「俺ら、何しに来たんだっけ…。」



 トレイシーの呟きは騒ぎにかき消されたのであった。






 ちなみに材料は、実は羊の毛である。いやあ、こんな大量に人間から取れないじゃん?美容院じゃあるまいし!

 なので野生の羊が大量にいる場所を教えてもらえたので、最低限残して刈りまくった。それを物質変換魔法で人毛に変えた。本当は糸とか毛に変えられないかなーと試したけど、全然ダメだった。

 そんで動物の毛で試したらいけたから、羊には犠牲になってもらったのだ。


 もちろん旦那様にはこの商品の事教えてあるから大丈夫!今んとこ私しか造れないけど、毛さえ用意してくれればいくらでもやるよ!











 そして歓声に包まれたままシャリオン邸を後にする。いやあ、いい取引が出来ました。


 でも…冷静になって考えると…恥ずかしいな…!?


「私達何してたんだろうね…。」


「そうだな…。」


「やっとお前ら正気に戻ったみてえだな。」


 トレイシーのそんな発言にも返す言葉がない私とアシュレイであった。













 その後のベンガルド社。



「あのー、社長。シャリオン様からウィッグの大量注文が…。」


「社長!噂を聞きつけた紳士様からウィッグの注文が止まりません!!」


「社長!エクステの…」


「誰かアシュリィを今すぐ呼んで来なさい!!」




 こうしてベンガルド社は女性だけでなく、一部の紳士からも絶大な人気を誇るのでした。ちゃんちゃん。

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